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友達は宇宙人  作者: ぱるこμ
友達との遭遇
9/37

GW神隠し事件・四

読んでくださりありがとうございます

――魚子の回想――


私はおじいちゃん子でした。おじいちゃんは世界中を飛び回って、宇宙人相手にも商売をしていました。

自慢のおじいちゃんでした。


そう、我が家は曾祖父の頃から宇宙人と交流がある家系なのです。父も宇宙人と貿易をするべく会社に勤務しています。おばあちゃんも、母も、内助の功で家庭を支えていました。だから、我が家はおばあちゃんと母が親分です。


私には弟がいます。弟ももちろん、宇宙人の存在を知っていますが、私のように判別する器具を持っていないので見分けは付きません。


祖母が弓道を教えていたため、私も自然と弓道を習うようになっていました。映画の影響もあって、いつの日か悪い宇宙人が現れてもやっつけられるように、宇宙製の弓矢を取り寄せ練習を重ねてきました。


――「お前は悪い宇宙人なんかと遭遇する日は来ないよ。そのためにMIBやおじいちゃん達がいるんだから」


おじいちゃんはいつも言っていました。

私はおじいちゃんが大好きです。大好きでした。いまも、これからも。

祖父が、アメリカに出張する日がありました。

その日は弟の誕生日の数日前だったと思います。


「二人にプレゼントを贈ったからな。楽しみに待っていてくれ」


弟の誕生日に合わせて届くように、送ってくれたプレゼント。私にも送ってくれたプレゼント。


でも


祖父が帰って来ることはありませんでした。


アメリカで、死亡したのです。異国の地で、訳も解らないまま。


夜中、届いたプレゼントに私と弟ははしゃいで遅くまで起きていました。クマのぬいぐるみでした。目は青くて、クリーム色のふわふわの生地。私は水色のリボン。弟は赤いリボン。そして誕生石の色をした大きい雫型のビーズがチャームとしてつけられていました。


名前どうしようか?


おじいちゃん帰ってきたら、お礼言おうね!


早く帰ってこないかなぁ


だけど、居間が騒がしくなっていることに気付きました。祖父が勤める会社の社員さんが突然訪問して、父と祖母は電話を何回もかけ、母は涙ぐみながら祈っていました。


二人で階段の柵の隙間から覗いてました。子供が尋ねられるような雰囲気ではないことが、当時の年齢でも解りました。


その時は何があったのか判らなかったけど…


後日、祖父が死亡の確認が取れたと連絡がありました。

その時、祖父の形見のこの眼鏡を見つけたんです。たぶん、スペアです。

眼鏡をかけて、初めて祖父が見ていた光景を知れた時、私は泣いてしまいました。


祖父が遺したスケッチブックにはたくさんの宇宙人の生体が記されていました。そこには、祖父が実現させたい夢も書いてありました。私はその夢にとても共感し、遺志を引き継ぐことにしました。


だから私は宇宙人と戦っても負けないように、少しでも強くならないといけないんです。

最初は祖母に反対されましたが…


私の決意は固いです


――回想終わり――




「ひぃいい」


汐瑠は建物の端っこに身を寄せ、頭を覆い降る火の粉から身を守っていた。

赤よりも燃え盛る躑躅色の焔。

そして焔のはずなのに、灼熱のはずなのに、凍てつくような冷たさを感じさせる蒼い焔。露草色と言えばいいのだろうか。


兎に角、柚木と鞠が放出する焔は正反対だった。


宇宙人が人間と戦う作品ではハイテクなレーザー銃をぶっ放すのに、二人は違う。鳥足の鋭利な爪で互いを裂き、焔で焼殺しようと体全体から噴出させる。


澄んでいた青空は次第におどろおどろしいほどに熱波と不吉な紫へ染まっていく。

大粒の汗がダラダラと垂れ流れていく。炎天下のように熱く、ジャケットを脱いだ。脱いでも暑さからは逃れられず、トップスを脱ぎキャミソール姿になる。髪の毛が項に張り付き気持ち悪い。


