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『オリエンタルアート』シリーズ外伝作品

作戦ダイナキント

『オリエンタルアート』シリーズの外伝的作品です。

最近ちょっとずつ蝉の鳴き声が聞こえてくるようになってきた。会社としては休日のその土曜日、わたしは朝からネットで『アジテーター梅』としてのネタ探しをしていた。表の仕事である『ティピカル』の事務の作業にも大分慣れてきて、自分でも様になってきたように感じるし、それならそれで休みの日くらいは自由に過ごしたい気もするけれど、実は今裏の仕事の方が佳境みたいで、社長である太郎さんからも、



『世の中が『夏休み期間』の間はSNSに入り浸りになる率が高まるという事を見越して、お願いします。この通り!!』



って、拝まれてしまったので仕方なしに…というかちょっとした使命感が出てしまってこうしてネットの話題と女子のネットワークを活用してふぁぼられそうな話題をチェックしているのだ。でもちょっとわたしに都合が良いのは『アジテーター』と言っても、あんまり露骨過ぎるアピールは逆効果だし怪しまれるという事で、わたしの基準でごくごく普通に楽しいことを見つけて投稿していいということだ。時々変な人もいるけれど



『まーさ。ほらいずん』



というこのアカウントで仲良くなったフォロワーさんと趣味を語り合ったりするのは正直楽しい。もともとゲームが好きだったわたしだけど、というかあんまりにもあるゲーム熱中しすぎていたせいで彼に振られたという経緯もあるけれど、今ではその傷も大分ふさがったような気もしなくないし、ゲーマーのアカウントをフォローしていたお陰で色んな情報が入って来て今は結構充実している。でも太郎さんが言うには、



『あんまりある層に偏り過ぎると効果は薄いからね、同性が喜びそうな話題も織り交ぜながら…』



という事らしいから、話題探しはちょっと作業の感覚が強くなる。具体的には最近デビューしたアイドルグループの話題から自分の目線で『推し』を決めて、時々応援するような投稿をしたり、話題の動画を拡散してみたり。2ヶ月くらい前に、『たらこ三昧』と繋がっている芸能人のリプでちょっとだけやり取りしたという展開があったから、わたしに興味を持ってくれる率が自然と上がったらしくて先ずは炎上に注意しながらウケがいいネタを供給し続ける事が大事。って言うのは簡単だけどやるのは結構難しい時もある。




「あー、どうもこれだと行き詰っちゃうなぁ…やっぱり自分が楽しいことをしてないと…」



色々粘ってみて改めてそう気付く。毎日研究みたいな事をしていて思ったのは、みんなそれぞれ嫌なこともあったり、嬉しいこともあったり、出会いを求めていたり、仕事を頑張っていたり、子育てに奮闘していたり、本当に色々で、全然違う環境で違う状況にある人が、同じ話題で少しでも息抜きできたり共感できたりすることは素晴らしいなって事。わたしだって幸せになりたいし、楽しいことを一杯したい。現実にはテンションが上がるような事ばかりじゃないし、嫌なニュースを見てしまって<見たくなかった>と思ってしまう事も数えきれない。




それでも、『この活動』をしていて思うのは、自分がやりたい事をやれるんだったら一生懸命やる事が大事って事。それは太郎さんを見ていても感じる。



「太郎さん今何してるんだろう…」




ふと彼の事を思い浮かべたら『そもそも謎が多過ぎて想像できない』という事に気付いて苦笑してしまっている。わたしより幾つか年上だけれど、ああ見えて中学生くらいで何かの成長が止まってると思う。と、そんなタイミングで太郎さんから貰った専用のタブレットにメッセージが届いた音が鳴る。



「どれどれ…」



組織の都合上やり取りの記録を残さないようにしたいという事で『たらこ三昧』の方針に関係のある事はこのタブレットのアプリに届くようになっている。最初に届いたメッセージ。




『アジテーター梅氏にはもう少し外出した場面の投稿が必要と感じる』



「は?」



思わず声が出てしまう。わたしはこんなに必死に話題探しをしていているのに。でも次に届いたメッセージでわたしはちょっと頷いてしまう。



『年頃の女性にとって買い物に出掛けたり、自分の好きなことをしている場面は共感を呼ぶ』



これは否定できない。確かに家でゴロゴロも好きだけど、週末なのだから出掛けたいと思うのは自然だと思う。ただそこには大きな問題がある。わたしはタブレットにこうメッセージを打ち込む。



『つまり、わたしは一人で出掛けなくてはいけないのですか?』



そう、シンプルな理由だけれどどうしたって一人では出掛ける気分じゃない時がある。友達だっていつも時間が合うとは限らない、だったらどうするの?って訊いてみたくなる。このメッセージを送信してから5分くらい時間が経ってからだろうか、こんな返信が来た。



『確かにそうだった。では今回は『T』が出張ろう。明日9 A.M.に『エリアF』に集合願う』



「え!?」



予想もしてなかったことに唖然としている。『T』はいわゆるコードネームで種明かしすれば太郎さんの事。そして『エリアF』はティピカルの事務所。つまりこれは、



『明日9時に事務所に来て by 太郎』



という事なのだ。仰々しい文面で来たから驚きがあったけれど翻訳してみると凄く普通の話だったから<ああ、そうか>と思ってしまった。たぶん太郎さんが明日どこかに連れて行ってくれるという事なんだと思う。それもそれで悪くはない気がしてくる。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆




翌日、事務所にて。9時よりも少し早い時間に到着したと思ったら、太郎さんは既にドアの前で待っていた。



「やあ、早かったね」



「お早うございます」



平日の職場で交わされるような会話。



「今日どこに行くんですか?」



最初にそう訊いてみたら、



「麻沙美ちゃんが行きたいところで」



との返事。



「…」



それはそれでちょっと困る。彼はそういうわたしの気持ちを察したのか、



「ゲーム見に行ってみる?麻沙美ちゃん欲しいゲームあったんだよね?」



「あ、はい。見ててくれ…てるんですもね…そうだった」



「プライベートな事は見て欲しくない事もあるよね…でも一応これも仕事だからさ」



「『これ』も仕事ですか?」



少しだけ気になる言葉だったのでそれほど他意はなかったけれど訊いてしまった。すると太郎さんは目を大きく見開いて(普段はぼんやりしている)、



「うーん…これは『普通に』お出かけじゃないかな?」



「『普通に』ですか?」



そう訊いたときに太郎さんが困ったように微笑んでいたのが印象的だった。その辺りからわたしはなんとなく楽しいなと感じていた。



「とにかく、楽しもう。それが大事だ!」



「はい!」



こうしてわたし達は街に繰り出した。後にこのアクションは『作戦ダイナキント』の名で呼ばれることになっている。

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