八月のある暑い日に・5終
読んでくださりありがとうございます
泰斗達のチームに、タナトスが降り立った。複数人の部下を連れて。タナトスの切り落とされた右腕は義手がはめられていた。
「俺様の相手をするには人数が少ないんじゃあねぇか?」
「俺達で十二分だ」
柚木が作戦通り逃避防止バリアを張る。
「そんなことしなくても俺様は逃げねぇぜ」
「予防線張ったってバチは当たらねぇだろ」
泰斗が不適な笑みを浮かべると、それが合図のようにグラウンドが黒く塗りつぶされていく。そして、泰斗は影に乗り浮上し、タナトス一派はグルグルとまかれ球体の中に閉じ込められる。作戦その一…暦の影を使い絞め殺す。球体からは、部下達の悲鳴や助けを求める声が気持ちいい程聞こえる。
「俺様を絞め殺そうなんぞ…」
バリッ!と破かれるような音がする。タナトスが自力で影を破ったのだ。これには暦も驚く。
「どうなってんだよ!」
「お前の影が弱いんじゃねーのか?!」
「はぁ?!」
キレる泰斗に、反論する暦を見てタナトスは呆れかえる。
「敵ながらお前等大丈夫か?まぁ、暗殺一族の坊ちゃんが弱い訳じゃねぇってことは教えといてやるよ」
「敵のくせして同情などいらん!」
暦が歯向かう。今度は影が刃物のように鋭利になり左腕を切り落とそうとするが、右腕の義手に阻まれてしまう。
「その義手、やっぱりそうだ。雪虎族の物か!」
「ご名答。教えてやるよ、俺は雪虎族とオーフィシェル族の混血だ!ありがてぇことに親の良いとこ取り!」
それなら説明がつく。茉莉ほどの怪力じゃあないと腕が切り落とせない理由も、義手が雪虎族の武器であることも。育ちは雪虎側。だから必要な金属調達がスムーズにいくのだろう。
「どうする、泰斗!」
「どうすって、予定通り行くしかないだろ!」
「だろうな…」
もう、慌てるのも慣れてきた暦はそのまま攻撃を続ける。どれも雪虎族特有の刃物で影が斬られていく。しかしここで諦めたら、体育館内にいるスカベンジャーの民が危険に晒される。出来る限り自分達に注意を引きたい。暦は、球体の中に閉じ込められている部下を、絞め殺す。ギャーギャーと騒がしかった声が急に途絶えた。タナトスに動揺を与える手段だったが、効果は薄いようだ。
「俺様の事を動揺させたかったか?そりゃ無駄だな。可哀想に。俺様のために命を落としたんだ。アイツ等も幸せだろうな」
「殺しておいてだが。腹立つな、お前。お前がボスじゃあなくて心底よかったよ」
暦の言葉に満足したのか、タナトスは不敵な笑みを浮かべる。その時、影の中から重火器が出現する。それを操るは、霜月と柚木だ。
「まだ終わってない!」
「俺がただの心読めるだけのヒトだと思うなよ!」
柚木は上空へ飛び、火の弾を銃弾の雨が如く降らせる。霜月はロケットランチャーを十も撃ち込み、機関銃でタナトスを殺しにかかる。しかし、煙が巻かれるとタナトスが豪快な笑い声を上げこちらに歩いて来る。軽い火傷を負っている程度で期待していた重傷は得られていない。
「折角の隠し玉が効かない!」泰斗が狼狽える。
「おいおい、コイツ等が隠し玉だったのかよ!冗談キツイぜ!」
「クソ!タンジェントビーム!」
指で三角を作ると、星が煌めきビームが発射される。タナトスはそれを義手で受け止めると、ボンと爆発する。
「諦めるな、攻撃の手を緩めるな!」
泰斗の指令で、暦達は攻撃を開始する。影に閉じ込めても破られ、銃弾の雨も義手で防がれ、火炎もタナトスにとっては痛くもかゆくもないようだった。
「そろそろ俺様の番だ!」
ふん!とグラウンドに拳を突き立てると、地面が割れ、地響きが鳴る。足を取られ、泰斗達は転んでしまう。
「なんて力だ!茉莉並みかよ!」
「まだ終わっていないぞ!」
義手が、ロケットパンチのように泰斗に向かい放たれる。
「泰斗さん!」
「柚木、馬鹿!」
「うあっ!」
泰斗に向かい放たれた義手から守るため、柚木が地上に咄嗟に降りる。そして義手は柚木に命中する。失神するほどの威力ある義手は、ワイヤーで固定されており、肘部分からは火花が散っている。
「攻撃は終わってねぇぞ!」
義手を振り回し、泰斗、暦、霜月をどんどん殴っていく。
「やっぱ暴力は素手が一番だなぁ!まぁ義手だがこれもこれで使い心地は最高だな。おっと忘れちゃいけねぇな。お前も暴れたいよなぁ…プレデターΩ!」
