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紅月は独り夜を歩く  作者: H.BAKI
五大大陸と魔界
32/34

第31話:沈まぬ街、沈む気配

セントリア王城、南の応接室――


広く静かな空間に、三人の客人が案内されていた。ルシアス、メルフィ、そしてエリス。


天井まで届く高窓から差す光が、青と白を基調とした絨毯の上に長く影を落としている。


そこに現れたのは、薄く輝く蒼のドレスを身にまとった少女――ソフィティア・セントリアだった。


「お待たせしてしまって、ごめんなさい。朝の式典が長引いてしまって……」


優しく微笑むその姿に、ルシアスは思わず見とれてしまった。透き通るような肌と、気品に満ちたその雰囲気。昨日初めて会ったばかりのはずなのに、どこか親しみがある。


「気にしないで。私たちも今来たところよ」


エリスがさらりと応じると、ソフィティアは軽く頷き、三人に向かって丁寧に頭を下げた。


「皆さん。改めて、王都セントリアへようこそ。あなたたち三人がこの国に来てくださったこと、私は本当に心強く思っています」


ルシアスは戸惑いながらも、小さく頷いた。

エリスとメルフィも、それぞれ落ち着いた表情で応じる。


その瞬間、少しだけ張りつめていた空気が和らいだ。

だが、すぐにエリスが切り出す。


「私たちが呼ばれた理由は、おそらく世間を騒がせている“影の病”の件でしょう?」


「ええ、そう。……最近、王都の各地で“影の病”と呼ばれる異常が広がっているの」


ソフィティアは声を落としながら話し始めた。


人が突然昏倒し、影の中で何かを見たという証言。街の各地に出現する黒い染みのような痕跡。そして、夜ごとに微かに聞こえる「何かの囁き声」。


「影の……病……」


ルシアスがつぶやくように繰り返すと、ソフィティアは頷いた。


「私自身、まだ正体を掴みきれていないけれど……。でも、あなたたちなら、何か感じ取れるかもしれないと思ったの」


「……今までと違う、何か嫌な気配がする。今回は私ひとりで動くわ。あなたたちまで巻き込みたくないの」


エリスが静かに告げると、ソフィティアもその決断を受け止めるように頷いた。


「ありがとう、エリス。貴女がいてくれて本当に良かった」


「……ありがとう。でも、今はその言葉に応えるより、やるべきことがあるわね」


二人の会話に、張り詰めたような気配が一瞬走る。しかしその場を和ませたのは、メルフィの明るい声だった。


「じゃあ私たちは街を見て回ろっか、ルシアス♪ 名物スイーツとか、気になりますよね!」


「え、うん……そ、そうだね……」


無邪気に笑う彼女に、ソフィティアもふっと表情を緩めた。


「ルシアス。もしよければ、明日……城の中庭を案内させてください。見せたい“記録の部屋”があるの」


「え? う、うん……それは、ぜひ」


王女とメイド。そこに加わる、静かに立つ吸血鬼。


――気づけばルシアスは、華やかな世界の中心にいた。


けれど。


その王都の空の下、確かに“何か”が沈黙のうちに蠢いていた。


沈まぬ街、セントリア。その奥底に静かに染みこむ“影”の気配が密かに迫っていた。

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