第十六話:影を断つ光
夜が来た。
昨日と同じように村は沈黙し、扉と窓が閉ざされていく。
誰もが息をひそめる中、僕たちは宿の裏手からそっと外へ出た。
「来るわ。今夜は、確実に」
エリスの声には、昨日とは違う緊張が滲んでいた。
鐘の音は鳴らなかった。
だが、空気が変わったのがわかった。
冷たく、湿っていて、体の奥にまとわりつくような重さ。
そして――現れた。
廃聖堂の奥、崩れた祈祷壇の影から、黒い瘴気がじわじわとにじみ出す。
それは昨日の“影”とは違った。
輪郭がはっきりしており、人のような腕と脚を持ち、頭部に三つの眼が揺れている。
《名称不明存在|仮称:黒幻の徘徊者(ランク:C+相当)》
《特性:瘴気吸収、魔力干渉、実体化と霧化を繰り返す》
図鑑の情報が、追いついていない。
「支援だけに留めるわ。倒そうと思えば私ひとりで済むけど、それじゃ意味がないもの」
エリスは淡く微笑みながら足元に魔法陣を描く。
結界が静かに展開し、影の動きを縛る。
「今の君なら届くわ。試してみなさい、ルシアス」
その言葉に背中を押され、僕は剣を抜いた。
「……やるよ」
駆け出す。
影が牙を剥くように身をよじるが、結界がそれを押さえている。
剣を振り下ろす――が。
「……重い……!」
刃が霧のような表面を滑り、内部にある“核”まで届かない。
「瘴気が剣を弾いてる……どうすれば……!」
「中心にある光、それが核。迷わず、そこを狙って」
影が咆哮し、結界を振動させた。
限界が近い――僕は足を踏み込む。
「うおおおおおっ!」
全身の力を込め、剣を核に向かって突き立てる。
鋭い音とともに、光が閃いた。
影の体が震え、ひときわ大きな咆哮とともに――崩れ落ちる。
瘴気は風に溶け、静けさだけが残った。
僕はその場に膝をついた。
「……終わった?」
「ええ。よくやったわ、ルシアス」
エリスがそっと肩に手を置く。
「助け舟を出す準備はしてたけど……いらなかったわね。いい仕事だったわ、ルシアス」
僕は、思わず顔を上げた。
その言葉が、妙に嬉しかった。
翌朝。
村人たちは口には出さないものの、どこか安心した表情を浮かべていた。
「これで、また“何もなかった”ことにするのかもね」と、エリスは静かに言った。
僕は昨日の戦いの記録を図鑑に残す。
《黒幻の徘徊者|分類不明|瘴気由来の疑似生命体。旧封印施設から出現。討伐記録:初》
《備考:記憶に似た魔力反応あり。瘴気石に近似する魔力波形を検出》
「君の記録が、いつか誰かの道標になるかもしれない」
その言葉が、少しだけ胸の奥に響いた。
村を後にする頃、風がほんの少しだけ軽くなった気がした。




