一難去って、また一難
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校長先生が、登壇し言葉を選びながら喋り始まる。二学期の始業式での出来事だった。
「えー。悲しいことに、自ら命を絶った生徒がいて――」
自ら命を絶った生徒を、千鶴は知っていた。いや、全校生徒が知る人物だった。奈月の親友である中野千帆を自殺に追い込んだ一人だった。
あの後、SNSに拡散され、誹謗中傷、住所特定などの嫌がらせ行為に合っていたのは知っている。だからと言って手を差し伸べる者はいなかった。巻き込まれたくないからだ。一緒につるんでいた友人等も被害を受けており、彼女の相談に乗るどころではなかったと聞いている。その結果が自殺だ。
場所は市内でも大きい公園に植えてある木にロープで首をつって死んでいたらしい。近所のじいさんが綺麗な遺体だったと、不謹慎な感想を言っていた。
千鶴にとっては、入って来る話はどれもどうでもいい報告だった。それよりも、茉莉へと目が行ってしまう。
以下回想
「茉莉の過去を知っているか?」
そう言いだしたのは泰斗だった。多分、マキナのお別れ会が終わったあたりの会話だ。
「知らないよ。お喋りだけど、家族や過去のことってあんまり…あぁ、でもお姉さんとお兄さんがいるのは知ってる」
「そうか。じゃあ、一応頭の隅に置いておけ」
一体茉莉に何があったのか。
それは、幼さが招いた非情な現実だった。
茉莉の故郷は、穏やかさと調和性を大事にする民族、オーフィシェルの出身である。魚子から借りたスケッチブックにも、それは書かれていた。
そのオーフィシェルは、呑気とも言われており、自殺する者はいないとされていた。だけど実際は、狩りに出るフリをして波にのまれて命を絶つものが少なからずいたということだった。
「それがどうかしたの?」
「ここからが本番」
***
茉莉の姉、シェルピスは集団での行動が苦手で、いつも本ばかりを読んでいるような子だった。協調性を大事にする一族では、シェルピスははみ出し者のような存在だった。
「お勉強ばかりしても、ねぇ。女の子はお嫁に出ちゃえばお家のことで忙しいのに」
「シェルピスちゃんは変わった子ね」
母親はいつも、娘を侮辱されるようなことばかりを言われていた。
「シェルピス。お願いだから外では皆と合わせてよ…ママ、辛いよ」
「私の辛さは判ってくれないの?」
「解りたいけど…」
「解ったよ。ママを助けると思って、これからは行動する」
それは、偽りの言葉だった。
「シェルリィ――茉莉の本名――は、自由に生きてほしいな」
「私は好きに生きてるよ」
「そっか。それならいいんだ。でもね、いつか邪魔をしてくる人たちがいるかもしれない。自分の生き方にケチをつけてくる人たちが。出た釘を打つような言葉を投げかけてくると思う。それでも、シェルリィはそのままでいて。お姉ちゃんとの約束」
「うん。約束する」
オーフィシェルの民は、お昼寝をすることが好きだった。だから、茉莉は姉に寝かしつけられながら昼寝をした。それが姉の正常と言える行為の最後だったと言えるだろう。
目を覚ました茉莉は、姉がいないことに不安がった。
「お姉ちゃん?」
ふと、影がブランケットに映る。上を見ると、梁にロープをたれ下げ、首をつっているシェルピスがいた。
「…お姉ちゃん?ブランコしてるの?」
茉莉は不思議がって、シェルピスの足をつつき、揺らす。
その光景は、動画で拡散されていた。
『みなさん。私はこの優しさで溢れかえるオーフィシェルで生きることに窮屈さを覚えるのです。型にはまり、予定調和で動く世界に嫌気がさしました。これは、私の決意表明です』
これがシェルピスの本音だった。
暫くすると、父が様子を見に来て、大騒ぎとなった。
