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王女の婚約者をあまりにもうまく略奪できてしまった、愚かな令嬢の話

作者: ノワール

「あなたとの婚約を破棄させてほしい」


 ああ、ついにやってしまった、とわたしは思った。

 やり遂げてしまった、とも。


 前者はわたしの隣に立つ見目麗しい侯爵家の嫡男に対して。

 後者はイオラミューズ・ケラーズ……自分自身に対して。






 わたしは、とある男爵家の当主が、侍女に手を出して生まれた子だったらしい。


 お母さんは妊娠が分かったとき、主である男爵様や、その奥様の反応が怖くて、屋敷から逃げ出したらしい。王都や男爵領から離れた土地でわたしを産み、イオラと名付けた。

 なんとか住み込みの酒場の仕事を見つけて、わたしを育てた。酒場のおかみさんがまだ小さい子どもと旦那さんを事故で亡くしており、なにかと良くしてくれた。


 お母さんは運が良かった。おかみさんに感謝しなさいと、いつも言っていた。おかみさんが助けてくれなければ、多分お母さんもわたしも、生きていけなかったと。


 やがて酒場の常連の男と恋仲になり、結婚して妹が生まれた。お父さんはわたしも妹も分け隔てなく優しくしてくれたし、わたしと四つ下の妹は、仲良く育った。






 そうして成長したわたしは、十三歳の年から、町にある平民向けの学校に通いはじめた。仲のいい友達もいて、慎ましいながらも幸せな日々を過ごしていた。学校に通って二年後には恋人もできた。卒業後はどこかで働いて、やがて恋人と結婚して、普通に生きていくんだと、そう思っていた。


 けれど、そんな普通の生活は、平民にとってはとても儚いものだったのだ。


 まず、流行病でおかみさんが亡くなった。結構いい年ではあったから、悲しいけれど、この時はまだ仕方がないものだと理解はできた。おかみさんはお母さんに食堂を譲ると遺言してくれたから、お母さんは葬儀を終えたら張り切って、おかみさんの残した店を守るんだと言った。


 次に、恋人が事故で亡くなった。恋人は、町を守る警備隊で働き始めたところだった。その年は全国的に不作の年で、食べていけなくなった農民が野盗に身をやつすことが多かった。そんなの野盗の捕物のさなか、恋人は野盗に斬られてしまった。わたしは声が枯れるほど泣いて、しばらくはろくに食事もできなかった。それでも数日後からは学校に行ったし、なんとか日々の生活をこなしていくうちに、少しずつ前を向くことができた。


 そうしたら、妹が倒れた。わたしが十六歳、妹が十二歳の時だ。来年からわたしと同じ学校に通う予定で、一年だけ一緒に通えるね、と話していた矢先だった。難病で、治らない病気ではなかったけれど、高価な薬が必要だった。両親は必死で働きながら貯金を全てはたいて薬を手配した。わたしは学校をやめようとしたけれど、あと一年だったから、卒業してちゃんと就職した方がいいと言われた。卒業しているかどうかで、就職先の選択肢やお給金に大きな違いがあるのは確かだったから、妹を学校に通わせてあげる為にも、わたしは稼がなくてはならないと思って、通い続けた。


 両親は真面目に働いて貯金もしていたから、借金はしたけれど、なんとか薬も手配できたし、わたしがちゃんと就職して家にお金を入れれば、妹も一年遅れにはなるけれど、学校に行けるはずだった。


 ところが、無理をしすぎてお父さんが仕事で倒れ、怪我をしてしまった。お父さんは近くの工場で働く技師だったけれど、倒れた時に大型の機械に巻き込まれて、左手を失ってしまった。もう仕事はできないので、お母さんの酒場を手伝うことになったが、収入はかなり減ってしまった。借金が返せなくなり、妹の病気も完治しておらず、まだ薬代が必要だった。両親は悩みに悩んで手を尽くしたあげく、最後はおかみさんから譲ってもらった酒場を売ることにした。


 とにかく、借金を返して妹の薬を用意して、その後は小さな貸し部屋で再出発しよう、と。

 妹は学校に行けないが、わたしが働き始めれば、いずれ余裕もできるだろうと。


 けれど、自分のせいで家族に無理をさせてしまって、父の怪我の原因にもなったうえ、学校にもいけなくなった妹は意気消沈してしまい、寝台の上で何日も泣いていた。


 男爵様が来たのは、そんな時だった。

 突然やってきた男爵様は、借金や妹の学費、治療費などの面倒を見る代わりに、わたしを引き取りたいと申し出た。


 実のところ、当時から母さんが妊娠したことは他の使用人の話で知っていたらしい。申し訳ないと思ったので援助したいと思ったが、奥様の耳にも入ってしまい、喧嘩になって身動きが取れなくなってしまったのだとか。

