聖ウェルダー教・2
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―シェルウェルの回想―
我が家は、周りからすると変な家族だった。
父は寡黙で、あまり多くを語らないヒトだった。だけど母のこと、俺等子供達のことを愛していることは行動で十二分なほど伝わっていた。
母は井戸端会議などが苦手で、いつもヒトに出くわさないよう、コソコソしている印象だった。それでも、無理をしてでも俺達子供が肩身の狭い思いをしないようにご近所付き合いを頑張ってこなしていた。
問題はここからだ。
姉、シェルピスは孤独が好きだったのか、いつも一人でいることが多かった。皆の輪から外れて大人しく本を読み、その世界にどっぷりと浸かっている方が楽しいように見えた。だからご近所さんから余計な心配をされることも多々あった。
シェルリィ――茉莉――は男の子にも負けないくらい喧嘩が強かった。いや、力が強かった。女の子なのに野蛮だと、ヒソヒソと噂されることもあった。
シェルウェルだけが普通の感覚を持っていると言われ続けた。余計なお世話だと何度も思った。そのうち、シェルウェルには白い姿のイマジナリーフレンドが出来た。博識で、知らないことを教えてくれる友達にシェルウェルは夢中になっていった。その様子を見たご近所さん達は、皆口を揃えて言う。
――「あの家は風変わりだ」
実質、村八分にされた。皆上っ面だけは良かったが、影では可笑しいだの、変だの、気色悪いだの言いたい放題。だから、ますます周りには見えない友達が語る言葉を熱心に聞いた。
「君は嫌々生きているように見えるね」
友達からそう言われたシェルウェルは首を傾げた。死にたい、と思ったことが無かったからだ。
「そんなわけないだろ。オーフィシェルの民は自殺を考えない程呑気なんだから」
嫌味な話だと思う。自殺したい奴がいないだなんて。本当は隠れて死んでいく人々を、シェルウェルは知っていた。その真実を老人や親世代が知らないフリをしているだけなのだと。
「自殺とは言っていないよ。生きるのが嫌そうに見えるって話だよ」
「…どう違う?」
「ベクトルは同じかな。率直に死にたいと思うか、遠回しに、無意識化に死にたいけどその気は無いって感じだよ」
「無意識に俺が死にたいって?あはは、面白いこと言うんだな」
「…見当違いだったかな」
友達は少し残念そうに首を傾けた。そんな友を見て、シェルウェルはどこか苦しくなった。何故そんな気持ちになったのかは解らない。ただ、罪悪感を覚えた。
友達がイマジナリーフレンドではないと知ったのは、シェルピスが友達と話している場面を見てからだった。
「君は何者なんだ?姉さんと会話をしていた。見えるのは俺だけじゃあないんだな」
「そうだよ。望めば、誰にでも見える」
友達はふふ、と微笑する。そして続ける。
「シェルウェル。君はいずれ私の事が見えなくなるよ」
「それは俺が大人になるってこと?」
「そうかもしれない。でも、君の事は見守っているよ、ずっとね」
それから数日が経ち、事件が起きた。シェルピスが自殺未遂を起こしたのだ。呼吸が長く続く種族だったから、首がロープで圧迫され息が出来なくても死なずに済んだと医者に言われた。シェルピスは医者の言うことなんて興味無さそうに虚ろな眼差しで窓の外を見ていた。「天使がいる」とまで譫言のように呟いた。
以来、シェルウェルの家族は壊れ始めた。シェルピスは無理に周りに馴染もうとし、結果カルト宗教にはまり実家を出ていった。母はストレスが悪化し、メンタルケアが追いつかず家に籠りがちになった。家事も出来ずにいるので、仕事で忙しい父の代わりにシェルウェルは大人にならざるを得なかった。まだ幼いシェルリィの面倒を見ながら、家事をした。学校にも通った。シェルリィの「留学したい」という夢を叶えるために比較的給料が良い軍隊に入隊した。友達の言う通り、気が付いたらシェルウェルは友達が見えなくなった。
―回想終了―
想像以上に、北沢茉莉の家族が複雑な状況下にあることに、恵美は言葉が出てこなかった。どう言えばいいかも解らなかった。下手に同情するなんてことをしたくなかった。ただ、胸が苦しくなる。胸に手を当て、そっと握りしめる。
