第21話:ふたたび歩き出す朝
薄く光が差し込む静かな朝の宿屋。
小鳥のさえずりが窓の外から聞こえ、あたたかな空気が部屋の中を満たしていた。毛布の中で丸くなっていたメルフィが、ぱちりと瞼を開ける。
「……うぅん……ん……」
彼女のすぐ隣、同じく布団に入っていた僕――ルシアスは、半分だけ目を開けながらその寝顔を見つめていた。金色の髪が朝日でやわらかく輝いている。
「……メルフィ、朝だよ」
そっと声をかけると、メルフィは布団に顔をうずめたまま、小さくむにゃむにゃと何かを呟いた。
「……ルシアス……あと、もうちょっと……」
「だめだよ。もう日が昇ってる」
「んぅ……エリスさんに、怒られちゃう……」
その言葉を聞いて、布団の反対側――椅子に腰掛けていたエリスが軽く笑った。
「怒ったりしないわよ、ただし遅刻は減点だけど」
「うぅ……減点もやだぁ……」
まだ目を閉じたまま、メルフィはぷいと横を向く。その様子に、僕もつい笑みをこぼしてしまった。
「……ほら、ちゃんと起きよう。今日は海沿いの町を出て、新しい道を探すって言ってたでしょ?」
「……ん、うん……起きるぅ……」
ようやく上半身を起こしたメルフィは、寝ぼけ眼のまま髪をかきあげて伸びをする。くすぐったそうな笑顔で、こちらを見つめてきた。
「おはよう、ルシアス」
「おはよう、メルフィ」
……。
朝食を終え、僕たちは町を出るための支度を整えた。
港町での騒動もひと段落し、あの海賊団の生き残り――カイゼルも牢に送られ、町は以前の平穏を取り戻していた。
「さて……出よっか」
軽く髪をまとめながら、エリスが立ち上がる。その表情は相変わらず穏やかだが、どこか緊張感を帯びているようにも見える。
「今日の目的地は、北東の小さな村。そこから先は、森を抜けて内陸の都市に入るルートになるわ」
「……エリスさんって、本当に色んな場所を知ってるんですね」
メルフィが感心したように呟くと、エリスは肩をすくめた。
「昔、あちこち放浪してたからね。無駄に知識だけはあるの」
「うぅん、無駄なんかじゃないです。エリスさんがいると、すごく心強いですよ」
「ふふ。そう言ってもらえるなら、悪い気はしないわね」
町の門を出ると、風が海の香りを運んできた。
僕はメルフィの隣を歩きながら、ふと気になっていたことを口にした。
「……ねえ、メルフィ」
「ん?」
「どうやって僕たちに追いついたの? 一緒に戦ってたわけじゃないし……魔物とかもいたと思うんだけど」
「ふふ、やっぱり気になってた?」
メルフィは小さく笑って、指を唇に当てる。
「実は、ご主人様が馬車を用意してくれたの。安全なルートで……裏道とか、ちゃんと整備されてるところを通ってきたんだって」
「そうだったんだ……よかった。でも、戦闘はしたことないんでしょ?」
「うん。私はまったく……役に立てることなんて、ほとんどないから」
少しだけ寂しそうに目を伏せる彼女の手を、僕は思わず握った。
「そんなことないよ。メルフィがいてくれて助かってる、ご飯も美味しいし」
「……ありがとう、ルシアス」
再び顔を上げたメルフィは、ふわりと笑った。
……。
日が高くなるころ、僕たちは緩やかな丘を越え、小さな農村の手前まで来ていた。
「ここで昼食にしようか」
エリスが立ち止まり、持っていた荷物を下ろす。僕も腰を下ろして水筒を取り出した。
「わたし、何か作りますね」
メルフィが器用にパンとチーズを取り出し、手際よくサンドイッチを作っていく。その横顔を見ていると、戦えないことが嘘みたいに感じられた。
「ねえ、ルシアス」
「ん?」
「……わたし、本当に何もできないけど……これからも一緒にいていい?」
「もちろんだよ」
僕は即答した。
「僕たちは仲間だよ。メルフィがいてくれるだけで、きっと僕もエリスも……ずっと強くいられる」
「……ありがとう」
メルフィは小さく呟き、僕の肩にもたれかかってきた。
その柔らかなぬくもりを感じながら、僕は空を見上げた。
これから何が待ち受けているのかはわからない。
でも――この仲間となら、きっと乗り越えていける。
そう、信じていた。
……。