 定期的に生活の状況を調べさせてはいたが、お父さんが現れたことで、ひとまずそのまま見守るだけに留めることにした。


 突然やってきたのは、色々な不幸がふりかかって苦しくなったお母さんと娘を助けるためもあるが、もう一つ理由があると言った。


 それが、侯爵家の嫡男であるエリクザイオン様のことだった。


 わたしは当時よく分からなかったが、貴族には派閥というものがあり、男爵様はエリクザイオン様のアルケイオス侯爵家とは敵対する派閥らしい。エリクザイオン様は、第一王女様と婚約しており、このまま結婚が成ると、貴族社会での力関係が大きく変わってしまう。それを危惧した派閥の上位貴族たちは暗殺などの策謀を巡らせているが、侯爵家の嫡男となれば守りもかたく、今のところ上手くいっていない。


 そこで男爵様は、お母さんの苦境を利用して、わたしを引き取り、エリクザイオン様を口説かせることにしたのだ。遊びでもいい、醜聞さえあれば結婚できなくなる、と。


 とはいえ、わたしはこれは口実だったと思っている。実際に引き取られて、色々な教育を受けてから分かったことだけれど、男爵様はそんなに野心家でもないし、だいたい敵対派閥の娘が近付いてくるなどという、そんな分かりやすい罠に侯爵家の嫡男が引っかかるわけがない。

 だから、奥様に対しての言い訳だったのだろうと思う。恐らく世話になっている上位貴族にも事前に話を通していた。派閥の上位貴族からの指示となれば、奥様も口は出さない。


 当時のわたしは、そんなことは分からなかったけれど、家族のためならと承諾した。家族には定期的に会っていいと言うし、エリクザイオン様を口説き落とせなければ、平民に戻って好きに生きていいと言われたからだ。

 そうして、わたしは男爵家に引き取られ、イオラミューズという名前になり、貴族女性としての教育を受けた。ただし、教育は簡易的なものだった。元平民ということを活かし、貴族らしくない立ち居振る舞いで近付く作戦だったからだ。派閥のこともよく分かっていません、という顔でエリクザイオン様に近付くように言われたが、恐らくこれも、貴族学校を卒業後に平民に戻るのだから、そこまで厳しい教育を受けなくていいということだったのだと思う。


 奥様も内心はどうか分からないが、表面上はとても優しくしてくださった。貴族女性として、愛人はともかく子どもが生まれれば、自身やその子どもの為に、それなりの対応をするけれど、別にわたしにもお母さんにも思うところはないとおっしゃっていた。引き取ることになったからには、家の恥にならない程度の教育はすると言って、男爵様の手配よりも厳しめの教育をわたしに課した。


 男爵家には十八歳の長男、十七歳の長女、十歳の次男がいた。長男は無関心、長女は妹が欲しかったと可愛がってくれた。次男は大好きな姉の関心を奪われ、ちょっと意地悪だった。


 そうして一年に満たない教育の後、十七歳になったわたしは、王都の貴族学校に編入したのだった。





 元平民の庶子が編入してくるようなことは、珍しいことではないらしい。昔ほど血統に拘らない家族も増えており、優秀な平民を養子にしている家も多い。


 特にいじめられることもなく、優しくしてくれた下位貴族もいて、わたしは貴族学校という、それまで関わることのなかった世界をそれなりに楽しんでいた。

 エリクザイオン様を口説くというお役目も、男爵様が明らかに本気じゃないことが分かっていたので、おざなりにしたつもりだった。とはいえ、一切動かないわけにもいくまいと、行動範囲をそれとなく調べて、図書館で接触することに成功した。





 そして、初めて近くで目を合わせた時、わたしは不覚にも恋に落ちてしまったのだ。





 煌めく黄金の髪、宝石のような碧い瞳、ぱっちりとした二重にすっと通った鼻すじ。遠目で見た時から、なんて整った顔立ちの人だろうと思っていたけれど、間近で見て話したら、その端正な顔と均整のとれた体、低く心地よい声、その全てがわたしの胸をうった。


「この本が好きなのかい?」

「あ……はい。以前流行ったと聞いていたんですが、男爵家の書斎には無くて。ここの図書室で見つけて嬉しくて、一巻を借りて読み終わったところなんです」

「僕もこの作者の本は好きでね。もしこれを読み終わったら、他のも読んでみるといい」

「そうなんですか?庶民の間では流行ったけど、貴族の皆さんの間ではあんまり評判が良くないって聞いてたのに」

「そうみたいだけど、僕は結構好きなんだ。こう見えて、堅苦しい貴族社会は面倒に感じていてね」

「皆さん憧れのアルケイオス侯爵子息様にも、意外なところがあるんですね」

「皆さん憧れ?」

「あ、はい。よく女性たちが騒いでます」


 そんな噂話を本人の耳に入れることや、話しかけられたとはいえ、あんまり敬わずに気さくな感じに話すことは、貴族女性としては褒められたことではない。女性は慎ましく、たおやかな女性が美しいとされているからだ。

 そういう近づき方をしろと言われていたこともあったし、わたしもあんまり貴族らしく肩肘のはった振る舞いは面倒だったので、ほとんど普段通りに接したけれど、胸はばくばくと脈打っていた。顔も真っ赤だったんじゃないだろうか。


