妾の娘として冷遇されていた私、呼ばれたパーティで地味な紳士を勇気づけていたら相手が王子様でした。
頑丈なレンガで作られた立派なお屋敷。
そこで私・デレは使用人としてせっせと働いていた。
「ふう、これで綺麗になったわね」
廊下の拭き掃除が終わり、埃とかが残ってないかを目視で確認していく。
特に問題はなさそうね。
「次の仕事は」
「あらあら、卑しい妾の子のデレじゃない」
「!? カーネリア様」
掃除道具を持ちつつ廊下を歩く。
すると当主様の娘である金髪碧眼で鋭い瞳をしたカーネリア様と出会う。
「今日もいつも通りの掃除かしら?」
「ええ、そうです」
「そう……醜い貴女にはちょうどいいわね」
……なんで出会うたびにボロカス言われるんだろう。
私はただの使用人で相手は当主の娘様。
ここだけでも立場の差が大きいのに、カーネリア様は不機嫌そうにコチラへ鋭い視線を飛ばしてきた。
「貴女のくすんだ茶髪とソバカスを見てイライラするのよ」
「え、でも……」
「何よ! もしかして口答えする気!」
バヂン!
口答えなんて……。
少し言葉が詰まっただけなのに、カーネリア様の平手が私の頬を打つ。
ジンジンと広がる痛みに涙が出そうになるが、辛い気持ちを抑える様に我慢する。
「も、申し訳ございませんでした!」
「ッ! その言い方もムカつくのよ」
カーネリア様の反応を見て、私はすぐさま床に膝をつけて頭を下げる。
何か気に入らない事をやってしまったのかな?
自分の中で不安が大きくなる中、カーネリア様が低い声で言葉を続ける。
「貴女みたいな無能がなんでルーシェリ家で働けていると思う?」
「そ、それは、当主様であるゴードン様のご好意でです」
嘘偽りない返答。
この返答で大丈夫と自分の中で自信があったが……。
「あら、お父様へのご好意だけ? つまり娘であるアタシには感謝はしてないの?」
「そ、そんな事は!」
「もういいわ! 貴女の言葉を聞くたびに虫唾が走る」
ドスッ!
相当イラつかれているのかカーネリア様が私の頭を踏みつける。
この頭に響く一撃は重かったが、いつもの折檻よりはマシなので私は歯を喰いしばって耐えた。
「くうっ、申し訳ございません」
「ッ!」
立場的に平伏するしか無いのが悔しい。
心の中でモヤモヤとした違和感が浮かんでしまう……。
「もういいわ。さっさと仕事に戻りなさい!」
「は、はい!」
イライラが溜まっているのか、ズカズカと足音を鳴らしながら離れていくカーネリア様。
なんで私ばかり。
目をつけられている感じで胸が痛くなってしまう。
「でも仕事を続けないと……」
ここで文句を言っても変わらないのはわかりきっているけど……。
精神的にかなりきついので私は思わず愚痴をこぼしてしまう。
ーー
一通りの仕事が終わった後。
夜ご飯を食べる為に食堂の中に入る。
すると席に座っているメイド達が一ヶ所に集まり、盛り上がっていた。
「ねえ、貴女達は王城でパーティがあるのを知っているかしら?」
「! 確か第三王子のマーレス様が主催者なのよね」
「そうそう! なんでも本妻探しを含めたパーティみたいよ!」
本妻探しか……。
私には関係ないわよね。
そう思い、シェフから食事を受け取りつつ目立たない端の席に座る。
「いただきます」
周りのメイド達がパーティの件で楽しそうに話している中。
ひとりぼっちの私は、トレイに乗ったパンに齧り付きながらスープを飲む。
「私も王子様に会いたいな」
白馬の王子様が私を迎えに来る。
そんな夢物語みたいな妄想はするが、現実の自分を見て諦めてしまう。
「アタシも王子様に出会いたいわ」
「貴女だけずるいわ! わたしだって声をかけられたいわよ!」
「いいですわねー! って、王子様はあてくしが貰いますわ!」
あの輪の中に入って私も会話したいな。
同僚のメイド達の話を聞きながら、寂しさと虚しさで自分の胸が痛くなってくる。
「貴女達、何を騒いでいるの!」
「め、メイド長!?」
「それはその……」
流石に盛り上がりすぎたのか怒りの表情を浮かべているメイド長。
周りのメイド達は互いに視線を泳がせており、メイド長は目を鋭くしながら口を開く。
「もしかして王城で開かれているパーティの事かしら?」
「! え、あ、はい」
「そう……。でももう手遅れよ」
「「「え?」」」
メイド長の一言に固まるメイド達。
その姿を見て私は驚きながら耳を傾ける。
「マーレス様が開くパーティは一九時から開始するみたいだからね」
「! じゃあアタシ達の夢は……」
「そんな夢なんて持たずにせっせと働きなさい!」
胸に刺さるメイド長の正論。
この一言は私にも深く刺さり、ただでさえ痛かった胸を抑えながら立ち上がる。
夢なんて持たず働けか……。
現実の悲しさは知っているつもりだったのに、思わず涙が浮かんでしまう。
「もう嫌だ」
カーネリア様にはいびられるし、同僚のメイド達からは異物として扱われる。
こんな生活なんて嫌になるが、行く場所がないので我慢するしかない。
「誰か私を救ってよ!」
食堂から出て誰もいない中庭の端っこ。
複雑な気持ちになった私は思わず天に向かって叫ぶ。
すると……。
「その願い、聞き届けました」
「へ?」
どこからともなく聞こえる渋い声。
ふと私が中庭の中央を見ると、そこには黒塗りで見た事がない乗り物が鎮座していた。
「空に願ったのは君ですか?」
「え、は、はい……」
しっかりと仕立てられた服を着た壮年の男性。
見た感じルーシェリ家の執事ではないはず……。
何者かはわからないが、相手が柔らかそうな笑みを浮かべている。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。わたしはセバス、マーレス様の使いです」
「え!?」
マーレス様ってあの第三王子の!