「そ、それで…確かめるって、もしかしてイマジナリーフレンドのことですか…?」
「はい。地球に来て調べていくうちに解りました。姉貴が変な占い師をやっていることも、天使と言われる存在のことも。正しければ、天使と称されている奴等は宇宙人だ。姉貴は確実に天使と繋がっている。それに…」
柊が拳を強く握る。
「それって、天使がウェルダー教に関与しているってこと?」茉莉が尋ねる。
「仮説だが。天使を目撃したからお前の友達も誘拐されたと思っている。ただ、自殺幇助をして奴等に何の得があるのかが解らない。だから、それを知るために来た。真実を確かめるために」
未知の宇宙人。まだ観測されていない存在がいることに、恵美は恐怖を覚えた。限られた人物にしか見えない存在。もし今、この部屋に天使がいるとしたら。背筋がゾッと氷る。話が筒抜けだ。
「ま、茉莉ちゃんは天使を見たことはあるの?」
「無いよ。霜月先輩がシェルピス樒に天使の加護がついているっていうのは聞いた」
「霜月君に?」恵美が眉を顰める。
その話に柊が入ってくる。
「その先輩、何か死にたいって思うような出来事はなかったか?」
その質問に、茉莉は押し黙った。そしてコクリと頷く。
「……多分、奈月先輩につられちゃったんだと思う。死にたいって強く願ったんだよ。それで、死ねなくてごめんなさいって。解らないけど。自殺願望が出来たから、見えるようになったか、天使が傍にいるようになったんだ。それをお姉ちゃんは感知する能力を持ってる。てことだよね」
死と死が結びついているせいなのか、シェルピスがそのような能力を得た理由は解らない。
「行こう、お姉ちゃんの所へ」
シェルピスの下へ行こうと企てているのは茉莉達だけではなかった。
泰斗と翠蘭はファミレスに居た。向かい席には麗亜と賢太郎が深刻そうな表情を浮かべていた。賑やかな周りに比べると、辛気臭い空気が漂っている。泰斗はふぅ、と息を吐く。
「話は分かった。お前の見たことも無い兄が聖ウェルダー教で悪事を働いているのを止めたいことは」
「君の仲間が誘拐された件も、協力する。私は顔すら知らない兄の悪行を止めないといけない。それが…母が犯した罪の尻ぬぐいだ」
泰斗達もシェルピスの隠れ家を探し、血眼になって探していた。霜月を連れ去られたのだ。それに加え、千鶴も誘拐されたと情報を得た。これに関しては刹那に詰め寄られるのが嫌だからだ。
「集めた情報で一回整理しようか」
翠蘭がボールペンで関係図を描く。
誘拐されたのは把握している時点で霜月、千鶴、白百合の三名。恐らく拠点である宇宙船にいる。シェルピスの妹は北沢茉莉。確認できる信者は三名。
「そう言えば瑛二が元信者だよね。瑛二に訊いてみようよ」
「アイツがすんなり教えてくれるか?」
「利用できる者は利用するんだよ」
翠蘭がスマホで瑛二に連絡を取ると、メッセージが入る。
『汐瑠、まだ帰らない』緋色からの報告だった。
はぁ、と溜息を吐く。
「どうした?」
「私も警戒が薄いね。嫌になる。これから瑛二と北沢茉莉に連絡を取る。そして何が何でもウェルダー教の基地を見つけ出す」
三人はこくりと頷いた。
「白百合先生の過去を知りたいと思わない?」
シェルピスが水に足を浸しながら訊く。
「先生の…?」
「そう。きっと、君は軽蔑すると思う」
「そんなの、解らないだろう」
軽蔑と聞いて、不安が募る。蒼志軍みたいなことをしているなら、範疇内だ。人殺しだって、何か理由がある。悪人を殺しただけかもしれない。だって、白百合が、あの白百合が道徳に反することをするわけないと思い込む。
「待って!」
すると奥から白百合がよろよろになりながら走ってくる。どうやら同じ部屋にいたらしい。よく見ると、霜月と汐瑠もいる。
「おい…お前、何人誘拐したんだよ!」
「いまこの部屋にいるヒト達だけだよ。そんな怒らなくても大丈夫。怪我をさせたわけじゃあないから。それより、白百合先生の言い分を聞こう」
白百合は千鶴の隣まで来る。
「黒岩、シェルピスの言葉に騙されるな。信じるな!」
「うん。俺、先生のこと信じてる」
「素敵な先生と生徒だね。白百合、話す気が無いなら私が話すよ」
「お願い、まって…まってほしい…」
白百合の懇願を無視してシェルピスは話し出す。