 その瞳が、匂いが、声が、わたしのこころとからだを大きく揺さぶった。しかし、エリクザイオン様はそれには気付かなかったようだった。


「君も騒いでいるのかな?」


 エリクザイオン様はふっと笑った。わたしの胸の鼓動はさらに早くなったけれど、努めて普通の声を絞りだした。


「もちろんですよ、格好いいですもん」

「それは光栄だ」

「お姫様が羨ましいです。こんな素敵な婚約者様がいらっしゃって」

「光栄なのはこちらだよ、何しろ、我が国の宝石とも言われる第一王女様だからね」


 おどけてそう言った彼を見て、このとき、わたしは二つのことに気付いた。


 一つは、冗談めかしていたが、エリクザイオン様は本当に、その身分にそぐわない、気楽な生き方が好きなんじゃないのかということ。普段からふざけた会話をしていないと、こういうおどけ方は出てこない。貴族男性はもっと堅苦しい会話をするものだった。恐らく、わたしが砕けた話し方をしたから、思わず素が出たのだ。


 もう一つは、王女様との婚約に何かしらの問題があること。光栄といいながらも、その表情はあまり晴れやかなものではなかったからだ。彼か、または王女様、どちらかが婚約に不満を持っているのかもしれないと、そう感じた。


 今思えば、わたし程度のエセ貴族にそれが分かってしまったことは……つまるところ、彼が貴族社会に向いていないことを、その時から曝け出していた証左だったのかもしれない。


 それから、わたしたちは図書室で頻繁に顔を合わせ、仲良く喋るようになった。やがて図書室以外でも一緒にいることが多くなり、噂になるまでに、それほどの時間は必要なかった。


 そうして分かったことは、エリクザイオン様は、貴族にあるまじき純真さの、真っ直ぐな人だということだった。遠回しな言葉だとかやり取りは好まないし、裏表を使い分けたり、策謀を巡らせたりなんてことも苦手で、好きじゃない。堅苦しい礼儀作法も煩わしく思っていた。

 多分、だからわたしといるのが楽だったんだと思う。


 それでも、高位貴族に生まれた者としての責任感はしっかりとあって、その責務に対する覚悟は持っていた。わたしはどんどん彼に惹かれていき、一緒にいる時間を楽しみながらも、同時に焦ってもいた。


 思いの外、籠絡がうまくいってしまい、派閥の上位貴族の手前、下手に距離をとることもできない。男爵様もまさか上手くいくとは思っていなかったが、実際に上手くいってしまっている以上、止めることもできない。


 焦りと、そして喜びとに翻弄されながら、わたしはエリクザイオン様から離れなくなっていった。


 王女の婚約者に言い寄る庶子など、当然向こうの派閥からは敵でしかない。編入当初に仲良くしてくれた友人たちは離れていき、王女様の取り巻きや敵対派閥の人間からは嫌がらせが相次いだ。とはいえ、学校内の中のことだったから、そこまで危険なことはなかった。けれども、このままだとまずいことも確かだった。卒業後に下手なことをすれば、文字通り命の危険にすら繋がるし、男爵家にも迷惑がかかる。

 高位貴族にとって、男爵家など塵にも等しいのだから、家ごと潰すことだって難しいことではないのだ。






「どうかしたかい?イオラ」

「あ、いえ……」

「何か悩みがあるなら話してごらんよ。いつも笑顔の君がそんな顔をしていると、俺まで悲しくなるよ」


 編入して半年。わたしたちはイオラ、エリク様と呼び合うようになっていたし、エリク様はわたしの前で自分のことを俺と言うようになっていた。学校の中庭にある長椅子に、二人で並んで座っている姿は、他人から見れば恋人同士にしか見えないだろう。


 まだ一線は超えていないけれど、もうわたしたちは離れがたいほど、心を通わせていた。お互い口に出さなくても、それが分かっていた。


 けれど、わたしはもう限界だった。わたしのせいで、大好きなこの人の将来を潰すわけにはいかない。だから、もう頃合いだった。派閥の上位貴族にばれないよう、自然に距離を取らないといけない。男爵様は怒ったりしないはずだ。だから、わたしは別れを告げようとした。けれど、その結果は、馬鹿なわたしの予想とは違う方向に進んでしまった。


「わたし、エリク様に近付きすぎてるのかなって」

「……誰かに何か言われたのかい?」


 エリク様の声は、いつもより低い声だった。怒っている。怒ってくれている、わたしのために。それがたまらなく、嬉しかった。


「ううん、当然なの。男爵家の庶子なんかが、エリク様のように素敵な方にまとわりついていたら、王女様や上位貴族の皆さまは、いい気はしないわ」


 だからもう、会うのはやめようと、続けることはできなかった。


「君がそんなことを気にする必要はない。まったく、貴族ってのはどいつもこいつも陰湿で嫌になるな。政略結婚なんて、もう時代遅れだよ」


 エリク様はわたしの手を握った。


「君は何も心配しなくていい。必ず俺が守るから、だからそばにいてくれ」


 熱を持った目で真っ直ぐにそう告げられ、わたしはそれを拒むことはできなかった。


 王女様も同じ学年だったが、わたしは話したことはなかった。嫌がらせも、王女様がしてくることはない。もしかしたら、近しい下位貴族などを誘導しているかもしれないが、王女たる方が、そんなことをおくびにも出すはずがない。