ヒュー、と茶化すような口笛が鳴る。


「大胆だね、汐瑠」

「翠蘭さん、こんなこと止めて、帰ろう…?」

「ごめんね、汐瑠。こっちも仕事なんだよ。大事な仕事なの。私等がミスすれば、お終いなの。解るよね、解るだろ?」


どこか威圧する言葉尻だった。いつもなら身を引いただろう。だけど今は違う。引くわけにはいかない。


「…私の友達がその宇宙人に誘拐されて、家族や…皆が助けようとしてるんです。他だって、無事に家族が帰って来る人達が待ってるの…連れて行かないで」


脳裏に一瞬砂嵐が走る。その中に、映像として映るのは父と浮気相手。

別に二人が今何をしていようと知ったこっちゃなかった。だが、学費預金を奪われ、自分の希望した未来を奪われた。


それだけは腸が煮えくり返った。憎い、憎くて奥底から反吐が出る。


「…うばわないで」

「ん?」

「奪わないで、奪わないでよ!」

「汐瑠のそういう顔、大好きだよ」


憎悪に満ち、般若のような表情の彼女を見て、翠蘭は高揚した。

ピッと右頬に痛みが走る。銃弾、違う。矢が掠ったのだ。


下を見れば、髪を一つに結い、宇宙で生産された弓矢を構えた魚子が放つ体勢になっていた。


「説得がダメなら貴女を打ち取って、白状させます」

「お嬢さんはおばあさんに似たんだね。果敢なのはいいけど、()、出鼻挫かれるの嫌いなんだよね」


翠蘭は少し困りながらも、イラつきを滲ませた声色で微笑を見せた。


「ま、待って魚子さ…翠蘭さんは、キャア!」


汐瑠が何か忠告をしようとすると、蜘蛛が襲い掛かる。魚子は矢を放ち素早く一匹一匹を殺していく。矢に串刺しにされた蜘蛛はまだ息があり、足を動かし、キィィと鳴いている。


「う、うおこさん…」

「大丈夫」


弓を射るとき、眼鏡は邪魔になるので外す。それがなければ翠蘭はごく普通の人間に見える。射ることへ躊躇いが生まれるが腹を括るしかない。


魚子自身、武器を持ち相手を攻撃する日を覚悟はしていたが実現してしまうとは想像もしていなかった。

これが、宇宙人と関わりを持つ代償なのか、それとも…

決意を固め矢を翠蘭に向け放つと、蛾や蝶が密集し球となり防御する。何匹か刺さったのか亡骸が落ちてきた。


(虫を利用する宇宙人なの…?)


翠蘭が攻撃を仕掛けてくる気配はない。また一矢、また一矢と射るが虫が邪魔をして届かない。

そのモダモダしている光景を、翠蘭はどこか楽しそうにして眺めていた。


「弓道は得意なんだね。でも的に当たらないと気持ち悪いでしょ?爽快感が無いっていうか」

「…だったら、当たってください」


魚子は少し太めの矢を取り出すと、空へ向かって放った。


「なるほどねぇ」


矢は上空に達すると先から無数の光線が雨のように地上に降り注いだ。ピンク色の光線は宇宙虫を貫く。虫からピギェ、と声が聞こえると緑や紫、橙色の体液を吐き、または噴射し体が破裂し死んでいく。

多くいた虫が激減し、盾となる下僕がいなくなった翠蘭に即座に弓を射る。しかし、その矢は簡単に素手で止められた。


「なっ?!」

「頑張った魚住のお嬢さんに教えてあげよう。私は虫を操る系統の宇宙人じゃあない。あれは趣味で飼っていたペットだよ。本来は大した攻撃方法も能力もない。限りなく地球人に近い種族だよ」


建物から飛び降り、魚子の前に立つ。

限りなく地球人に近い…と言うくせに、その体の造りは遥に上回っている。


抵抗しようと、弓で殴ろうとするが避けられ、逆に襟足を掴まれそのまま投げ飛ばされ、施設の壁に激突した。

一瞬、視野が白くなった。気絶したのかもしれない。道に落ち、ハッと意識を取り戻すと酷くむせ返る。肺がやられて上手く呼吸が出来ない。


(勝てない…勝てなかった。どうしよう、このままじゃ汐瑠さんと柚木くんが)