「黒岩千鶴くん。白百合先生はね、名前も肉体も無い時があったんだよ」
「え…」
「どうやって彼等が誕生するのか教えてあげるよ」
―以下回想―
白百合雪子は、名前も肉体もない時があった。精神の塊と言えばいいのか。存在に気付く者は一部を除いていなかった。そして、存在に気付くことの出来る存在は、自殺願望者のみに何故か感知されていた。
ここの惑星では精霊として呼ばれていた。
そして雪子は、とある少女に認識され、ずっとそばにいた。
「精霊さんは、どうしたら外で自由に走り回れると思う?」
少女は車椅子に乗っていた。身体が弱く、自力で歩くことが困難だった。
ここは大雪の惑星。彼女の民族は皆平気で外に出るが、彼女は肺も弱く、外に出れば雪の粒子でやられてしまう。だから、ずっと温室で暖かい部屋の中で過ごしていた。だが、その環境が彼女の夢を強くする。
「私、死んでもいいから外で走りたいの。おもいっきり、自由に」
自殺願望者だった。
雪子は。彼女の手にそっと手を重ねる。
「走ってみようよ」
「うん…そうしたら、精霊さんとの約束が守れるものね」
少女は立ち上がると、一歩一歩を踏みしめるように玄関を出る。そしてダイヤモンドクレパスが光る中、雪に足を付けた。
「あぁ、雪ってこんな感触なんだね」
少女は咳をする。そして、一歩、また一歩と歩き、徐々に速度を上げていく。
「走ってる!私生きてるの!最期に、実感できてよかった…!」
十メートルもしないうちに、少女は吐血し倒れ込んだ。そして、静かに死亡した。
「スーザリカディ。約束通り身体を貰うね」
雪子は彼女の中に入るように、精神体と肉体が一体化する。
そして死んだはずの少女が立ち上がる。
「…これが、身体。肉体のある体!」
そして雪子はその足で聖ウェルダー教へ向かった。仲間がいるから。そこに行けば同じように自殺者の身体に入り込んだ仲間がいるから。
―以上回想―
「ゆっこが…嘘だ」千鶴は声を震わせた。
「本当だよ」シェルピスが追い打ちをかける。
真実を知られた雪子はぺしゃんと崩れ落ち、肩の力が抜け茫然とする。それを見たシェルピスは微笑み、気にせず話し出す。
「でも、スーザリカディは自殺者を集めることに嫌気がさしたのね。脱走して、地球に来て名前も白百合雪子として、学校で先生をやっているとは思わなかったわ」
「い、生きる希望を見出したんだったら…それでいいだろ」
呼吸が浅くなる。今まで見ていた雪子は。一体何者なのか解らなくなる。自殺者の身体を乗っ取る?それで受肉してヒトに紛れて生活をする?
ここに、目の前にいる雪子は誰なんだ。
目の前にいるシェルピスは、どうなんだ。
「お前も…ゆっこと同じ、なの…?」
「どっちだと思う?」
怖くて、これ以上聞けなかった。踏み込んだら、踏み込むとしたらそれは。茉莉が望むかどうかだと思った。自分が聞いてはいけないことだと判断する。
「じゃあ…奈月先輩が…奈月先輩は体を乗っ取られそうになっていたってこと…?失敗したから、自殺願望があった俺に見えたってこと…?」
「そうだね。少なくとも彼女の自殺に引っ張られそうになった子は少なからずいたからね。何人が見たかは解らないけれど。天使は今も傍にいるよ」
「じゃあ、その天使から」
「そう。いろんな情報を貰っていたの。君に妹さんがいることも。ご両親とは埋められない溝があることも。気になったことは天使から聞いていたの」
強張っていた体が脱力していく。恐ろしいことだと思った。人の生死を、受肉対象として見守っているなんて、狂っている。
千鶴は、一体何を信じ、誰を信じればいいのか解らなくなる。解らなくなって、千鶴は雪子に問いかける。
「ゆっこは…肉体を得て何になりたかったの?何をしたかったの…?」
「それは、可視化されて、生きたくて」
「生きるためなら、自殺願望がある子を、願望を駆り立てていいと…思ってるの?思っていたの?」
「違う!今は後悔している!スーザリカディもあの子の本名だ。あの子は自分と同じ人種のように雪の中を走り回りたかっただけなんだ!それが彼女の夢だった!命と引き換えにしてでも叶えたい夢だったんだ!」
雪子はハッとする。千鶴が今にも泣きそうに、苦しい表情をしていることを。