頭に装着すると、プレデターがレーザービームを打ち始める。
「自分の身を守れ!」
暦は霜月を連れ影の中へ隠れるが、プレデターも中へ突撃してくる。影で切り裂こうにもすばしっこい。絞め壊そうとしてもレーザーで裂かれ同じことだった。それだけタナトスの脳波が俊敏に指示を出しているということなのだ。
「腹立ってきた…!いつまでこんなことしなきゃいけねぇんだよ!」
「暦、作戦を続行させないと!」
「解ってる!」
苛つきを見せる暦の声は地上にも届いていた。仲間割れが始まったことに、タナトスは満足気に笑う。
一方、泰斗は柚木を庇いながら指先からビームを出し応戦していた。当たったら、身体の一部が吹っ飛ぶ。これだけは避けたい。何せ、スカベンジャーの民のように再生能力を持っていないからだ。タナトスもそうだが、普通の宇宙人なのだ。スカベンジャーが忌み嫌われるのも、再生能力が原因の一つかもしれない。
「柚木、起きろ!」
「に、げて」
「逃げるならお前も一緒だ!意識をはっきりさせろ!」
打ち所が悪かったのか、柚木は薄っすらと目を開けるだけで項垂れたままだった。
「柚木!」
「なんだ、なんだ!ロマンチックな光景じゃあねぇか!いいねぇ、お互いが庇いあい、自滅していく姿!」
「ック…!」
その時だった。
トスン、と首に違和感が襲う。首には、矢が刺さっていた。
「なんだぁ?悪あがきか?こんなもので俺様を倒せると思っていんのかよ。舐められたもんだなぁ」
矢を放ったのは、草陰に隠れていた魚子だった。それを見つけたタナトスはニタリと笑う。
「地球にも可愛い嬢ちゃんがいるじゃあねぇか。いいねぇ、俺様の愛人に連れて行っていこうか」
矢を抜き、地面へと捨てる。
「まだ終わっていない…!俺の後輩に手を出すな」
「粋がるなよ、クソガキ」
下心が丸出しの笑顔を見せると、急に心臓がバクバクと早くなる。
「なんだ、んぁ?」
気分が悪くなり、口から煙が出てくる。そして、嘔吐すると食べ物ではない、臓器の一部が吐き出される。
「なにを、しやがった…!」
「別に。俺達の戦い方をしただけだよ」
泰斗は出血した額を拭う。しおらしく倒れていた柚木は平気で立ち上がる。
タナトスの嘔吐は止まらない。次第に、指先が柔らかくなりドロリと溶け落ちる。
「お前、まさか…!」
柚木の桜色に内側に淡い緑が入る髪色に、タナトスは勘づく。
「そうだよ。お前が混血であるように、僕も混血だよ。症状を見れば判るよね」
人体をドロドロに溶かす体液…つまりは血液を持つ民族。宇宙三大戦闘民族の一つで心当たりがあった。
「殺戮の民…なのか?!」
「そうらしいね。詳しくは知らないけれど」
タナトスは立てなくなり、その場に崩れ落ちる。手が、足が、体内がドロドロと溶けていく。
こんな終わりじゃなかった。終わるはずなかった。コイツ等をぶちのめし、地球人の少女を愛人にしてまたスカベンジャー狩りをするはずだった。泣きわめくスカベンジャーを拷問し、弱点である首を狩るのだ。その瞬間がたまらなく快感だった。
だが今はどうだ。逆だ。自分が、ヴァルハラギグスの落ちこぼれと殺戮の民の混血児に殺されかけている。ましてや、地球人が使うような古臭い武器に、弱点である首を、首に矢を放たれたのだ。こんな最期、許されるわけがない。
「嫌だ…!クソ、こんなところで、俺は、し、な、ない」
顎がボロっと落ちる。
見下ろしている泰斗と柚木が、巨大で恐ろしく見える。何故子供相手にこんなにも恐ろしいという感情が生まれたのか判らない。死への恐怖とリンクしたのかもしれない。もう喉から息も出来ない。意識だけが残り、最後はべチャリと地面へ倒れ込む。眼玉だけになり、それを泰斗は踏み潰した。
「……終わった」
「終わりましたね」
柚木の冷静な一言で、泰斗は一気に腰を抜かす。
「やべぇ、プレデター出された瞬間死ぬかと思った」
「僕もヤバいと思いました」
「魚子ぉ、こっち出てきても大丈夫だぞ」
魚子は、周りを見ながらいそいそと駆け寄って来る。
「私に!あんな大役を押し付けないでください!」
作戦…それは泰斗達が囮になり、タナトスの気が大きくなり勝利を確信したであろう瞬間に見せる隙に、魚子が首に矢を放つというものだった。矢は一本。チャンスは一回しかない、かなり大博打に近い作戦だった。