背中に鈍痛が走り、圧迫される。踏まれているのだ。


「いっ…!ゲホッ」

「今回の件を白状させるってイキっていたけどさぁ。逆に訊くけど、どうしてお嬢さん達はここに来たの?遊びにきて偶然巻き込まれたってわけじゃないよね。爆発起こして客を避難させてたし、弓まで持ってきているし。ねぇ、誰から訊いたの?どこから知ったの?」


表情は見えないが、声はとても冷たくて、怒りが滲んでいた。計画の邪魔になってイラついているのだろう。


「…言いませんよ。だって、もし私が白状しても、貴女は目的も、誘拐された人達の居場所を教えてくれない。でしょ?」

「そうだね。教えないね。じゃあ、柚木が鞠に勝ったら最後の引き渡し場所くらいは教えてあげるよ。間に合うかは知らないけどね」


最後、という言葉に内臓が急激に冷えていく感覚に襲われる。

もう大半の人間が引き渡され、宇宙のどこかへ連れていかれたことになる。


「そんな…」

「ま、希望は捨てない方がいいよ」


絶望する魚子をよそに、翠蘭は楽し気に空中戦を繰り広げている鞠と柚木を見上げた。




―南野柚木の回想―


――僕は、産まれてすぐ鞠ちゃんと一緒に遊郭に売られた。へその緒も乾かぬうちに。


どうして鞠ちゃんと二人だけが売られたのかは知らない。伯母―鞠の母―に連れられて、遊郭街壱の店に売られた。


男だった僕は渋られたが、伯母は土下座をし、なんとか引き取ってもらったそうだ。


鞠ちゃんはその容姿から将来を有望視され花魁の禿として身の回りの世話をした。だが、鞠ちゃんはクソガキで素行も悪く、楼主も花魁も困り果てていたらしい。


そして僕は六才を迎えた。

僕を養子に迎えたいという男が現れた。だけど、楼主は幼い僕を売るのに渋った。


「お前、変態に目ェ付けられたらしいじゃん」


鞠ちゃんが花魁からもらったお菓子を頬張りながら言う。


「噂じゃあいつ等の類は幼ければ男も女も気にしないって話じゃん。柚木、もし逃げたいなら十年だ。そのころには大人の容姿になってるだろうから、相手も諦めるだろうさ」


当時はよく分からない内容だった。

だけど、今なら理解できる。


それから暫くして、鞠ちゃんは遊郭から脱走した。水揚げされる前にこの惑星自体から逃げ出した。


「あの子ならいつかやると思ってたよ」


姉様は呆れ果てていた。

姉様は翠蘭の実姉だ。翠蘭と違って、しっかりもので肝も据わっていて、面倒見のいい女性だ。遊女達からも慕われていた。


皆が呆れ果てる中、僕だけは違う感情が渦巻いていた。


どうして連れて行ってくれなかったの。


どうして、従姉弟とは言え同じ血が通っているのに、置いていったの。


どうして、どうして…


僕がいずれ売られるかもしれないことを解っていながら自分だけ逃げた。

幼い僕は、鞠ちゃんが嫌いになった。


ただ、言われた通り僕は理由を見つけては、思いついては養子の話を断り続けた。気が付いたら、その男の息子の許嫁として話が決まっていた。勝手にだ。


髪の毛を伸ばしているのも向こうの要望。仕草も女郎を見習うよう命令された。お淑やかに、艶やかに、嫋やかに。気品ある工芸品に加工されていく。


翠蘭が僕を商品として傷つけないようにしているのも客のため。



僕は。僕っていったいなんなんだろう。


僕は、お人形なんかじゃない。自分の意思が、心がある。


トロフィーなんかじゃない。



―回想終わり―




焔煌鳥人族は腕が翼となるため、髪が手の代わりとなる。触手のように自在に動き、伸び、標的を捕まえる。


また、髪も猛火のため火の粉を振りまくことができる。この種族は本来の姿になれば、常に燃え盛り、焔が絶えることはない。


地上から見る彼等は火を纏った鳥のようだった。激しくぶつかり合い、焔を噴射し、躑躅色と蒼い焔が衝突する。


「従弟のよしみで誘拐された人達がどこにいるか教えてくれない?」

「誰が教えるか」


鞠の蹴りが柚木の右肩に入る。足は趾の三本趾足型。爪も鋭利なため減り込み出血する。


「ッイッタ!友達が困ってんだ!()()が誘拐されて必死に必死に捜してる!」

「…だからなんだってんのよ」


一瞬、鞠の表情が不機嫌になる。

多分、遊郭から逃げ出した際に後ろめたさが残っている、はず…。


(それなら)