 貴族の間では、建前は大事だ。隙を見せれば噛み付かれるのが社交界なのだから。


 そして、エリク様はやっぱり、そんな世界に向いていなかった。


「姫にはっきり言っておいたよ」

「お、王女殿下に言ったの?殿下はわたしに何もしていないわ」

「本人は何もしていなくとも、取り巻きがやってることだ。派閥の長として、貴族の上に立つ者として、諌めるべきことだ。それができていないのだから、当然のことさ」


 そんな馬鹿なことはない。


 建前は大事だ。王女殿下が内心わたしやエリク様に対してどう思っていようと、彼女がそれをおくびにも出していない以上、こちらも彼女に文句を言う正当性がないのだ。エリク様はわたしと浮気しながら、浮気相手に何もしていない王女殿下を糾弾したことになる。


 あっという間に噂になり、わたしと仲良くなってからだんだんと減っていたエリク様の友人は、ほぼ誰もいなくなった。わたしも男爵様も、もうどうにもできないことが分かった。せめて派閥の上位貴族に切られたりしないよう、利益を与えてもらえるよう、立ち回ってもらうしかなかった。


 派閥の上位貴族からの指示というのは、何でもかんでも聞けばいいというものではない。言いなりになっているだけでは、都合のいい駒にしかならず、簡単に切られてしまう。

 今回のわたしの成果は、出してはいけないものだった。


「申し訳ございません……」


 男爵家が揃う晩餐の席で、わたしは謝ることしかできなかった。


「ちょっとした醜聞程度で良かったんだがな……。だがこれは、アルケイオス侯爵子息があまりにも愚かなだけだ。トリリアルガード家は幸い、利を出した家には報いる家だ。悪いようにはしないだろう。……あまり気にするな。それより、今後の身の振り方を考えなければ」


 男爵様は、ここへきても優しかった。派閥の長であるトリリアルガード家が誠実な家であったことも幸いした。


 ほとんど話したことのない長男様が、口を開いた。


「エリクザイオン殿と添い遂げるのか?」

「でも、かの方は罰を受けることになるでしょう?あなたも不幸になるわよ」


 長女様もわたしを心配してくれた。


「あんたは、言われた通りにしただけだろ。……あんたまで道連れになる必要はないよ」


 意地悪な次男も、ませた口調でそう言ってくれた。


「……このあと、わたくしの部屋にいらっしゃい」


 奥様に呼ばれ、食事後に部屋に行った。


「まず、エリクザイオン様がどうなるか、考えられる可能性を教えてあげますわ」


 愛人の子であるわたしが家に害をもたらすかもしれないのに、奥様は丁寧に説明してくださり、わたしの意思を確認してくれた。






 そうして、卒業式を迎え、記念の夜会が開かれた。


 エリク様は王女殿下ではなく、わたしを伴って夜会に赴いた。エリク様に贈られた見事な装飾の盛装で隣に立つわたしは、生きた心地がしない。話の流れによっては、わたしも男爵家も破滅である。


 けれど、エリク様はやってしまった。夜会の場で王女殿下に婚約の破棄を提案したのだ。


「……理由は、聞くまでもございませんわね」


 王女殿下は冷ややかにそう言った。ちらりとわたしを見る。エリク様の浮気であっても、婚約がなくなるというだけで、女性の傷になってしまう。この美しい姫君の将来に、わたしが暗い影を落とすのだ。足が震える。けれど、逃げるわけにはいかない。己の罪は己で受け止めなくてはならない。


「申し訳ございません」

「謝罪の必要はなくてよ」


 わたしの震える声での謝罪は、切って捨てられた。


「詳細は追って詰めましょう。お父様にも伝えておきます」

「ああ、よろしく頼む」

「ところで、あなたはどうするつもりなの?こんなことをして、侯爵家にいられると思っているのかしら」

「まさか」


 息が詰まる。ああ、なんということだろう。

 エリク様には、心配ないとだけしか言われなかった。全て任せろ、と。どうするつもりなのか分からなかったが、侯爵家を継ぐ未来が絶たれることを、分かっていたというの?