首吊り自殺を知らない妹が死ぬ間際の姉で遊ぶ動画としてセンセーショナルに取り上げられた。
結果として、シェルピスは民族特有の頑丈さで生死をさまよったが息を吹き返した。それからは別人のように皆の行動や発言を笑顔で受け入れた。
それから暫くして、またやらかしたのだ。
「聖ウェルダー教に入信します」
聖ウェルダー教。それは自殺こそ肉体からの解放であり、神の膝元へ行き、本来の自分で居続けられるという信念があるカルト宗教だった。
勿論、両親は大反対したが、シェルピスは家を出ていった。
***
どこかで聞いたような話だと思い、よくよく考えてみると自分の話だった。縄跳びで首を吊った。その時は妹に見つかり、重さに耐えきれず失敗した記憶がある。
「なんでアンタがそんなこと知ってるんですか」
「当時動画を見ていたし、茉莉本人から聞いた」
「俺…そんなこと聞かされてない」
友達だと思っていた人物の、人生に関わるような話をされていないことに千鶴はどこか不機嫌になる。
「友達に言えるか?姉がカルト宗教に入っていて、今や幹部クラスです~って」
「それは…」
「近くて親しいからこと言えないこともあるんだよ」
「だからと言って、アンタの口から聞きたくなかった」
以上終了
茉莉は…入学当初は姉と暮らしていると言っていた。つまり、姉がいるウェルダー教の敷地内で生活していた可能性が高いということだ。そして、何か逆鱗に触れて追い出された。それが千鶴の立てた仮説だった。
(茉莉は…自殺を推奨するような子がじゃない)
死にたいという気持ちを、苦しみの数値だと言い換え、救ってくれた。決してそんな子じゃない。姉の思考と茉莉の思考は全然違う。そう自分に言い聞かせる。
それに。
家族の事を話していないのは自分も同じだった。――一度だけ、何故か妹がいることを茉莉は知っている口調で会話したことがあった。
もう、茉莉と友達になって半年になる。そろそろ、家族に紹介してもいいと思えた。
始業式の後、帰りの廊下で千鶴は茉莉に声を掛ける。
「茉莉。今度の土曜日、暇?」
「暇だよ。どうして?」
「おばあちゃん家に一緒に来てほしいんだ。友達として、紹介したいから」
そう話すと、茉莉の瞳が輝く。
「本当に?!行く行く!絶対行く!」
「そんな喜ぶこと…?」
「喜ぶことだよ」
こうして、土曜日は千鶴にとっても久しぶりに育ての親である祖母宅へ帰ることとなった。
祖母宅は、築十年の綺麗な家だった。恵美が結婚したら譲り渡すつもりで作ったらしいが、未だそのような報告が無いので住み続けている。それに、もし恵美がシェアハウスやマンションに住むようなら、千鶴の妹である百花に分与される。
「おばあちゃんち、綺麗だね」
「俺が幼い頃に建て替えたらしいんだ。めぐちゃんや俺達のことを考えてね」
九月なのに、まだ暑い。千鶴がインターホンを押すと、明るい声が返って来る。
『今開けるわね』
それから数秒すると、玄関が開く。そこには、白髪交じりの初老の女性が笑い皺を目じりに浮かべ、出迎えてくれた。
「おかえりなさい、千鶴。茉莉ちゃんね。どうぞ、ゆっくりしていって」
「北沢茉莉です。おじゃまします」
「おじゃまします」
千鶴の言動に、不思議に思ったが茉莉はあえてスルーした。ここで口出しをして余計な地雷を踏まないためだ。
千鶴は時たま難しい時がある。喧嘩はしたことはないが、硝子のハートを壊してしまいそうになった会話があることを、茉莉は感じていた。だから、興味が湧いても、口は禍の元なので何も言わない。それが一番、千鶴の為で、必要な時に声を掛けてやればいいことを、知っていた。
「高校はどう?入学式前に恵美の所に引っ越ししちゃった以来だから、おばあちゃん心配だったのよ」
「まぁ…楽しくやってる」