「その子、鞠ちゃんとは大違いだよ!見捨てないし、逃げたりしない!」

「私が逃げた事ずっと恨んでんだ?だって足手纏いじゃん、アンタがいたら。私一人で逃げた方が逃げ切れる確率高かったし。そもそも、私は知らない男に身体売るなんてごめんだね!お前だって本当なら陰間茶屋に行くはずだったのに、あのペド野郎…!」


ペド野郎…きっと柚木を買いたいと言い、結果自分の息子の許婚にした男。


「もしかして、自分だけが不幸になるのが嫌だったの?だから僕の事置いて逃げたの?!」

「五月蠅い。不幸なのはお前だけだよ」


顔に影が落ちる。


「…どういうこと?」


鞠は蹴り飛ばし、柚木と距離を取る。そして体中から大粒の火の粉を噴火させる。巻き込まれたらタダじゃ済まない。柚木は逃げ回る。それを鞠が許すわけなく追い掛け回す。


その光景を見ていた汐瑠は、脳裏に過ったのは逃げる燕と追う烏だった。逃げても、逃げても。烏は追いかけてくる。巣にいる雛鳥を食う。返せと迫っても、烏は親燕の目の前で雛鳥を食う。


そんな残酷な光景をどうして今思い出したのか判らない。ただ、すごく嫌な記憶。


「柚木くん!」

「汐瑠さん、隠れてて!」


火の粉は落下し、商業施設が燃え移り広がっていく。


「だ、誰か…」


魚子は翠蘭に捕まり動けない。動けるのは自分だけ。でも、何もできない。


(あの時と同じだ…)


ただ雛鳥を食われていく光景を見て、母に可哀そう、助けてあげてとせがんだあの日と同じ。自然界に首は突っ込むなと母は突き放した。


親燕の悲痛な鳴き声が頭から離れない。


「逃げよう、柚木くん…魚子さん…」


呟いても、その声は誰にも届かない。



鞠の髪が蒼く燃え上がり四本の手腕となり自在に動き周り、回避する柚木をついに捉え、灼熱の焔が全身を焦がしていく。激痛に耐えきれず、柚木が絶叫する。


その声に汐瑠は耳を塞いだ。聞いていられない。苦しくて、苦しくて、苦しくて。

力尽きた柚木は落下し、コンクリートに叩きつけられた。


「柚木くん!酷い火傷…水、冷やすもの!」


汐瑠が駆けつけると、身体の半分以上が火傷で爛れ、ぐちゃぐちゃになっていた。何か冷やせる物を探しに行こうとする汐瑠のスカートの裾を、掴んだのは柚木だった。


「ここにいて…」

「でも、死んじゃうよ!」


目も虚ろで、呼吸も弱い。

そこに優雅に舞い降りた鞠は、柚木に一方的に話しかける。


「無関心人形がどうして友達なんか作ったの。翠蘭と関わりがある子だから?自分より可哀そうな子を見つけたから?今まで()()()()にしか興味なかったのに。どういう風の吹き回し?」

質問に答えようと柚木は口を動かすが、喉をやられており上手く喋れない。返事の無いのを見ると、次に汐瑠に問う。


「汐瑠ちゃんだっけ?柚木は自分の意思で何かしようとは思わない子供だよ。友達になったのも、何か打算があるかもしれないし、裏があるかもしれない。利用されて、裏切られるかもしれない。いつか傷つく前に、柚木のことは見限ったら?一緒にいる限り、またこんな場面に巻き込まれるよ」


「…それでもいいです」


声を振り絞った。

目から涙が零れそうで、瞬きが出来ない。


「それでもいい…。打算でも、利用されていたとしても、将来裏切られても。私の事を助けてくれて、手を差し伸べてくれて、全然知らない私の友達を助けようと頑張って、大怪我負っても…頑張ってくれる柚木くんと、お別れが来る日まで一緒にいたいです。だって、友達だよねって、言ってくれたんだもん。だから、私も友達でいたい…どんな形でも、何にも出来ないけど…!」


