7. 『ちょっと熱を出したら、王宮と園と実家が非常事態になりました』
「……うーん……なんか、あったかい……」
目を開けた瞬間、世界がほんの少しぼやけて見えた。
額がじんわり熱くて、息が重たい。だるい。ふらふらする。
「……ミミル……」
小さく名前を呼ぶと、
胸の中にいるぬいぐるみが、いつも通りの温かさで応えてくれた。
(……よかった。いる)
それだけで少し安心できた。だけど──
「ルカ、起きたのか!? どうした!? 顔が赤いぞ!? 熱か!? 何度だ!? 38度!? 39度!? 40いったら戦争だぞ!!」
パパ(騎士団長)の声がでっかくて、逆に熱が上がりそうだった。
「ルカ、横になってて。私がすぐに魔力診断を……」
ママ(魔法団長)は既に魔法陣を展開していて、僕の周囲を浮遊結界が包み始めていた。
(ちょっと……本当に……そんなに大騒ぎしなくても……)
◇
《王宮騎士団 緊急連絡網》
発令内容:【第一王子ルカ・エインズレイ、軽度の発熱】
・園の授業:全面停止
・園児:面会制限あり
・騎士団:警備最大警戒モードへ
・魔法団:全治癒師、詠唱準備完了
・近隣の空気:浄化中
・ミミル:ぬいぐるみ安置所から正式回収
園からすぐに飛んできたのは、例の3人だった。
「ルカッ! 大丈夫!?」
「俺が氷枕用意した」
「ミミルちゃんに代わって僕が横で抱きしめるよ〜♡」
(……やっぱり来た)
ユリウスは看病マニュアルを握りしめて、完璧な手順で脈を測りはじめる。
レオンは無言で冷たいタオルを僕のおでこに乗せてくれた。
ノアはミミルの隣にすっぽりはまり込んで、僕の手を握っている。
「ルカがつらいなら、代わってあげたい……」
「俺の体温、分けてやる」
「ごはん作ってあげよっか?ミミルちゃんの分も♡」
(みんな優しい。でも……)
ほんの少しだけ、怖くなった。
前世で──「体調が悪い」と言ったら、
その代わりに身体を求められた日があった。
心配されることが、怖くて。
優しくされると、何かを取られる気がして。
「……だいじょうぶ、だから……。みんな、ありがとう……」
震えた声を出した瞬間、誰よりも早くミミルがぎゅっと胸に収まってくれた。
それを見た3人が、静かに膝をついた。
「……やっぱり、君を守れるのはミミルだね」
「ぬいぐるみに嫉妬したの、俺が悪かった」
「ミミルちゃん、かっこいい……」
そして、彼らは誰一人として無理に触れようとはせず、
ただ静かに、僕のそばでそっと見守ってくれていた。
(ああ……。これは、違うんだ)
前世の“奪う優しさ”とは違う。
ここにあるのは、“与えてくれる愛情”なんだ。
それに気づいたとき──ほんの少しだけ、目から涙がこぼれた。
「……ありがとう、みんな……」
ミミルを抱きしめながら、僕は初めて心から甘えるように、
小さな声で「そばにいて」とお願いした。
そしてその夜、僕は久しぶりに夢も見ずに、ぐっすり眠ることができた。