第31話:沈まぬ街、沈む気配
セントリア王城、南の応接室――
広く静かな空間に、三人の客人が案内されていた。ルシアス、メルフィ、そしてエリス。
天井まで届く高窓から差す光が、青と白を基調とした絨毯の上に長く影を落としている。
そこに現れたのは、薄く輝く蒼のドレスを身にまとった少女――ソフィティア・セントリアだった。
「お待たせしてしまって、ごめんなさい。朝の式典が長引いてしまって……」
優しく微笑むその姿に、ルシアスは思わず見とれてしまった。透き通るような肌と、気品に満ちたその雰囲気。昨日初めて会ったばかりのはずなのに、どこか親しみがある。
「気にしないで。私たちも今来たところよ」
エリスがさらりと応じると、ソフィティアは軽く頷き、三人に向かって丁寧に頭を下げた。
「皆さん。改めて、王都セントリアへようこそ。あなたたち三人がこの国に来てくださったこと、私は本当に心強く思っています」
ルシアスは戸惑いながらも、小さく頷いた。
エリスとメルフィも、それぞれ落ち着いた表情で応じる。
その瞬間、少しだけ張りつめていた空気が和らいだ。
だが、すぐにエリスが切り出す。
「私たちが呼ばれた理由は、おそらく世間を騒がせている“影の病”の件でしょう?」
「ええ、そう。……最近、王都の各地で“影の病”と呼ばれる異常が広がっているの」
ソフィティアは声を落としながら話し始めた。
人が突然昏倒し、影の中で何かを見たという証言。街の各地に出現する黒い染みのような痕跡。そして、夜ごとに微かに聞こえる「何かの囁き声」。
「影の……病……」
ルシアスがつぶやくように繰り返すと、ソフィティアは頷いた。
「私自身、まだ正体を掴みきれていないけれど……。でも、あなたたちなら、何か感じ取れるかもしれないと思ったの」
「……今までと違う、何か嫌な気配がする。今回は私ひとりで動くわ。あなたたちまで巻き込みたくないの」
エリスが静かに告げると、ソフィティアもその決断を受け止めるように頷いた。
「ありがとう、エリス。貴女がいてくれて本当に良かった」
「……ありがとう。でも、今はその言葉に応えるより、やるべきことがあるわね」
二人の会話に、張り詰めたような気配が一瞬走る。しかしその場を和ませたのは、メルフィの明るい声だった。
「じゃあ私たちは街を見て回ろっか、ルシアス♪ 名物スイーツとか、気になりますよね!」
「え、うん……そ、そうだね……」
無邪気に笑う彼女に、ソフィティアもふっと表情を緩めた。
「ルシアス。もしよければ、明日……城の中庭を案内させてください。見せたい“記録の部屋”があるの」
「え? う、うん……それは、ぜひ」
王女とメイド。そこに加わる、静かに立つ吸血鬼。
――気づけばルシアスは、華やかな世界の中心にいた。
けれど。
その王都の空の下、確かに“何か”が沈黙のうちに蠢いていた。
沈まぬ街、セントリア。その奥底に静かに染みこむ“影”の気配が密かに迫っていた。




