傷跡より見せたくない
「あれ、どうしたのソレ」
サヤは幼馴染のミチルに聞いた。ミチルの利き手には包帯が巻かれている。
「カップ麺作ってたら、ちょっと火傷しちゃって」
情けなさそうに、困ったように笑うミチルに、サヤは「気をつけなさいよね」と頬を膨らませた。ミチルがドジなのは今に始まったことではない。そしてそれを注意するのは、幼馴染のサヤの役目であった。
昔からこの関係は変わらない。どこか抜けているミチルと、その世話を焼くサヤ。血は繋がっていないだけで、二人は姉弟のように仲が良かった。姉弟といっても、二人は同い年だ。
ただサヤがお姉さんっぽいので、必然的に世話を焼かれるミチルが弟のポジションになるというだけである。
サヤと仲のいい友人なんかは、ふざけて「サヤお姉ちゃん」と呼んだり、ミチルの事を「弟くん」と呼んだりしている。それに対してサヤはなんとも思っていなかった。なんならノリで「お姉ちゃんになんでもいいなさい」なんて返した事もある。
しかしミチルは微笑みを浮かべながらもどこか不満そうにしている。自身がドジであるのは認めているようであるが、年下として扱われるのはあまり好きではないらしい。
だが、カップ麺を作るくらいで火傷する同級生の男を、憧れの先輩と同列のかっこいい年上として扱うことなんて無理な話であった。
「拗ねないの、ミチル」
今日も「弟くん」と呼ばれたミチルは、どこか不服そうだ。平和主義のミチルは、表立って反論したり、あからさまに嫌な顔をしたりすることはないが、二人きりの時に限って唇を尖らせる。
その仕草もまた子供っぽいから、サヤはいよいよ大きな弟だと思うようになっていた。
「お姉ちゃんがいい子いい子してあげましょうか」
冗談半分に言ったサヤを、ミチルは真面目な顔で見返す。その表情があまりにも大人びて見えたから、サヤは伸ばした手を止めてしまった。
しばらく見つめあうと、ミチルは黙ったまま顔を正面に向けた。
妙な空気が二人の間に流れる。こんなこと今までなかったのに、とサヤが戸惑っていると、先を行こうとするミチルの足がぴたりと止まった。そして踵を返し、サヤを見つめる。
「俺じゃ、サヤの彼氏になれないの?」
一瞬何を言われているのかわからなかった。また冗談を、とサヤは笑いそうになったが、ミチルの切実な顔を見るとそれが冗談ではないことが理解できた。
サヤは自分の黒髪を一房つかむと、くるくると指で弄ぶ。予想外の展開だ。
「憧れの先輩じゃなきゃ、ダメ?」
泣きそうな表情で聞いてくるミチルに、サヤはため息を吐いた。
前から自分はミチルに甘い。それは自他共に認めることである。
「付き合ってあげましょうか」
サヤは観念したように言って、そしてどこか嬉しそうに微笑んだ。
息子の成長を喜ぶ母親のような、背伸びする弟を見守るような雰囲気だったが、それでもその愛情の中に「異性」としての愛は存在したと、後にサヤは友人に話したという。
サヤとミチルが付き合い始めて三日が経過したころ、サヤは包帯の取れたミチルの腕を見て苦笑した。
「こんなおまじないに頼らなくてもよかったのに」
ミチルの腕には、赤い油性マジックでハートの相合傘と二人の名前が書かれていた。