 そこに追い討ちがかけられる。


「そう……。馬鹿ね、本当に。その子はトリリアルガードの意向であなたに近付いたのよ?」


 言われてしまった。はっきりと。


 エリク様とは、その辺りの話をしたことはない。打算で近付いたなんて言って、幻滅されるのが怖かったのだ。今、どんな顔をしているのだろうか。怖くて顔が見れない。


 エリク様が何かを言おうとした。わたしは聞きたくないと思ったが、幸い邪魔が入り、その先を聞くことはなかった。


「何を騒いでいる」


 卒業生を祝いに会場に来ていた、国王陛下の声だった。隣にはエリク様の父親であるアルケイオス侯爵もいる。私の親である男爵様も、慌ててそばに寄ってきた。


「エリクザイオン様が、わたくしとの婚約を破棄したいそうです」

「……まさか、本当に決めたとはな。今日は卒業式だぞ。こんなところで話すことではない。後日改めて席を設けよう。だいたい、解消でいいだろう。何故破棄なんだ?」

「全ては心移りした私に非があり、王女殿下には何の咎もないからです」


 エリク様が堂々と言った。


「ふむ、貴殿の有責で破棄してよいのだな?アルケイオス卿も納得しているのか?それなりの慰謝料をもらうぞ?」

「……致し方ありません」


 雲の上の方々が話し合っている。エリク様のご家族にも迷惑をかけてしまうのだ。わたしは怖くて俯くことしかできなかった。


「……ご令嬢、顔をあげなさい」


 アルケイオス侯爵がわたしに言う。俯いてやり過ごすことも許されなかった。


「しっかりと前を向きなさい。これは君の行動や選択の結果だ。君にはそれを受け止める責任がある」


 感情の読めない顔や声だが、不思議と怖くはなかった。


「はい。わたしのせいでご迷惑をお掛けして、申し訳ございません。わたしは庶子でございますゆえ、何卒男爵家にはお慈悲を賜りたく……。全て、わたしが一人でしたことでございます」


 そんな筈はないことなど、全員が分かっている。けれど、建前は大事だ。これで、男爵家はわたしを切り捨てられるし、最上の結果を得るはずのトリリアルガード家も、男爵家を無碍にはできない。


「だ、そうだが?ケラーズ卿」

「家の利益のため、なるべく高位の家の方とお近づきになるように言いつけたのは、私です」


 うまい言い回しだった。嘘は言っていないが、相手を選んだのはわたしの独断ということにできる。


「ご令嬢の処遇についても、後日席を設ける。今日のところは、この話は終わりなさい」


 国王陛下のその言葉で、とりあえずの話は終わった。国王陛下とアルケイオス卿は去っていき、王女殿下もわたしとエリク様を一瞥してからご友人の元へ向かった。


 周囲で聞き耳を立てていた野次馬達も、思い思いに散っていき、夜会は何事もなかったかのように続いた。


 わたしは何も言えず、会場の外に出た。エリク様が追いかけてくるのを背中で感じる。


 庭園の隅まで行った時にはもう、わたしは涙を堪えることができなかった。これ以上目立つわけにはいかない。声を殺して泣くことしかできない。


「イオラ。……泣いているのか?」


 こんな時でも、エリク様の声は優しかった。けれどわたしはその問いに答えることも、その優しさに応えることもできない。


「泣かないで……。心配はないんだ。何も」

「そんなこと……。わたしのせいで、あなたの未来が……」

「いいんだよ。俺は貴族なんて向いてなかったんだ。まぁ、下位貴族ならやっていけたかもしれないけど、侯爵なんてやってられないよ」

「でも、王女殿下にも、あなたのご実家にも迷惑をかけたわ。わたしによくしてくれた男爵家だって、どうなるか……」

「大丈夫、大丈夫だから。だから、泣かないで」


 一体何が大丈夫なのか。後日の話し合いがどうなるか、わたしは怖くて仕方がない。男爵様も以前大丈夫だと言っていたけれど、アルケイオス侯爵や王家にわたしは消されてしまわないだろうか。


「……今日は帰ります」

「話し合いの日時が決まったら連絡するよ。……イオラ、本当に心配はいらないんだ。だいたい上手くいくはずだから」


 わたしは何も言わず、エリク様の顔を見ることもできずに、その場を後にした。


 翌朝、男爵家の皆様に改めて謝罪したわたしは、一度地元に帰らせてもらった。


 もしかしたら消されてしまうかもしれないので、最後に家族の顔を見ておきたいと思ったのだ。


 引き取られてから初めての帰郷を、家族は暖かく迎えてくれた。似合わない貴族姿を見て笑い、煌びやかな貴族の世界の話をせがまれる。

 手紙のやり取りはしていたが、妹が元気になって、予定通り学校に通っている姿を見ることもできた。お父さんも酒場の仕事に慣れ、お店も繁盛しているらしい。


 暖かくて、家族の愛を感じる下町の世界と、華やかで、燃えるような恋と心がぐちゃぐちゃになるような愛を知った貴族の世界。どちらがわたしの現実で、居場所だったのか。


 夢のような恋が遠く感じられて、帰るのが怖くなってしまった。わたしはどこまでも臆病で、卑怯者だ。一晩で帰ると言ってあったのに、従者や侍女を帰して、わたしは数日実家で過ごした。