少し視線をそらしながら、千鶴は答える。どうやら照れ臭いようだ。
「それが聞けてよかったわ。茉莉さん、遠慮しないでね」
「ありがとうございます」
「ゆっくりしていって頂戴ね。百花!お兄ちゃん帰ってきたわよ!」
部屋で、その言葉を待っていた少女…妹である黒岩百花がてるてる坊主をつつく。
「お兄ちゃん、お友達つれてきたんだって。どんな人かな」
百花の部屋はいたって普通の女の子の部屋だった。レースで作られたハンモックは角に繋がれてぬいぐるみが中に飾られている。ロフトベッドの布団は生活感が溢れているし、その下にある勉強机にはお絵描きノートが開かれていた。
唯一、変わっている所と言うなら、てるてる坊主が好きなようで、カーテンのレールと、壁には折り紙で作ったアジサイと、てるてる坊主とカエルのぬいぐるみが飾られている。ランドセルにもキーホルダーが付いているくらい、好んでいるようだった。
「今行く!」
百花は、軽い足取りで下へ降りて行った。
ちょっとお高い所のケーキがテーブルに並ぶ。
「紹介するね。妹の百花。小学校五年生なんだ」
「初めまして、黒岩百花です」
「北沢茉莉です。よろしくね!ももちゃん!」
急にあだ名を付けられ呼ばれるもんだから、百花は驚くと同時に愛想笑いで返す。
時たま、茉莉は人との距離の取り方がへたくそだと思うことがあった。
「北沢さんは、お兄ちゃんの友達なの?」
「そうだよ」
「彼女とかじゃあなくて?」
一瞬、千鶴のケーキを食べる手が止まる。
正直、茉莉のような彼女がいたら大変だろう、と容易に想像できた。姉から追い出されたら学校の屋上でキャンプを開く思考回路を持つ彼女を、どう受け止めればいいのだろうか。ありのままを受け止めるのは、それ相当の覚悟が必要な気がした。
「友達だよ。正真正銘ね」
「そうだよ。恋人とかじゃあないよ」
「そうなんだ。私の周りはカップルとか何人かいるよ」
「…それは、彼等彼女等が幸せならいいんじゃあないかな」
それしか言えなかった。本音を言えば、小学生のくせにませているな、という感想があるくらいだ。
「北沢さんは、小学生の頃だれかと付き合ったりした?」
「こら、百花」注意するが、遅かった。
「ううん。私、小学校って呼ばれるものに行ってないんだよね」
「そう、なの?」
「うん。行ってもつまらなかったし、お姉ちゃんといた方が楽しかったからね」
オーフィシェルがどんな環境で勉強を学ぶのか知らないし、ここで故郷の話をされると祖母と百花に余計変な子だと思われてしまうのを避けるために、千鶴は違う話題を出そうと頭をフル回転させる。
「茉莉のお姉さんってどんなヒトなの?」
失敗した。心の中で馬鹿だと自身を罵る。
「お姉ちゃんはねぇ…浮いてる子だったよ。でも私からしたら最高に楽しいお姉ちゃんだったけどね。世間様とは認識がズレていたようだよ」
茉莉は、わざとらしく肩を落とす。
「お兄ちゃんと一緒だね、北沢さんのお姉さん。私も、どんなお兄ちゃんでも大好きなのに、なかなか帰って来てくれない…」
「それは、悪かったよ」
「ちぃちゃん、これからは帰る回数多くしな」
「はい」
気づけば、皿に乗っていたケーキは食べ終わっていた。
「北沢さんに私のお部屋見せてあげる!」そう言って百花は茉莉を連れて自室へと行ってしまった。リビングには、祖母と千鶴が緑茶を飲むという、気まずい光景があった。
「おばあちゃんね、安心したの。恵美から聞いていたけど…大変だったんでしょう」
「…うん」
この一学期と夏休みで。世界が一変した。
宇宙人に襲撃されて、宇宙人に助けられた。そして従姉弟が誘拐されて、宇宙人と共に助けに行った。初恋相手が宇宙人で、彼女は宇宙人に殺された。その仇を、地球人と仲間である宇宙人が協力して倒してくれた。気づいたら、地球人の友達も、宇宙人の友達も増えていた。
