第十二話:似たような関係
なった。
窓から差し込む柔らかな光に、ルシアスはゆっくりと目を開けた。
支度を整えていると、扉の外からエリスの声がした。
「準備はできた? 町を出る前に、もう一人だけ会っておきたい人がいるの」
扉を開けると、エリスはすでに旅支度を終えて立っていた。
「知り合い?」
「ええ。この町にいるって聞いたから……顔だけ出しておこうかと」
「……うん、わかった」
エリスは軽くうなずいて歩き出す。ルシアスも静かにそのあとをついていった。
屋敷の前に着くと、門の脇で掃き掃除をしている少女がいた。
金色の髪に白いエプロン、黒の制服。年はルシアスと同じくらい。
落ち着いた所作と柔らかな雰囲気が自然と目を引いた。
「あ……こんにちは」
声をかけると、少女はぱちりと瞬きをして、やわらかく微笑み、会釈を返した。
エリスは目をやるだけで出迎えの者と短く言葉を交わし、「少しだけ話してくるわ」とルシアスに告げて、屋敷の中へ入っていった。
残されたルシアスに、少女が控えめに声をかける。
「よろしければ、中でお待ちくださいませ。お茶をお持ちしますね」
「うん、ありがとう」
応接室に案内され、椅子に腰を下ろすと、香草の香りが立つ湯気のお茶がそっと置かれた。
少女はそばに立ったまま、少しだけ距離を詰めて――
耳元にそっと顔を寄せる。
「ねぇ、今、この町に吸血鬼がいるって……知ってました?」
囁くような声が、鼓膜を震わせた。
ルシアスは息を呑み、無意識に背筋を伸ばしていた。
「……え?」
振り返ると、彼女はくすりと笑っていた。
「ふふ、大丈夫。私のご主人様も吸血鬼ですから」
「え……じゃあ、エリスのことも?」
「はい。一緒にいた方ですよね?すぐにわかりました」
少女――メルフィの目が少しだけ細くなる。
「ご主人様とよく似た気配があって……綺麗な赤い瞳。だから、すぐに気づいたんです」
ルシアスはその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
「あっ、そういえば……まだ名前を聞いてなかった」
「失礼いたしました。私はメルフィと申します」
「メルフィ……うん、似合ってる。僕はルシアス」
「ルシアスさん……ふふ、強そうなお名前ですね」
その頃、屋敷の奥の書斎。
エリスは椅子に腰を下ろし、対面に立つ青年――ラウヴェンと向き合っていた。
「まさか、あなたが来られるとは思いませんでした」
「まだここにいるか、確認しに来ただけよ」
「町では今も“代々続く家”という形で通しています。装いも話し方も変えて、目立たないように」
「あなたは昔からそうだった」
ラウヴェンは微笑み、懐から小さな包みを差し出す。
中には、赤黒く光る宝石がひとつ。淡く揺れる靄のような気配が封じられていた。
「森の外れで拾いました。瘴気がわずかに残っていて、不自然でした」
エリスは黙ってそれを受け取り、しばらく見つめる。
「……兆しかもしれない。でも、まだ決めつけるには早いわね」
「それでも、貴女がこうして現れたというだけで――」
「私はただ歩いてるだけ。今はそれだけ」
エリスは椅子を引き、静かに立ち上がった。
「まだ動かないで。……見ていたい景色あるから」
「承知いたしました」
数分後、エリスとラウヴェンが応接室に戻ってきた。
「ルシアス様、こちらが私の主――ラウヴェン様です」
「どうも。お待たせして申し訳ない」
「あっ、大丈夫です。メルフィからいろんな話を聞かせてもらってたので」
「ふふ、それは何よりです」
ラウヴェンは穏やかに笑い、メルフィの隣に立つ。
エリスもルシアスの隣に腰を下ろした。
「本当は、ちゃんとおもてなし...したかったのですが。」
「ううん、来れてよかった」
「それなら安心しました。また通るときがあれば、ぜひ立ち寄ってください」
「……ありがとう、メルフィ。ラウヴェンさんも」
「こちらこそ、気をつけて」
⸻
屋敷を出たところで、エリスがぽつりと呟く。
「……あの子、良い魔力を持ってる。まだ眠ってるけど、質はいいわ」
「メルフィが?」
「……ああいう“器”は、自然と目に入るの」
ルシアスはもう一度だけ、屋敷の門を振り返った。
午後。町の外れで、魔物の報せが届いた。
「牙鼠が三体。畑を荒らしてるって」
「行こう。やってみたい」
現場には、小さな牙鼠たちが跳ね回っていた。
ルシアスは剣を構え、呼吸を整えて踏み出す。
動きを見極め、一体ずつ仕留めていく。
三体を倒し終えたとき、息は少し乱れていたが、手はしっかりと握られていた。
「……ちゃんと、できた」
「ええ。十分よ」
ルシアスは図鑑を取り出し、ページを開いた。
《牙鼠|ランク:F|農地や牧場に出現。素早く、小規模な群れで行動。牙による被害が多い》
「読むだけじゃわからなかった。でも、やってみたら少しわかった気がする」
「それが“経験”。君の中に、ちゃんと残っていくの」
ルシアスは小さくうなずいた。