「魚子、大丈夫か?!」
「暦先輩…!もう、怖かったんですよ!先輩のお願いじゃあなかったら、聞いていませんでした!」
「俺だって…あの武器揃えるの大変だったんだぞ」
どうやら正規のルートで集めた武器ではないらしい。魚子は、残った義手と矢を見つける。
「まさか柚木君の血液が酸の強いものだとは思いませんでした」
矢には、ピンク色の血液の他に、上から赤い血液が付着していた。
「タナトスはオーフィシェルの混血と豪語していたが、オーフィシェルの民の血液は緑色だ。自分が思っていたほど、血は濃くなかったようだな」
「そうなんですね…なんだか、哀れなヒトです」
地面に座っていた泰斗が、大の字に寝転がる。
「マキナー!仇取ったぞぉ!」
晴天に、声が響き渡る。
「今日は、凄く晴れて雲一つないから、天国まで聞こえているかもね」
霜月が、ぽろりと零す。
「そうですね」
五人は、青く澄んだ空を見上げた。
夢…だと気づく。千鶴は不思議な空間にいた。あたたかくて、優しい場所。
――「千鶴はお寝坊さんですね」
「マキナ…!」
僅かに、口元を緩めるマキナがそこには立っていた。つまり、夢だと確信する。
「ごめん、マキナ。俺のせいで…」
――「いいのです。私は正しいことをしたと誇りに思っています。まぁ、死んだことは誤算でしたけど。助けに行かないほうが、後悔したと思います」
「それは、本当にマキナの言葉…?それとも俺の都合の良い夢?」
――「勿論、本当の言葉です。嘘偽りのない言葉。千鶴。千鶴には長生きしてほしいです。そして、いつかまた会えたときに、その永い物語を聞かせてください」
「約束するよ…あのね、マキナ。俺…マキナのこと、好きだった」
――「気づいていましたよ」
思わず、眼を見開いた。マキナが、あのマキナが笑顔で千鶴に向かい、手を振っていたのだから。
「…マキナ」
「ちぃちゃん?!」
目を覚ますと、茉莉達顔なじみの皆がこぞって覗き込んでいた。
「え…何事」
「千鶴くん、二日間も寝てたんだよ」
汐瑠が説明するが、千鶴はピンと来ていないようだった。
「体は怠くないか?」
「純こそ、身体は平気なの?」
「俺は大丈夫だ。再生してもう少しで元通りになる」
「そっか」
「千鶴君。終わりましたよ。全部、終わりました」
魚子の言葉で理解する。スカベンジャーを襲う奴等が…マキナを殺したタナトスを倒すことが出来たのだと。
「俺…不思議な夢を二回も見たんだ」
「どんな夢?」
柚木が訊く。
「茉莉にお願い事する夢と、マキナが笑った夢。夢なのに、現実味があったっていうか…」
「不思議だな」
志摩がくすっと小さく笑った。
「うん。変な夢だね。でも、私が戦っている時、ちぃちゃんと心が通じ合った感じがしたよ」
「それじゃああながち、夢じゃなかったりして」
千鶴が冗談ぽく言うと、周りはしん、と静まり返った。
「え、笑ってよ」
「いや、なんか現実味があるなって」
「千鶴君は毎度夢だと思ったら夢じゃなかったようなことを言いますしね」
すると、純の携帯がけたたましく鳴り響く。病院からだった。
「俺はそろそろ帰らないとまずいようだ」
「あ…私が送っていくよ。一緒に怒られよう」
「ありがたい申し出だな」
「私達もそろそろ帰りましょう。疲れました…」
「大活躍だったもんな、魚子。今千鶴に度聞かせてやれよ」
「僕も長居はいけないね。お暇するよ」
こうして志摩と魚子、柚木。純と汐瑠は手を振りシェアハウスを後にする。それを、千鶴と茉莉がお見送りする。
「ちぃちゃんも、めぐちゃんに起きたよって連絡入れたら?」
「そうするか…」
メールで『起きた』とだけ連絡を入れると、数秒で返信が来る。
『心配かけやがって』と。
「こりゃ怒られるかな」
「意外と平気かもよ」
「…また、マキナと会えるかな」
「会えるよ。ちぃちゃんはいつだって不思議な体験をするからね」
「ありがとう。終わらせてくれて」
その言葉に、茉莉は満面の笑みを咲かせた。
それから。葬儀は身内だけだったが、マキナの仇を取ろうとする恵美や茉莉の姿を知った靖枝の好意で、お別れの会が開かれた。その頃にはもう純の手足は完全再生していた。