柚木がどういう意図で近づいてきたのか解らない。正直、どうでもいい。出会ってまだ一ヶ月程だが、彼と出会ってから楽しかった。刹那が行方不明と知り、頼った時も快く引き受けてくれた柚木に感謝しかなかった。お陰で、魚子や千鶴と出会えた。人との繋がりの輪が広がった。


彼と出会って、人生が変わり始めたのも事実。

誰かと接するのが、こんなに優しいものだと再び知れた。


「私、地球人で、魚子さんみたいに武器なんて持っていないけど。戦えないけど、傍にいたい…邪魔や足手纏いは、それを利用して犠牲になったっていい」


ぽろぽろ涙の粒が落ちていく。

鞠は溜息を吐くと、呆れながらも姿を人間へと変える。もう彼女に戦う意思が無いということだ。


「私はこの子の根性に降参。いいでしょ、翠蘭」


それを聞いた翠蘭は些か不満ながらも承諾する。


「しょうがないなぁ。まぁ、小鳥遊の娘だからねぇ。余計な事して目付けられるのも嫌だし。懸命な判断だね」

「は?小鳥遊って、あの地球人のくせに馬鹿みたいに脳筋戦闘女のこと?」


鞠が驚きのあまり顔を歪ませる。


「そうだよ。知らなかった?」

「クソ野郎が…敵に回したくない女の娘ならさっさと教えなさいよ。汐瑠ちゃん、涙を柚木に一滴でも垂らしてあげな。治りはしないけど、悪化もしないから。それが私達種族の体質の一つ。あとは病院へお行き」


それだけ言い捨てると、鞠は先に撤退した。翠蘭も仕方ない、潮時だと溜息を吐く。「ちょっと失礼」と言うと、魚子がスカートのポケットに仕舞っていた眼鏡を取り上げる。


「あんまり宇宙人と積極的に関わるのはいただけないな。悪いけど、この眼鏡は壊すよ。長生きしたかったら、もう知らないままでいることだ」


知らぬが仏…実際、その方が幸せな時もある。だけど


「こ、こわさないで…それは祖父の形見なんです。それ以外なら、壊していいから…祖父の、おじいちゃんの遺品なんです」


あの日、祖父が帰ってきた日。遺体を子供達が見ることは許されなかった。遺品も原型を留めていなかった。かけていた眼鏡は無かった。


――唯一、祖父が見ていた世界に、一緒に立てる繋がりの道具――


泣きそうになるのを堪え、訴えた。

形見、というワードに何か触れるものがあったのか、翠蘭は渋々眼鏡を魚子の顔横に置く。


「じゃあお言葉に甘えて。綺麗な髪の毛だけで勘弁してあげよう。女に生まれてきたことを幸と思うんだね。お前が男だったら殺しているところだ」


髪束を鷲掴みにすると、雑にナイフでザクザクと切っていく。長く、ブロンドで輝いていた髪は肩下までにザンバラになる。


「まぁ約束は違うけど、鞠が汐瑠に降参したから教えてあげる。最後の地球人引き渡し場所は荒川だよ。川渕市と赤羽との境で~とか言っていたけど、詳しい場所までは知らないや」