 アルケイオス侯爵の言葉を思い出す。自分の行動と選択の結果だ。責任を持って、自分で受け止めなくてはいけない。頭では分かっていたけれど、なかなか動くことができず、結局、重い腰を上げたのは十日後だった。


 この先に何が起ころうと、それはわたし自身の受けるべきことなのだ。逃げるわけにはいかない。恐怖に震える心を奮い立たせ、わたしは男爵家に帰った。





「もう帰ってこないかと思ったぞ」


 男爵様が優しく笑って出迎えてくれた。この人も、たった一年しか一緒に過ごしていないのに、わたしのことを愛してくれていると感じる。そうでなければ、あの夜会でもっと切り捨てる言い回しをしたはずだ。ふと冷静になれば、奥様も異母兄弟たちも、異物であるわたしを受け入れてくれていたことを感じた。皆、わたしを心配してくれている。貴族といっても、やはり人なのだ。


 こんなにも優しいご家族に、わたしは迷惑をかけてしまう。


 どんな沙汰が降ろうとも、迷惑をかけた人たちに、わたしは何かを返さなくてはならない。


 そう決意して迎えた話し合い。場所は王宮内の会議室のひとつだった。


 国王陛下はいらっしゃらないが、既に多くの執務をこなす王太子殿下、そして当事者である第一王女殿下。アルケイオス侯爵とエリク様。そして男爵様とわたし。


「婚約破棄については、陛下の承認をいただいている。慰謝料については、こちらの資料を。貴族間の不貞行為や浮気の判例から試算した。それと、王の勅命を果たせなかった責任として、アルケイオス侯爵家には領地の一部を返上してもらう」

「こ、この鉱山は……」


 男爵様が青い顔でつぶやいた。わたしには分からないが、恐らくアルケイオス侯爵家にとって重要な鉱山なのだろう。わたしは冷や汗が増すのを感じた。


「全て、裁定の通りに。我らアルケイオスに異論はございません」


 アルケイオス侯爵は顔色ひとつ変えずに承認した。


「では次に、ケラーズ男爵家の処分だが、ケラーズ夫人の実家であるゼンブライド伯爵家より申立があり、夫人の血を引かない庶子であるイオラミューズ嬢の行動により不利益を被ることは避けたいとの意向があった」

「は……」


 男爵様は何も反論できない。元々、奥様の方が位が高かったため、今でも男爵家の中で発言権が強いのだ。


「元々平民であるイオラミューズ嬢からは貴族籍の剥奪。男爵家からの追放処分をもって、男爵家の責はとわないこととする。異論はないな?」

「は。全ておおせの通りに」


 目の前が真っ暗になった。男爵様はわたしを愛してくださっていたと感じたのに。一言の反論も不満も表明せず、わたしを切り捨てた。


 当然といえば当然である。そもそも、王太子殿下から提案されたものに異を挟むことなど許されようもない。それでも、わたしの心は悲しさと恐ろしさで冷え切った。


 奥様も優しくしてくれて、色んな可能性とわたしの意思を確認してくださったのに、その時はこんな可能性は一言もおっしゃってくださらなかった。きっと予想していたであろうに。そんな風に思う資格などあるはずもないのに、わたしは裏切られたように感じて悲しくなった。


「では、エリクザイオン殿のとイオラミューズ嬢の処分だが……。おまえは何か希望があるか?」


 王太子殿下が第一王女殿下に聞いた。わたしは思わずびくりとしてしまう。


「エリクザイオン様のような浮気者の顔は見たくありませんので、貴族籍の剥奪を。また、イオラミューズ嬢もですが、王都への立ち入りを十年ほど禁止したいですわね」


 冷たい言葉に、とうとうわたしの目から涙が溢れた。


「……あら、ご不満かしら?わたくしの婚約者を奪っておいて」


 わたしは慌てて顔を上げた。


「いえ、わたしの処遇について不満などあろう筈もございまさん。エリクザイオン様の処遇に、改めて自身の罪の大きさを思い知り、わたしのせいで全てを失わせてしまったことを痛感したのでございます」

「イオラ……」


 エリク様がわたしに優しい声を掛けようとしてくれた。けれど、これ以上王女様のご不興を買ってはいけない。


「わたしはどうなっても構いません。わたしにさらなる罰を賜りたく。どうか、エリクザイオン様の処分にはご一考を。愚かな女に騙されただけでございます」

「イオラ!」


 今度は強い口調で、エリク様がわたしの名を呼んだ。第一王女殿下がそれを手で制す。


「なりません。愛する人が苦しむことも、あなたへの罰です」

「……承知いたしました。最後まで身の程知らずの差し出口を、大変申し訳ございません」

「では、エリクザイオン殿も貴族籍を剥奪。二人には十年間、王都への出入りを禁ずる。それでよろしいか?アルケイオス卿」

「是非もございませぬ」

「ケラーズ卿も、よろしいか」

「は。仰せの通りに」

「では、二人は十日以内に王都より退去するように。以上だ」


 そうして、話し合いというわたしたちへの断罪は終わった。とはいえ、わたしにとっては何の罰もないに等しい。元々平民に戻るつもりだったのだから。切り捨てられたことは悲しいが、男爵家にも何の罰もなかったので、それは良かった。