最初はマキナとの楽しい思い出や、可笑しかった思い出が語られたが、終わりの時間が近づくにつれてどことなく寂しい雰囲気が会場を包んだ。それでも、誰も泣かなかった。泣くのは、なんか違うと思ったからだ。もう、泣きたい連中は各々で泣いた。悲しさに、悔しさに、残酷な結末に。だから、もう泣く必要が無かった。
それからは、普通の夏休みが戻ってきた。マキナのいない時間が、時と共に襲ってくる。いないと解っても、名前をうっかり呼んでしまったこともあった。
それでも「間違えたね」と笑い飛ばした。
時たま、ミスミとチビ柴三匹がマキナを捜すような動作をする。それもいつか、忘れてしまうのだろうかと思い、マキナが使っていたクッションをリビングのソファに置いてみた。これなら、まだ覚えていてくれるかと思って。
そうやって、夏休みが終わりに近づいていく。
そうやって、故人を思いながら乗り越えていく。
そうやって、今日も生きていく。
「今日も暑いね」
「溶けそうだよぉ」
縁側で、千鶴と茉莉がアイスを食べる。八月三十日のことだった。
一部へこんだ床に水が張られ、たくさんの硝子のボールが浮かんでいる。それらがぶつかると、コーン…コーンと美しい音色を奏でる。薄く暗い部屋には、星のライトがぶら下がっている。
「蒼志軍に無事内通者として役目を果たせたみたいだね、紫蜻蛉」
白い服を着た女が、ソファに座っている。水色の髪の毛に、一部がピンクの長い髪の毛をし、どこかミステリアスな雰囲気を放っている。そんな女が、紫蜻蛉をねぎらうように話しかける。
「もう限界です。私も姉達の元へ行こうと思います」
「そうだね。それが約束で今日まで頑張ってきたんだもんね…ところで、お腹の赤ん坊はどうするの?」
「一緒に道連れにします。アイツの子孫なんか残してたまるものですか」
忌々しそうに、下腹部に爪を立てる。
「それじゃあ、約束の薬だよ。今日までお疲れ様。その魂、解放され神の膝元へ行くことを願って」
女が錠剤を渡すと、紫蜻蛉はすぐに飲み込む。そして呼吸が不規則になり、ハッハッハと苦しそうに息が切れ始める。そして、一分もしないうちに絶命した。
「苦しかったよね。もう、苦しまなくていいんだよ」
「シェルピス」
一人の、色白の肌、真っ青の髪に、ゴーグルを着けた少年が女…シェルピスを呼ぶ。
「どうしたの、ゴジ」少年は、ゴジというらしい。ゴジはどこか憂鬱そうに話し出す。
「あの子…本当によかったのかな。赤ちゃん…生まれたかったんじゃないのかな」
「ゴジは優しいね。だけどね、それを決めるのは本人だけなの。他の誰にも決められない。堕胎も出産するも、絶対的主導権は当人だけだからね」
「そう、だよね…。でもそれって、ある意味人質みたい」
「ゴジは面白いね」
シェルピスがクスクスと笑う。つられて、ゴジも柔和に微笑むが、すぐに暗い表情を覗かせる。
「また、失敗しちゃったんだ」
手首に、ぱっくりと開いた傷跡が複数あった。リストカットだ。深く入り、血管が切れている。
「可哀そうに、死ねなかったんだね。医務室に行って縫合してもらいなさい」
「早く、神様の膝元に行きたいのに…僕が弱虫だから」
「まだその時じゃあないんだよ」
すすり泣くゴジを、シェルピスが優しく抱擁する。とんとん、と背中をあやされ、ゴジは気持ちが少し落ち着いた。
「妹さん…とは連絡取ってるの?追い出してから」
「取っていないよ。でもあの子は元気だよ。地球名の茉莉って名前、凄く気に入っているみたい。だからゴジが心配する必要は無いんだよ」
「そっか、姉妹にも、いろんな形があるんだね」
ゴジは安心したように笑う。
「さ、医務室へ行きなさい。かさぶたになると、縫合出来なくなっちゃうから」
「ありがとう、シェルピス」
少し元気になったゴジが部屋から出ていく。その後ろ姿を見送ったシェルピスは、遺体となりはてた紫蜻蛉に近づき、顔を見る。苦しそうな表情をしている。眼を見開いたままだ。可哀想だと思い、そっと瞼を閉じてやる。
「また一つの命が救われました、ウェルダ様」
ウェルダ…聖ウェルダー教。自殺をすることで肉体から解放され神の膝元へ行けると信じる者達が集まる、カルト宗教。そこの幹部を、茉莉の姉であるシェルピスが務めている。シェルピスは部下に紫蜻蛉の遺体を運ばせると、一人、薄く暗い部屋のなかで静かに、くるくると踊りだす。
「皆が苦しみから解放される!なんて素敵な事なんだろう」