満足気に、戦利品の髪束を風呂敷に包む。


「汐瑠、暫く家には戻らないから。いい子にお留守番、頼んだよ」


翠蘭も鞠を追うように去っていく。

汐瑠は、ただ茫然とすることしかできなかった。翠蘭が残酷な性格をしていることはある程度把握はしていた。だが、実際垣間見るとトラウマになるレベルだった。


慕っている人が、友達に平気で暴力を振るう…

我に返り、動揺と混乱するなか、柚木のおでこにそっとふれる。


「っは、は…柚木くん、今、涙、あげるから」


ぼたぼたと零れ落ちる涙を指で掬い柚木の唇にそっと塗る。柚木の舌が僅かに動き、涙を舐めると弱弱しかった呼吸が次第に安定していくのが分かった。


ホッとしたのも束の間、次は魚子だ。

大怪我はしてはないが、メンタルを酷くやられているのは明確だった。


「魚子さん…!」


今にも発作が起きそうな呼吸で近づいてくる魚子に、汐瑠は駆け寄り支える。


「大丈夫だよ、もう、大丈夫だから…」

「しお、汐瑠さん…私、今、すごく、すごく…」


祖父の形見の眼鏡を抱きしめ、何かが切れたように、魚子は声を上げ泣き出した。

女というだけで今回は助かった。生き残った。男だったら。ここに来たのが志摩や純達だったら。殺されていた。


死ぬのは嫌だと常々思っていた。それがはっきりと、死への恐怖がすぐ隣に居座っている。死が自分を見つめている。

それが怖くて怖くて、助かったことに感情のストッパーが利かなかった。


「黒岩くんが教えてくれた救急番号に連絡するから、病院に行こう。私達、生きてるから」


汐瑠は魚子を抱きしめ、頭を撫でた。魚子はそれ以上の力で汐瑠を強く抱き返した。


「申し訳ないんだけどさ、ピンチなのは千鶴くん達のほうで確定でしょ」


柚木の振り絞るような声で、二人は我に返る。

新都心での大量誘拐は阻止できた。しかし、もう一つ荒川が残っている。こちらが囮だったのだ。

魚子は涙を手で擦り拭き、急いで柚木へ駆け寄る。


「だ、大丈夫です、最後の引き渡し場所も解りました。すぐにでも黒岩くんに連絡します」

「お願い…あと、絶対に恵美さんにも連絡して。絶対に。怒られるより、誘拐された人達のほうが、大切だよね…?」

「もちろんです。今すぐ連絡します」


魚子が携帯で恵美に連絡しようと電話帳を開いていると、限界を迎えた柚木がうわごとを呟く。


「あと…たい、とさんがいなかった…ひ、い…も」ここで気を失った。

「柚木くん…?たいとって?…まさか、あの便底眼鏡野郎のことじゃないですよね?!」


揺すってでも柚木の眼を覚まさせたかったが、大火傷を負った彼を無理くり起こすのは流石に躊躇した。


大井泰斗。生ける川渕中央高校の生ける都市伝説。


ここで、暦が言っていたGWは外出するな、泰斗には関わるなと言った意味が徐々に、緩やかに細い糸が紡いでいく。


「…信じたくないけど、暦先輩は…」

「魚子さん?」


汐瑠の掛け声に我に返る。


「す、すみません…もしかしたらそれ相応の覚悟が必要だと思って」

「覚悟?」

「私の話です。それよりも、柚木くんの譫言の‘ひい’?なんのことか解りますか?汐瑠さん」


ひい、ひい…と汐瑠が呟きながら思考を巡らせると、ピンとくる人物がいたようだ。


「ひ…あ、緋色さんっていう宇宙人がいて、翠蘭さんの、その、言い方が嫌だけど…奴隷でいるの。その人が、今日は一緒にいなかった」


先の戦闘にパニックになり思考がストップしていたが、アドレナリンと冷静が押し寄せた今、状況が把握できてくる。


「緋色さん、普段は無害だけど…翠蘭さんの指示は絶対、なの…」

「それは…かなりまずいのでは」


魚子の勘は当たっていた。

泰斗がこの場にいなかった時点で重要拠点は荒川だ。そして翠蘭がいつも連れ歩いている奴隷が居なかった。泰斗の護衛、或いは戦力として回したのかは解らない。だが、あの奴隷は厄介だ。


「まずは恵美さんと黒岩くんに連絡しましょう。汐瑠さんは救急車を。あと、お二人には訊きたいことが山ほどあります」


ごもっともだ。なんせ、汐瑠と柚木は翠蘭と繋がっており、柚木に関しては泰斗の名を口にしている。


「あー…っと。話すと長くなるから、訊きたいことを質問して?」


汐瑠も汐瑠で複雑な関係性らしい。

救急車が来るまで、携帯で恵美と連絡を取り、スピーカーにして汐瑠から翠蘭について事情を聴いた。

暫くすると、消防車のサイレンが聞こえてきた。誰かが通報したのだろう。




時間は遡り、千鶴達が荒川に到着した頃…


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