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紅月は独り夜を歩く  作者: H.BAKI
始まりの物語
16/34

第十六話:影を断つ光

夜が来た。


昨日と同じように村は沈黙し、扉と窓が閉ざされていく。

誰もが息をひそめる中、僕たちは宿の裏手からそっと外へ出た。


「来るわ。今夜は、確実に」


エリスの声には、昨日とは違う緊張が滲んでいた。


鐘の音は鳴らなかった。

だが、空気が変わったのがわかった。


冷たく、湿っていて、体の奥にまとわりつくような重さ。


そして――現れた。


廃聖堂の奥、崩れた祈祷壇の影から、黒い瘴気がじわじわとにじみ出す。


それは昨日の“影”とは違った。

輪郭がはっきりしており、人のような腕と脚を持ち、頭部に三つの眼が揺れている。


《名称不明存在|仮称:黒幻の徘徊者(ランク:C+相当)》

《特性:瘴気吸収、魔力干渉、実体化と霧化を繰り返す》


図鑑の情報が、追いついていない。


「支援だけに留めるわ。倒そうと思えば私ひとりで済むけど、それじゃ意味がないもの」


エリスは淡く微笑みながら足元に魔法陣を描く。

結界が静かに展開し、影の動きを縛る。


「今の君なら届くわ。試してみなさい、ルシアス」


その言葉に背中を押され、僕は剣を抜いた。


「……やるよ」


駆け出す。

影が牙を剥くように身をよじるが、結界がそれを押さえている。


剣を振り下ろす――が。


「……重い……!」


刃が霧のような表面を滑り、内部にある“核”まで届かない。


「瘴気が剣を弾いてる……どうすれば……!」


「中心にある光、それが核。迷わず、そこを狙って」


影が咆哮し、結界を振動させた。


限界が近い――僕は足を踏み込む。


「うおおおおおっ!」


全身の力を込め、剣を核に向かって突き立てる。


鋭い音とともに、光が閃いた。


影の体が震え、ひときわ大きな咆哮とともに――崩れ落ちる。


瘴気は風に溶け、静けさだけが残った。


僕はその場に膝をついた。


「……終わった?」


「ええ。よくやったわ、ルシアス」


エリスがそっと肩に手を置く。


「助け舟を出す準備はしてたけど……いらなかったわね。いい仕事だったわ、ルシアス」


僕は、思わず顔を上げた。

その言葉が、妙に嬉しかった。


翌朝。


村人たちは口には出さないものの、どこか安心した表情を浮かべていた。


「これで、また“何もなかった”ことにするのかもね」と、エリスは静かに言った。


僕は昨日の戦いの記録を図鑑に残す。


《黒幻の徘徊者|分類不明|瘴気由来の疑似生命体。旧封印施設から出現。討伐記録:初》

《備考:記憶に似た魔力反応あり。瘴気石に近似する魔力波形を検出》


「君の記録が、いつか誰かの道標になるかもしれない」


その言葉が、少しだけ胸の奥に響いた。


村を後にする頃、風がほんの少しだけ軽くなった気がした。

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