夢の色
よろしくおねがいします。
「アルマ、ようやく明日ね。母さんとっても楽しみだわ!」
「うん、ようやく僕も魔導士の一員になれるよ!どこの所属になるかな?」
母さんとそんな明日のことを想像しながら笑いあっていた時に横に座って食事をしていた父さんが口を開けた。
「何を言っているのだ。明日は言ってしまえば魔導士を目指す者たちの入り口に立つということで、魔導士の一員になるなんてまだまだ先のことだぞ」
そう言いながら父さんはテーブルに並べられた皿の上のステーキをナイフで切って、フォークで刺し口に運び味わった後、ゆっくりと紫色に輝くワインを一口含んだ。
「あら、あなた。あれはいったい誰だったかしら?一か月も前から夜、私と寝るときにアルマは絶対に優秀な魔導士になるなんて私に言い続けたのは、もしかして私は知らない男と寝ていたの?」
母さんは偉そうな態度を見せる父さんを上から覗きこむようにそう言った。
「ブッ!?母さん!?一体何を言っているんだ!」
父さんは口から先ほど飲んだワインをだらしなくこぼしながら驚きの表情で咳き込んだ。
「まあ、俺の子だ。兄のルイは今じゃ魔導学校の首席だし、アルマもそのうち追いつくだろうと考えるのは普通のことだろ」
言い訳じみたことを言う父さんを母さんは少し眉を吊り上げ、したり顔で見ていた。
「アルマ、明日は早いから早く寝るのよ」
そう言って母さんは部屋に戻っていった。僕もそれに続いて部屋を出て、樹の階段を上り自室に戻った。
ようやく明日、小さい頃から夢だった魔導士への道が開かれる。そう思うと寝付けそうにもなかった。だから窓を開けて夜空に輝く満天の星空を一人、部屋から見上げていた。
「いてっ!?」
「なに、星なんか見て黄昏ているのよ」
その声は下から聞こえてきた。誰かは分かっている。
「イルナ、なんだって石なんか投げてきたんだよ?」
「別に、あんたがなんか空を見上げてかっこつけてたからムカついただけ」
彼女はそう言いながら目をぎゅっと閉じ舌を出してこっちを見てきた。
「ほんとにやめてくれよ」
そう言いながら僕は部屋の机の上に落ちた石ころを眺めた。
イルナは小さいころからの幼馴染で僕が気を許せる人のうちの一人だった。正直昔から可愛いと思っているし、こうしてかまってくれているのも本当は嬉しいのだ。それに近頃は一段と綺麗になっていると思う。顔も大人っぽくなってはいるがその中に昔から見てきた天真爛漫な笑顔が僕は本当に素敵だと思う。それに最近学校の方でも彼女は大変に人気がある。誰とでも楽しそうに関わっている彼女の姿を見て見惚れない男はいないと思う。それに最近は体つきも良くなっており思春期真っ只中の学生には大変目に毒である。僕は将来イルナと結婚したいと思っているし、そのためには一流の魔導士になる必要があると考えている。だから早く明日が来てほしい。
「アルマ、今日は早く寝なさいよ!明日朝迎えに行くからね!」
イルナは言いたいことだけ言って向かいの家に帰っていった。
そんなイルナの様子を見て早く明日が来てほしいという気持ちがより強まった。
魔導士としての道を進み始めた者は学校で寮生活をすることになる。今日が家で過ごす最後の夜なのだ。やはりこれまで住んでいた家を離れるのは少し寂しいところがある。だがそれは魔導士を目指すものなら誰でも通る道なのだ。兄のルイも数年前に家を出ている。兄のそんな姿を見ているため多少心構えはできていたが実際にその日になると家を離れたくないという気持ちが嫌でも湧いてくる。
陽光が窓辺から射しこみ、一日の始まりを告げようとしていた。
「うっ・・・眠い」
そう言って僕は布団にくるまった。
この頃は布団をかぶれば心地の良い気候であるため窓を開けて寝ている。既に街の人々が静寂の中に響く僅かな朝の音楽を作り始めていた。
「アルマー、そろそろ起きなさいよ」
母さんがそう言いながら部屋の扉を静かに開けた。
「今日はカラージャッジの日でしょ。早く起きて下で朝ごはん食べなさいよ」
扉が閉まる音を背中で聞き、そうだったと思い出しゆっくりとベッドから降りた。そして窓の外に少し顔を出して朝の軽やかな空気を体全体にいきわたらせた。
「僕は、どんな色なんだろう」
そう考えると先ほどまでの眠気が嘘のように消えているのに気が付いた。
そして向かいの部屋の窓が開きイルナが顔を出した。
「おはよう、アルマ」
「おはよう、イルナ」
「・・・」
「・・・」
イルナは朝に弱い。たいていこの後またベッドに戻っていく。そんなことを考えているとやはりいつも通りにベッドに戻っていった。そしてカーテンが閉められた。
階段を降っていると、鼻にパンの焼けた匂いが漂ってきた。
「おはよう、母さん」
「おはよう、アルマ。今日もいい天気ね」
そう言って母さんはコーヒーを入れて僕の前に座った。
「なに?母さん」
母さんは席に座ってからジーと僕の顔を眺めてきた。
「いや、アルマも大きくなったんだなって思ってね」
「ふーん」
素っ気ない返事を返す僕を母さんはそれでも愛おしそうに眺めた。
「ねえ、僕はどんな色なんだろう?」
話を続けるために僕の方から母さんに話題を振った。
「えっ?そうねー、ルイもお父さんも赤だからアルマも赤なんじゃないかしら」
「えーなんか嫌だな、それ。できれば僕は橙とかの落ち着いた感じだったらいいのにって思うよ」
「アルマは橙がいいの?」