 結局、わたしのせいでエリクザイオン様が全てを失い、アルケイオス侯爵家と第一王女殿下にご迷惑をお掛けしただけだった。全てはわたしの、自身を顧みない愚かな振る舞いのせいだ。


 エリク様はアルケイオス侯爵に連れて行かれてしまい、話すこともできなかった。謝りたいけれど、これだけの罰が決まって、お怒りでないかが怖い。罵られたらと思うと……こんなになっても、身勝手なことに、わたしはエリク様が好きだった。嫌われたくなかった。


 帰りの道中、鉱山のことを男爵様に聞いた。アルケイオス侯爵領と中でも最も重要な鉱山のはずだと言う。侯爵家のどれだけの人に迷惑をかけることになるのだろう。謝りたいが、もう平民になったわたしに、そんな機会もない。


 男爵家に着くまで、わたしはただただ泣き続けた。





 家に着いて、自室でのろのろと荷物をまとめ始めた。とりあえず元々の実家から持ってきた、僅かな荷物をひとまとめにした。男爵家にきてから色々な物をいただいていたが、持ち出せるとは思えない。


 いつもなら夕食に呼ばれる時間が近づいてきて、ふと食事をどうすればいいのかと思った。こんな時でお腹は空いていないが、以前恋人を亡くした時に比べれば食欲はあると思う。どんな苦難でも、どんなに愛しい人に迷惑を掛けても、近しい人が死ぬことに比べれば平気なのだなと、そんなことを思った。


 驚いたことに、夕食はいつも通りに食堂に呼ばれた。いつも通りのわたしの席に、いつも通りに用意がある。


「あの……わたしはもう平民ですから……」


 ところが、奥様はなんてことないように言った。


「十日以内に王都を出るように申し付けられたらしいけれど、いつ貴族籍が無くなるか明言はされておらず、手続きの詳細はまだ不明です。特に沙汰がなければ、十日後に出るまでは今まで通りに過ごせばよろしいのですよ」

「でも、そんな……これだけご迷惑をお掛けして、同じ席に座らせていただくわけには」


 すると、男爵様もいつも通りの優しい声で言った。そういえば、帰りの道中も鉱山について丁寧に教えてくださったし、わたしが泣くのをただ黙って、見守ってくださっていた。


「何を言ってるんだ。我が家には何の罰もなかっただろう。そんなことを気にすることはない。何の迷惑もかけられていないよ」

「元々、貴族として生きていくつもりはなかったのだろう? 君にとっても最上の結果だったじゃないか。王都に入れないのも、元々住んでいたところから遠いのだし、十年くらいは気になるまい」

「そうよ。あなたの好きな人を悪く言うのは申し訳ないけど、エリクザイオン様が馬鹿なのよ。侯爵家に生まれた責任を放棄して、あなたに懸想したのだから」

「僕たちに迷惑がかかることを気にしすぎだよ。俺たちだって、家族じゃないか」


 男爵家の子どもたちもそう言って、何も気にしていないようだった。わたしはとても驚いたが、促されて席に座る。


「鉱山の譲渡は意外ではありましたけどね。事前に王家と侯爵家の間では協議は済んでいたはずですよ。あなたはすぐ顔に出るから言わなかった、いくつかの予想の範疇だわ。考えられた可能性の範囲内です」


 そうして結局、十日間それまで通りに過ごさせていただいた。これまでにいただいた私物も全て持っていっていいと言う。量や質的にも実家には持ち込めないから、今後の身の振り方が決まったら送るとまで言って。


 王都へは入れないが、社交時期でなく男爵領にいる期間に遊びに来るようにと言われ、出立時には家族全員が見送りに来てくれて、一人一人と抱擁して別れた。


 切り捨てられてなどいなかった。男爵家はもう、もう一つのわたしの家族だったのだ。


 わたしは必ず領地に遊びに行くことを約束して、泣きながら実家へ戻った。






 実家の家族は優しく迎え入れてくれた。手紙で事情は説明していたが、貴族の世界は怖いねぇと笑うだけだった。


「それで、その人はいつ迎えに来るの?」


 妹は無邪気にそんなことを聞いてきた。


「来るわけがないでしょ。わたしのせいで、全てを失ったのよ。きっと恨まれてるわ。顔も見たくない筈よ」


 最後に会って謝りたかったけれど、侯爵家に手紙を出しても返信がなかった。やはり嫌われてしまったのだろう。結局、会うことが叶わないまま王都を出た。


 エリク様はこれからどうするのだろう。高位貴族として生きてきたあの方は、身の回りのことも一人でしたことがないはずだし、平民として生きていくのは大変なはずだ。本当は罪滅ぼしに、わたしがお世話をしたい。けれど、侯爵家には近付けないし、あの人に憎しみの目で見られるのも辛い。願わくば、あの厳しくも優しそうな侯爵閣下が、可能な範囲で生活を整えてくださいますように。