「黒岩…」
「あれ。もしかして信頼関係を崩しちゃったかな?」
シェルピスがクスクスと笑う。この女が本当に茉莉の実姉なのかと疑いたくなる。
「茉莉が来たら、今度は私の話をしようか」
「茉莉が…?」
「あの子は来るよ。絶対にね」
千鶴はその言葉を本気に捕らえた。だって、茉莉はいつもピンチの時に来てくれたから。今回もきっと助けに来てくれる。
雪子の方を見ると、落ち込み、血色が悪くなっている。でも、千鶴の中では許せるか、許せないかのせめぎ合いになっている。今、優しい言葉をかけることは違うと言い聞かせた。
「多分めぐちゃんが一緒に来るとお姉ちゃん達は警戒して姿を現さないかもね」
そう言ったのは茉莉だった。
「は?甥っ子を助けることも出来ないの?」
「お姉ちゃんは…というか、聖ウェルダー教は宇宙警察やMIBを警戒するからね。乗り込んでも構わないけど…見つかったら逃げられちゃうかも」
謎の多い聖ウェルダー教に関しては茉莉の助言に従った方がいいのだろうかと、恵美は悩む。まだ十六歳の少女が、非信徒だった彼女がどこまで内情を把握しているか。
「見て、めぐちゃん」
茉莉自作の似顔絵を見せられる。幼稚園児が描いたような絵柄だが、特徴はとらえていた。
「今日誘拐しに来た奴等。女は多分虎翼族。そして男の方はベアトリックス惑星出身の男で間違いないと思う」
「ベアトリックス…?まさか」
「乗り込むなら、野良狩人を退治したときに知り合った天森麗亜と馬となる牙下賢太郎を連れて行きたい」
「解った、連絡先は私が知っているから取り合ってみる。他の人選はいる?」
その言葉を待っていましたと言わんばかりに、茉莉は笑顔になる。
「せっちゃんを連れて行きたい。きっと、同行してくれる。解らないけど、天森とせっちゃんを連れて行けばお互いの相乗効果がある気がするんだよね。後は私とお兄ちゃんでなんとかする」
恵美は、いつの間にか逞しくなった茉莉を心強く思った。いや、逞しかったのかもしれない。知らないだけで。
「私達と、あとは泰斗先輩に着いてきてもらう」
「大井君に…?あの子が言う事聞いてくれるの?」
「せっちゃんと約束してるんだよね。ちぃちゃんに慰謝料払い終わるまで守るって」
そんなことしていたなんて初耳だった。恵美は姪っ子の逞しさにも目を丸くする。
千鶴がどこか頼りなく、繊細な子だから、同世代の子も守らなきゃいけないと思い込んでいた。だけど、まだ庇護下の範囲だけれど、自分達でどこまで考えられることに感心した。恵美は思わす微笑する。
そこに、シェルウェルがリビングに入ってくる。
「恵美さん、お部屋をお借り出来てよかったです。ありがとうございます。宿の取り方も解らなかったので」
「いえ。お兄さんも茉莉ちゃんと一緒に行くんですよね…」
「はい。姉の問題は、俺達兄妹で解決しないといけないんです」
その言葉に、恵美は頷いた。
「茉莉ちゃんから大方ですがウェルダー教のことを聞きました。最後の砦として、私達MIBは待機しています」
「よろしくお願いします」
プルルル――
『はい』
「天森さん。黒岩です。実は頼みたいことがあるの」
恵美は早速麗亜に電話をかけていた。
『…聖ウェルダー教にいるベアトリック人は、私の兄かもしれません』
「え…」
『問題になっていたんです。国王の息子がカルト宗教に入信しているって』
「国王の、息子…?」
『すみません。家族間の問題を今持ち出すべきではありませんね。明日、そちらに伺います』
電話を切ると、恵美は検索をかける。ベアトリックス惑星は女尊男碑で有名な星だ。そこを納める国王も女性なのだ。
国王の子供がヒットする。長女、次女、双子の次男に三女。そして。捨てられた長男がひとり。
「何これ…」
長子は女が好ましいと言われており、ベアトリックス国王が初めて産んだ赤子がまさかの男児であった。お腹の中で性別が解ったころには堕胎するには危険だった。だから産んだ。それ以降は生命の花技術で子供を誕生させていたのだ。
その生命の花技術で待望の女児として誕生したのが麗亜…レイアーローン・ダイナアマゾネス。
椅子にもたれかかり、ふぅ、と息を吐く。
「解っていたけど…簡単に済む問題じゃあなさそう」
更なる問題に、恵美は眩暈を起こすのだった。