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少女A

ちびまるこちゃんのまるちゃんとたまちゃんは今でも仲良しだそうですが

私が小学生の時仲が良かった子はもう十年くらい顔を見ていません。

今ならまた友達になれるかな、なんて思ったりするのです。

 あやや、ゆうこりん、まっちゃん、はまちゃん。

 あだ名を聞いただけであ、あの人ねと連想してもらえるあだ名を持つ人が羨ましい。

 私の名字も名前も日本全国どこの誰に聞いてもよくあるね、と言われる自信がある。それでも私にはあだ名が無い。

 ちゃん付け、さん付け、呼び捨てのどれかである。

 あだ名で呼びにくい、きっと私はそういう人間なのだろうと思う。

 私の友人に「そういう人」がいた。

 私は転校が多く、その人と出会ったのは小学六年の時に転入した学校だった。

 今は個人情報の保護が厳しくいわれる時代だ。彼女の名前は仮に少女Aとしよう。

 とも思ったが、犯罪者扱いしているようで悪いので鳥山さんとしよう。そう言う雰囲気の名前だった。

 鳥山さんは真面目で、同じ小学生なのに落ち着いていて静かだった。社交的ではなく最初の印象は怖い、神経質そう、だった。

 実際彼女は神経質だったし普段から口数が多い方では無い反動なのか強烈な皮肉や毒を吐くことがあった。

 きらりと眼鏡を光らせて、休み時間には机にかじりついて本を読んだり絵を描いていることが多かった。漫画家を夢見る同世代の子達が描くような瞳の大きな少女ではなく、百合や猫なんかの植物や動物だ。

 特別上手なものではなかったけれど丁寧に描かれていた。何か見本を見るでもなく、そのくせなぞるように強い筆跡で描くので私はついいつも見入って側にいた。鬱陶しかっただろう。私は彼女を特別褒めるでもなく静かに見つめていた。集中している時の鳥山さんは普段でさえ取っつきにくいのに、それに輪をかけて近寄らないでよオーラを出す。

 私は近寄りがたくも感じているのに、そんな懸命でまっすぐな鳥山さんを見るのが好きだった。

 彼女にまともに話しかけられた時の言葉を実は覚えている。

「何読んでるの」

 自然に何気なく(実際何気ない)言葉をかけられたが、私は鳥山さんに認められた気がして読んでいた本がどれだけ面白いか饒舌に語った(まだ読み終わっていないのに)。

 小学生の当時、他の友達とは出来ないようなちょっとマニアックな本を勧め合ったり、感想を言い合ったり出来た。当時ミュシャの絵や山田かぼすの詩について語り合えたのは彼女だけだった。

 中島みゆきに心酔しだしたのはどちらが先か。たぶんどちらかが好きだと言ったら実は私もなの、と言う展開だった。とにかく好みがあったのだ。

 私はへらへら笑ってどちらかというと賑やかに騒いでいるタイプだったから、実は鳥山さんの嫌いな人間の部類に入っていた。

 それでも仲良く出来ていたのは私が他の友達に言いこそしないけれど、鳥山さんと同じものが好きなことから私という本質を見ていてくれていたからだと思う。

 だからなのか、どんなに仲良くなっても鳥山さんは私をあだ名では呼ばなかった。その頃共に仲良くしていた友達はみんな私を呼び捨てにしていたが、鳥山さんは私の名前にさんを付けて呼んでいた。

 彼女の私に対する敬意と親愛が込められている気がして私はそう呼ばれることを喜んでいた。

 私がそう言う人間なのだと彼女には分かったのだろうし、私も彼女を鳥山さんとしか言わなかった。

 お互いの事を深く分かりあっているつもりでいた。

 それを確かめるために私は彼女にひとつの質問をした。

 今考えると卑怯な質問だ。

「将来何になりたいの」

 小学六年である。無謀な夢だって語って許される年だ。

 けれど私も鳥山さんも他のクラスメイトに比べれば早熟でプライドが高かった。

 無謀な夢なんて語るのは格好が悪いと思っていたし、地に足が着いた大人に早くなりたいと思っていた。少なくとも私はそうだった。

 鳥山さんがなんて答えるか、質問なんかしなくても私には分かっていた。

 小説家になりたいんだ。

 鳥山さんは人付き合いが上手ではなかったし、作家を尊敬し、自分の世界観を大切にしていた。どんな職業より作家は魅力的に感じている。

 私は分かっていた。けれどそれは「夢」だ。道のりは果てしない。

 プライドの高い鳥山さんは他の友達に対しては「夢」を教えたりしない。馬鹿にされたり穢されたくないと思っているはずだから。

 知っていて私は尋ねた。鳥山さんを試したのだ。

 彼女は言った。

「本を読むのが好きだから、自分の読みたいと思うようなものは自分で描いていきたいと思っているの。私は物書きになりたいのよ。」

 人になつかない野良猫が見せた腹だった。

 言わせた。弱みを見させた。誰にも見せないであろう弱みを、この私に!

 気持ちを高ぶらせる反面、私はショックも感じていた。

 彼女の夢は小説家になることではなかった。

 自分の読みたいものを自分で描くことなのだ。物書きはその結果に過ぎない。

 鳥山さんはそんなところにいるんだ。小説家になりたいという浮ついた夢ではなくただ書きたい、読みたいと思う世界の中に。

 深く理解し合って、同じ世界を見つめているような気になっていた私には衝撃だった。

 鳥山さんは照れているのか、きっと答えが分かっているだろうに同じ質問を私に返してきた。

 同じだよ。なんて言えなかった。

 私は彼女のいる世界にはほど遠い、子供じみた夢の中にいることに気づかされた。

 将来の夢はどれにしようか。そう考えた時、作家という「職業」に憧れていたのは自分だ。憧れと夢は似ているようで違う。

 自分は作家と言うものに憧れているだけじゃない!

 今考えればそれで良かった。だってまだ十二歳だったんだから。

 けれど目の前に突きつけられた眩しい才覚に私はみすぼらしい自分の姿が顕わにされたような、研ぎ澄まされた切っ先で斬りつけられたような気すらして、惨めで仕方なかった。

「私は本は好きだけど才能なんかないから。読む専門!」

 努めて明るく、にこやかに悩みなんか無く悟りを開いているかのように言ったつもりだった。空元気だと思われていればまだ良いけれど意地を張って大人ぶったことに鳥山さんは気づいていたかもしてない。

 それからも親しくしていたけれど、それまでのように小説や絵、詩の感想など彼女に言えなくなってしまった。

 彼女にそんなことを言う自分は滑稽だと思ったし、あの日斬りつけられた心(というよりはプライドか)の傷は塞がる気配もなく痛みを訴えていて正直顔も見たくなかった。

 かつては尊敬と親愛を込めて鳥山さんと呼んでいたはずが、次第に心の距離そのままに呼ぶさん付けになり私が引っ越しをしたことで本当に顔など見ない仲になってしまった。

 やはり、彼女は少女Aで良いかも知れない。

 私に致命傷を与えた。

 忘れることの出来ない、才能という刃を振るう罪深い少女。

 

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