「でも。皆がいるから乗り越えられてきたんだ」
「千鶴から、そんな言葉が聞けるとは思ってなかったわ。その縁を、大切にしなさいね」
「うん。大事にする」
「覚えてる?おじいちゃんが亡くなるちょっと前。最後に千鶴と会話したこと」
「覚えてるよ。人と目を合わせて話しなさいって言われた」
「今、出来ていて安心したわ。きっと、他のお友達とも、眼を合わせてお話するのでしょうね」
出来ていたのか…と、内心驚く。全然気づかないうちに、出来るようになっていたらしい。
「おじいちゃん、喜んでくれてるかな」
「もちろんよ」
どこか緊張していた空気は、やわっこくなり、心も満たしていた。
「そういえば」
祖母が思い出したかのように切り出す。
「どうしたの?」
「最近、若い子の間でシェルピス樒っていう占い師が流行っているんですって。でもどこか怪しいって言うか、インチキ臭くておばあちゃんは苦手なんだけどね、困っている人にお守りを売っているらしいのよ。なんか、勘だけど善意のある人じゃあない気がするの」
「シェルピス樒…?」
その言葉にどこか聞き覚えがあった。泰斗が話していた茉莉の過去に現れた人物。姉の存在。
「…覚えておくよ。友達にも伝えとく。信じないように」
「そうして頂戴」
汐瑠、魚子や志摩、柚木は占い事に興味は無い。純は論外だし。部活は皆占いなど朝のテレビで確認するくらいしか興味がない。
(月曜日に皆に訊いてみるか)
どうせ、杞憂で終わると思っていた。
「ももちゃんの部屋は可愛いね」
「えへへ、ありがとうございます!」
百花の部屋を紹介してもらっているところだった。
「ねぇ、これなぁに?」
茉莉が指さしたのはてるてる坊主だった。初めて見るそれに、興味津々である。
「てるてる坊主、知らないの?雨が降らないように飾るのが本当の使い方なんだけど…私は好きだからいつも飾っているの」
「雨が降らないようにする人形かぁ。へぇ、良いこと聞いた」
じぃっと見ていると、昔の記憶が蘇って来る。姉だ。姉の首吊り自殺を遊びだと思いつっついた記憶が蘇る。
「…戻ろっか、リビングに」
「はい」
部屋から出ると、百花が突然話し出す。
「あのね、お兄ちゃん、昔てるてる坊主の真似をしたことがあったの」
「え…」
「お兄ちゃん、中学校になったらめぐ叔母さんの所に引っ越ししちゃったから。寂しくて。お父さんとお母さんはどっか行っちゃったし。だから、寂しくないようにてるてる坊主をおばあちゃんに作ってもらったの」
「ふぅん。ちぃちゃんに伝えるよ。もっと実家に帰りなって」
「ありがとう…!」
多分だが。百花はもう千鶴が起こした自殺未遂を理解している。てるてる坊主の真似ではないことくらい、解っている。それでも、オブラートに包んで話したのだ。何が目的かは解らないが、千鶴に頻繁に帰ってきてほしいことは伝わった。茉莉も、その気持ちはなんとなく判る。
姉はカルト宗教へ入信し家出。兄は家計を助けるために軍に入隊した。暫くはひとりぼっちの生活を送るはめになった。だから、姉とまた暮らせるようになったとき、嬉しかったことは嬉しかった。
「ちぃちゃんも罪な奴だなぁ」
***
所変わって、池袋。
池袋に霜月と花緒はデートに来ていた。
「ねぇ、最近シェルピス樒さんっていう占い師がお悩み解決してくれるって噂、知ってる?」
「いや、初めて聞いた」
「今池袋で占いやってるんだって!空いていたらでいいの、行ってみない?」
「占いかなぁ。お悩みなんて…」
無い、と言うおうと思ったが、泰斗に振り回されっぷりを思い出し、口が重くなる。
「空いていたらね。混んでいたら水族館な」
「ありがとう!」
二人はシェルピス樒が開いているサンシャインシティへと向かう。
千鶴の杞憂は、悩みへと発展していくことになった。