って、王子様の使いがなんでルーシェリ家のお屋敷に来ているの?
「不思議に思っておられそうですね」
「え、ええ……。私はただの使用人なのに王家の関係者に声をかけれるとは」
「ん? あの、貴女様はグラス様の娘様であるデレ様ですよね」
「め、妾の子ですがそうです」
セバス様は私の言葉聞き、何かを考えるかの様に口に手を置く。
その後に真顔になりながらセバス様が底冷えする様な声を発した。
「迎えに来て正解でした」
「へ? それは一体……」
「ただ、ここで話をしているとパーティに間に合わなくなるので車に乗ってください」
「え、あ、はい」
よくわからない状況なんだけど……。
私は疑問に思いながら、セバス様の案内で黒い馬車に乗り込んだ。
「なんとかパーティには待ち合いそうです」
「あ、ありがとうございます!」
なんで私なんかにセバス様が迎えに来たんだろう?
馬車は轟音を鳴らしながら目にも止まらないスピードで進んでいく中、私は頭の中で色々考えてしまう。
ーー
パーティ会場に到着した私は、セバス様のエスコートで中に入っていく。
「こ、ここが……」
おめかしが終わり私も見違えた姿はなったけど……。
綺麗な令嬢達が集まるパーティ会場では埋もれてしまう気がする。
上手く出来るかしら?
淑女教育で習った最低限の礼儀作法でどこまで通用するかな。
その事が不安になりながら私はゆっくりと歩みを進める。
「わあぁ。綺麗ですね」
「王家のパーティ会場を気に入っていただけた様ですね」
「もちろんです!」
セバス様のエスコートに安心感を覚えながらパーティ会場を見る。
天井には白銀に輝くシャンデリアと光り輝く灯り。
奥を見ると軽快な音楽を奏でるオーケストラ。
テーブルには豪華な料理におめかしをした令嬢様や紳士様達が集まっている。
き、緊張するわね……。
初めての大きなパーティにガクガク震えていると、セバス様がエスコートする様に動いてくれた。
「では行きましょうか」
「は、はい!」
セバス様の言葉に答えながら二人で進んでいく。
なんとかなりそうかな?
最初は戸惑う事も多かったけど、セバス様のおかげで少しずつコツが掴めてきた。
「悪くない受け答えですね」
「あ、ありがとうございます!」
お褒めの言葉をいただき、自分でも少し自信がついてきた感じがある。
そう思っていると、セバス様が一人の地味目な紳士様の方に視線を向く。
「デレ様、あの壁際におられる金髪の紳士様をどう見られますか?」
「えっと、地味な見た目をしておられますが他の方とは違うオーラを感じます」
「ほう……」
セバス様が目を見開きながら驚いていた。
何か言ってしまったかしら?
もしまずい事を言ってしまったのならと、内心でドキドキしてしまう。
「では、お声がけされますか?」
「え、あ、はい!」
セバス様の意見に頷いた私は、寂しそうにしている金髪の紳士様の方に向かって歩く。
「あ、あの、ごきげんよう!」
「ん? ああ、こんばんは」
金髪の紳士様に声をかけると相手は少し笑みを浮かべた。
一人だと寂しいわよね。
私も寂しさはわかるので、彼の隣に立って明るい笑顔を作る。
「私はルーシェリ家のデレです。貴方様のお名前はなんでしょうか?」
「僕はマーレだ。って、君みたいな美人が脇役っぽいの僕に声をかけてくるなんてびっくりしたよ」
「そうですか?」
卑屈な言い方をするマーレ様を見て、私は思わず同情の視線を向けてしまう。
「周りには王子様や高位家族もいる。その中で目立たない僕に声をかけてくる人なんていなかったよ」
「うーん、他の紳士様とは何回か話しましたが貴方様には別の輝くオーラみたいな物を感じるので目立ってますよ」
「!? ど、どういう事?」
「言葉にするのは難しいですが……」
感覚的な物なので説明が難しいわね。
でも何かが他の紳士様とは違うのは間違いない。
その感覚を大事にしながらマーレ様と会話していると、会場に音楽が流れ始めた。
「デレ様、マーレ様、ダンスが始まった様です」
「だ、ダンスですか?」
ダンスなんて踊った事がないのに……。
周りの方々が警戒そうに踊っている中、マーレ様が片膝をついてコチラに手を差し出してきた。
「お姫様、もしよければ僕と踊りませんか?」
「! よ、よろこんで!」
い、勢いで言ってしまったわ!?