 そう考えてから、またあの夜会の時の侯爵様の言葉を思い出した。


 自身の選択と行動の結果に伴う責任。


 そうだ。やはりこのままでいいわけがない。

 ちょうど社交の季節も終わる。侯爵領に行こう。門前払いになっても、頼み込んでエリク様の居場所を聞く。例え憎まれても、わたしにできる手助けをする。少なくともあの人の生活に心配が要らないと思えるようになるまで。


 そうして、家族には決意を語り、久しぶりの実家で一晩を過ごした。侯爵家の方々が領地に帰るであろう時期までは、家の手伝いをさせてもらうことにする。


 そんな翌朝のことだった。


 エリク様が、実家に来た。






「迎えに来たよ、イオラ」


 いつもと変わらない笑顔で、いつもと変わらない愛をもって、彼はわたしを迎えに来てくれた。


「……どうして? あなたはわたしのせいで、全てを失ったというのに」

「何も失ってなんかいないさ。元々貴族は向いてないって言っただろう。王都だって別に好きじゃない」


 エリク様はわたしを抱きしめた。服は平民らしいものを着ているが、わたしなんかと違って生粋の貴族であるエリク様は明らかに浮いていて、目立っていた。そんな貴公子がわたしを抱きしめるものだから、周囲から歓声が上がった。貴族と違い、平民は感情のままに騒ぐ。それが懐かしい。


「会議の時も悲痛な顔をしているから、早く安心させてあげたかったんだけど、色々忙しくて。王都では会えなくて悪かったね」

「わたし、嫌われてしまったかと。ご家族にも王女殿下にも、ご迷惑をかけたわ」

「何も心配要らないって、言ったじゃないか」

「でも、大事な鉱山だって」

「あれでいいんだ。元々、最近侯爵家は事業が上手くいっていて、発言権が増していた。敵対派閥が焦るほどにね。本当は俺と姫との婚約時にはそこまでではなくて、色んな思惑で婚約が決まったんだけど、力関係が崩れてしまって。だから、婚約破棄して鉱山を手放すくらいでちょうど良かったんだ。あの鉱山は最近重要な鉱石が産出されるようになったのもあって、元々王家に献上する予定だったんだよ」

「そんな事情が……」

「だから慰謝料くらいさ。それも、俺が手掛けていた事業の収益から賄った。自分の個人資産から出したから、家に迷惑は掛けてない。後継は弟がいる」


 聞けば、王都では手掛けていた事業を独立させ、新たな商会を作るので忙しかったのだという。事前に独立してしまうと色々と勘ぐられてしまうため、王家との話し合いの後でなければならなかったのだと。


「姫を裏切ったのは事実だから、当然の義務だ。君と添い遂げるための必要経費だよ。今後の生活も心配いらない。事業は安定しているからね」

「そんな……あなただけに頼り切って、慰謝料まで負わせるなんて」

「結婚するんだから、二人の資産から出したようなものだよ」

「婚前の財産は共有資産ではなく、個人資産のはずだわ」

「細かいことはどうでもいいよ」

「第一王女殿下は、それで納得しているの?あなたや侯爵家もわたしも、大した咎めを受けていないわ」

「あー、それも実はね」


 なんと、第一王女殿下には元々想い人がいたのだという。その人は貴族ではあるが身分はあまり高くない上に嫡男でもなく、姫とは釣り合わなかった。エリク様は早い段階からわたしとのことを話し、落とし所を話し合った。そして、程々の醜聞を得ることにより、高位貴族ではなく想い人との婚約に持ち込む算段だったのだ。既に水面下では話はまとまりつつあり、王家もそれを踏まえて、両家への罰を実際には大した罰ではない、建前のものにしてくれたのだった。


「そうだったのね……」

「ごめんね。君にも話したかったんだけど、その……。君は素直だから、隠し事ができなさそうで……。姫はむしろ都合が良かったと、君にも別に怒っていない」


 なんてこと。わたしの愚かな行為は、幸運にも全て上手く収まったというの?


「俺たちのしたことは、褒められたことじゃない。けれど、だからこそ貫きたいんだ、この愛を」

「エリク様……わたしは本当に、あなたのそばにいていいの?」

「いいんだ。ずっと一緒にいてほしい。もう平民だ。これから君の夫になるんだから、ただエリクと呼んでほしいな」


 もうわたしは感情を抑えることができなかった。涙を流しながら、つよく、つよくエリクを抱きしめる。


「愛してる。愛してるわ、エリク……」

「俺もだ」


 エリクもわたしを力強く抱きしめてくれる。


「君さえいれば、何もいらない」

誤字報告ありがとうございます。

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王女様にも他に想い人がいたのか! win-winの略奪物! 男爵庶子の頭がお花畑じゃなかったから 上手く行ったのだな〜
皆幸せで良かった
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