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紅月は独り夜を歩く  作者: H.BAKI
始まりの物語
12/34

第十二話:似たような関係

なった。

窓から差し込む柔らかな光に、ルシアスはゆっくりと目を開けた。


支度を整えていると、扉の外からエリスの声がした。


「準備はできた? 町を出る前に、もう一人だけ会っておきたい人がいるの」


扉を開けると、エリスはすでに旅支度を終えて立っていた。


「知り合い?」


「ええ。この町にいるって聞いたから……顔だけ出しておこうかと」


「……うん、わかった」


エリスは軽くうなずいて歩き出す。ルシアスも静かにそのあとをついていった。


屋敷の前に着くと、門の脇で掃き掃除をしている少女がいた。


金色の髪に白いエプロン、黒の制服。年はルシアスと同じくらい。

落ち着いた所作と柔らかな雰囲気が自然と目を引いた。


「あ……こんにちは」


声をかけると、少女はぱちりと瞬きをして、やわらかく微笑み、会釈を返した。


エリスは目をやるだけで出迎えの者と短く言葉を交わし、「少しだけ話してくるわ」とルシアスに告げて、屋敷の中へ入っていった。


残されたルシアスに、少女が控えめに声をかける。


「よろしければ、中でお待ちくださいませ。お茶をお持ちしますね」


「うん、ありがとう」


応接室に案内され、椅子に腰を下ろすと、香草の香りが立つ湯気のお茶がそっと置かれた。


少女はそばに立ったまま、少しだけ距離を詰めて――

耳元にそっと顔を寄せる。


「ねぇ、今、この町に吸血鬼がいるって……知ってました?」


囁くような声が、鼓膜を震わせた。

ルシアスは息を呑み、無意識に背筋を伸ばしていた。


「……え?」


振り返ると、彼女はくすりと笑っていた。


「ふふ、大丈夫。私のご主人様も吸血鬼ですから」


「え……じゃあ、エリスのことも?」


「はい。一緒にいた方ですよね?すぐにわかりました」


少女――メルフィの目が少しだけ細くなる。


「ご主人様とよく似た気配があって……綺麗な赤い瞳。だから、すぐに気づいたんです」


ルシアスはその言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


「あっ、そういえば……まだ名前を聞いてなかった」


「失礼いたしました。私はメルフィと申します」


「メルフィ……うん、似合ってる。僕はルシアス」


「ルシアスさん……ふふ、強そうなお名前ですね」


その頃、屋敷の奥の書斎。

エリスは椅子に腰を下ろし、対面に立つ青年――ラウヴェンと向き合っていた。


「まさか、あなたが来られるとは思いませんでした」


「まだここにいるか、確認しに来ただけよ」


「町では今も“代々続く家”という形で通しています。装いも話し方も変えて、目立たないように」


「あなたは昔からそうだった」


ラウヴェンは微笑み、懐から小さな包みを差し出す。

中には、赤黒く光る宝石がひとつ。淡く揺れる靄のような気配が封じられていた。


「森の外れで拾いました。瘴気がわずかに残っていて、不自然でした」


エリスは黙ってそれを受け取り、しばらく見つめる。


「……兆しかもしれない。でも、まだ決めつけるには早いわね」


「それでも、貴女がこうして現れたというだけで――」


「私はただ歩いてるだけ。今はそれだけ」


エリスは椅子を引き、静かに立ち上がった。


「まだ動かないで。……見ていたい景色あるから」


「承知いたしました」


数分後、エリスとラウヴェンが応接室に戻ってきた。


「ルシアス様、こちらが私の主――ラウヴェン様です」


「どうも。お待たせして申し訳ない」


「あっ、大丈夫です。メルフィからいろんな話を聞かせてもらってたので」


「ふふ、それは何よりです」


ラウヴェンは穏やかに笑い、メルフィの隣に立つ。

エリスもルシアスの隣に腰を下ろした。


「本当は、ちゃんとおもてなし...したかったのですが。」


「ううん、来れてよかった」


「それなら安心しました。また通るときがあれば、ぜひ立ち寄ってください」


「……ありがとう、メルフィ。ラウヴェンさんも」


「こちらこそ、気をつけて」



屋敷を出たところで、エリスがぽつりと呟く。


「……あの子、良い魔力を持ってる。まだ眠ってるけど、質はいいわ」


「メルフィが?」


「……ああいう“器”は、自然と目に入るの」


ルシアスはもう一度だけ、屋敷の門を振り返った。


午後。町の外れで、魔物の報せが届いた。


「牙鼠が三体。畑を荒らしてるって」


「行こう。やってみたい」


現場には、小さな牙鼠たちが跳ね回っていた。

ルシアスは剣を構え、呼吸を整えて踏み出す。


動きを見極め、一体ずつ仕留めていく。

三体を倒し終えたとき、息は少し乱れていたが、手はしっかりと握られていた。


「……ちゃんと、できた」


「ええ。十分よ」


ルシアスは図鑑を取り出し、ページを開いた。


《牙鼠|ランク:F|農地や牧場に出現。素早く、小規模な群れで行動。牙による被害が多い》


「読むだけじゃわからなかった。でも、やってみたら少しわかった気がする」


「それが“経験”。君の中に、ちゃんと残っていくの」


ルシアスは小さくうなずいた。

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