マーレ様の謎オーラに思わず頷いてしまい、彼と共に踊る事になった。
「ど、どうしよう……」
このまま下手なダンスをするとマーレ様に恥をかかせてしまう。
私は周りに踊っている令嬢の動きを目に焼き付ける様に見つつ、マーレ様の手をとって共に踊り始める。
「エスコートは僕に任せてよ」
「わ、わかりました」
先程の暗い笑みとは違いとは違い、マーレ様は光り輝く笑みを浮かべており。
その姿を見て私は気持ちに余裕ができた為、多少ぎこちないが失敗せずに踊り切った。
な、なんとかなったわ……。
少し疲労感が出てきたのでダンスは終了。
そのままパーティが終わるまでマーレ様と楽しく会話を続けていく。
「彼女がいいな……」
「ん? 何か言われましたか?」
「いやなんでもない! セバスもそう思うよね」
「もちろんです」
マーレ様の言葉に真顔で頷くセバス様。
私は少し不思議に思いながら、彼と共に会話に花を咲かせた。
ーー
パーティから一週間後。
いつも通り掃除から始めようとしたが、急にメイド長に呼び出された。
「よくきたわねデレ」
「あ、あの、もしかして何かやらかしましたか?」
呼び出される事なんて折檻の時以外はほとんどなかった。
私は今回も罰があるのかと思って震えてしまう。
「いや、今回は違うわ」
「へ? では、なぜ私を呼び出したのですか?」
「言葉で伝えるよりも現実を見なさい」
「えっと?」
メイド長の言葉に私は違和感を覚えたが、後ろに控えていたメイド達に腕を掴まれる。
ああ、そういうパターンね。
メイド長じゃなくて同僚達にボコボコにされる。
その答えに辿り着いた私は心の中で覚悟を決めたが……。
「これが貴女の衣装よ」
「……はい?」
「はい? じゃなくて早く着替えなさい!」
「わ、わかりました!」
ドユコト?
私の前に用意されたのは真っ赤なドレス。
それをよく分からないまま着替えさせられてので利害が追いつかない。
「あ、着心地がいいわ……」
メイド服よりも着心地がいいわね。
私がドレスに着替えたタイミングで、真顔のメイド長に腕を掴まれた。
「いくわよ」
「ど、どこにですか?」
「貴女の相手がいる所よ!」
「それは一体?」
よくわからないまま廊下を歩き始める。
そして到着した場所は客室で、メイド長は緊張した面持ちで扉をノックした。
「失礼します!」
「し、失礼します!」
緊張した空間。
体を震わせながらメイド長と共に部屋の中に入る。
そこには当主様と高級そうな真っ白い服を着た金髪赤目の青年。
彼がこちらに振り向き、明るい笑顔を浮かべていた。
「よくきたねデレさん」
「えっと、どなたでしょうか?」
「デレ! このお方は第三王子のマーレス様だ!」
「!?」
当主様の言葉を耳にした私は思わず口を大きく開けてしまう。
王子様がなんでルーシェリ家の屋敷に?
今の現実が分からず固まっていると、マーレス様が嬉しそうに立ち上がった。
「サプライズ成功みたいだね」
「そのお声とオーラ! もしや、マーレ様……」
「おっ、気づくのが早いね」
マーレス様が放つオーラには見覚えが……。
って、正体が王子様なんて思うわけないじゃない!?
内心で思わず突っ込みつつ現実を見て固まる。
それを見たマーレス様はダンスの時と同じく明るい笑みを浮かべた。
「やはり僕の目に狂いはなかった! ゴードン殿、彼女と真剣にお付き合いさせてください!」
「ハッ! 自分は大丈夫です!」
「! それって……」
この一言で重苦しい空気が変わった様な。
当主様が苦虫を噛み潰した表情と、マーレス様の明るい笑顔。
「騙した様で申し訳ないけど、僕と付き合ってくれませんか?」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
交際の申し出に私は嬉しく思いながら頷く。
そして彼との付き合いを経て……。
ーー
「なんで私を選んだのですか?」
「それは秘密だよ」
「えっと……
大勢の方々が集まる結婚式場。
そこには王族関係はもちろん、ルーシェリ家の面々も集まっている。
そこで私は白いスーツを着たマーレは様に質問するが、はぐらかされてしまう。
いい加減答えてくれてもいいのに。
お付き合いしてから約一年。
私は幸せの絶頂にいる中、マーレス様と共に結婚式場の中に入っていくのだった。