「うん!確かに赤の魔導士はかっこいいけどさ、僕は周りの人を癒せる橙の色がいいんだ」
「そうなのね、母さん知らなかった。でも、アルマならどんな色でも使いこなせると思うわ。それにもし橙だったらイルナちゃんがケガとかしても治してあげられるしね」
「ブフっ!?」
「あらあら?どうしたの仕方ない子ね」
母さんは手際良くせき込む僕の背中を優しく叩いてくれた。
しばらくしてようやく息が整ってきた。
「母さん、なんで今イルナの話が出てくるんだよ」
「あら、アルマが小さい頃からイルナちゃんのことを好きなのを知っているからよ」
それを聞いて一瞬で顔が赤くなった。
親にそう言う話をされるのは、何故だか分からないけど恥ずかしい。
「いや、母さん。なにか勘違いしているようだけど僕はイルナのこと好きだけどそれは恋愛的なことじゃないよ」
苦し紛れの言い訳を母さんは楽しそうに聞いていた。
「アルマー!起きてる?」
家の外から声が聞こえてくる。それを聞いて母さんが立ち上がった。
そして母さんが家の扉を開く音が聞こえてくる。
「おはよう、イルナちゃん。今日みたいな日にこんなにいい天気なのは気持ちがいいわね」
「あっ、アルママおはよう!アルマ起きてる?」
「ええ、起きてるし今あなたの話をしていたのよ」
「えっ!?何の話してたの?」
「それは、朝一緒に学園に行くときにアルマから聞くといいわ」
母さんが戻ってきた。
「アルマ、イルナちゃん来たから用意急ぎなさいよ」
そう言ってまた母さんはイルナがいる家の玄関前まで戻っていった。
朝食を食べ終え、着替えを済ました後僕は外に出た。
「ちょっと、アルマ遅い!」
「ごっごめん!」
「まあ、いいや。早く行こ!」
ため息をつきながらもイルナは急かすようにそう言った。
歩き始めるとあることに気が付いた。これまでも何度も通った学園までの道なのになんだか今日はいろいろな物が目にとびこんでくる。いつもなら気にも留めない道の横に流れているなんでもない川の中に目がいったり、その川を渡るための橋に目がいったりと、とにかくなんていうか落ち着かない。
「アルマ、昨日はしっかりと寝れた?」
「うん、いつもよりは寝るのに時間がかかったけど寝られたよ。やっぱり今日のことを考えるとね。イルナは?」
「私は普通に寝たわよ。アルマと違って緊張なんかしないから」
イルナの目の下には少しクマがあったのを僕は見逃さなかった。でもその気持ちは良く分かる。魔導士を目指す者にとって今日という日は人生の分かれ道と言っても過言ではないのだから。でも、イルナが緊張していないというのなら僕はそれについてそれ以上何も言うことはできない。
「すごいな、イルナは。僕は緊張しまくりだよ」
「アルマは昔からよく緊張していたものね。前だって・・・」
「ちょっとあの時の話は勘弁してよ」
情けない声をだす僕にイルナは満足そうな顔をしていた。
そんな他愛無い話をしているうちに僕の緊張はどこかにいっていた。
「ところでイルナはどんな色だったらいいなとかあるの?」
「私はやっぱり赤かな。だってかっこいいじゃない赤の魔法って!確かルイ兄とアルパパは赤色だったよね?」
「うん、二人とも純色に近い赤色だよ。特にルイ兄は歴代の中でもかなりすごいらしいんだ、父さんと母さんが言うには。でも僕は橙がいいな」
「えっ橙って回復関連の魔法だよね。アルマはそれがいいの?」
「うん。傷ついた人を治してあげたいんだ。そしていずれはどんな傷でも病気でも治せる魔導士になりたいんだ」
「アルマらしくていいね!だったら私が将来ケガしても治してよね!」
イルナはそう言って少し歩調を早めた。
「でもあれだよね。色によって派閥みたいなのがあるのはアルマも知ってるよね?できれば私はアルマと同じ系統の色だといいなって思うな」
そう僕たちが通っている魔道学園には色による派閥というものが存在している。これまではまだそれぞれの色が決まっておらず一般教養を学ぶだけだったが個人の色が決まった後からは専門的な授業も増えてくる。例えば青色に分けられた人達は青の魔法について学ぶことになってくる。もちろんその時には他の色は他の色で学ぶことがあるため別々に行動するようになってくる。そうなると自然と同じ色同士で集まるようになり、他の色と交流は希薄になってくる。
「僕もイルナと同じだといいなって思うよ」
実際赤と橙などは派閥間でつながっているが青や紫とは少し互いに仲が悪い。
「なんかカラージャッジって言ってしまえばクラス替えみたいなところもあるしね。また一から関係づくりを始めないといけないと思うと大変だな」
イルナは晴天の空を眺めながらそんなことを言った。
「でも、誰か一人ぐらいは知っている人いると思うよ」
イルナはあまり納得していない様子だった。だが僕たちが通う学園にはかなりの数の人が通っている。僕たちの学年だけでも1000人はいる。だからイルナの言うことはあながち間違っているわけでもない。
「まあでもイルナなら大丈夫だよ」
そんな根拠のない励ましでもイルナにとっては良かったらしい。イルナはその言葉を聞いてどこか不安そうな様子をきれいさっぱり顔から消した。
「ありがとね、アルマ!」
学園に近づくにつれて次第に人が増えてきた。道を曲がるたびに人の数が増えていく。それぞれが今日という日を心待ちにしている顔つきだった。
ありがとうございます。