八月のある暑い日に・2
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――何があったか教えてくれますか
「みーぱんでランチしてたんだよね、せっちゃんと。美味しぃって話してたらちぃちゃんからメールが入ったんだよ。助けてって。ここで助けに行かない方が裏切り行為だよ」
――マキナさんにも送られていたそうです
「一斉送信でした。私の携帯にも助けてって…メールがありました。私は茉莉ちゃんが急いで店を出ていくので…やっぱり千鶴に何かあったんだと悟りました」
――何故マキナさんが現場に来たと思いますか
「知るかよ。暦も言ってたけど、普通は記録することがマキナ…レコードマリオネットの役目だろ。千鶴を助けようと来たのが間違いだったんだ」
以下、一人目・北沢茉莉による証言。二人目・白咲刹那による証言。三人目・大井泰斗による証言である。
「以上が…協力してくれた三名の供述です。いかがでしょうか…」
東雲がどこか強張り、緊張が顔に現れていた。
今、東雲と恵美は来客対応をしている。それはもう、頭も上がらない人に。
客人は美しく絹のようなロングヘアを、耳にかける。
「私の部下…マキナが亡くなったことは大変痛ましいことです。しかも、スカベンジャーの民と、恵美さん。貴女の甥っ子を助けるためにマキナが行動するとは考えにくいの」
マキナの上司…小鳥遊靖枝は椅子に腰深く座りなおす。
「小鳥遊さん、マキナは千鶴達と接するうちに人間らしい感情を持ち始めたんです」
「だから、死因が人間を守るため?笑わせないで。あの子には命の危険がある現場には行かないようにさせていたの。あの子は従順にいつも守っていた。貴女の甥っ子君がしつこく助けを求めたんじゃないのかしら」
「千鶴は!」
頭に来て、詰め寄ろうとするも東雲に遮られる。
「こちらで預かっておきながらこのような結果を招いたこと、深くお詫びいたします」
東雲が頭を下げるのを見て、恵美も下げる。
「…遺品は全部指定した場所に持ってきて頂戴」
それだけ言い残すと、小鳥遊はヒールを鳴らしながら会議室から出ていった。
重い空気だけが小さな会議室に残る。
恵美は舌打ちをすると、椅子に座りなおす。
「東雲さん。実は…私の携帯にも千鶴からのSOSが入っていたんです。気づいたのは全部が終わった後なんですけど…。あの時、私が気づいていたらマキナは、」
「黒岩さん。たらればは無しです。結果が全てです」
「そうですね」
恵美は千鶴からのメールを開き、見つめる。
――『助けて、めぐちゃん。純が死んじゃう』『めぐちゃん、マキナが死んじゃう』
「私って、なんで大事な時に行ってあげられないんだろう…マキナ、ごめんね」
声を震わせ、ぽつぽつと涙が溢れてきた。
千鶴は。純のお見舞いに来ていた。四肢が戻るまで入院となったのだ。幸いなことに四人部屋だったが、他に患者はいなかった。好きな事を、自由に喋れる。
「痛みは?」
「もう無いよ」
「そっか、よかった」
元々口下手同士なので会話は弾んでいるとは言えなかった。
「マキナさんの事だけど…」
純がぎこちなく尋ねて来る。だが、千鶴は小さく口角を上げると、やんわりと止める。
「大丈夫。たぶん、ゆっくり消化していくから」
そう告げると、千鶴から笑顔が消えた。
「マキナは、なんで助けに来てくれたんだろう。来なかったら、生きていたのに」
「それは…」
言おうとしたが、言えなかった。千鶴から助けを求めるメールが入っていたことを。純は薄く開いた口をまた固く閉ざす。
「そろそろ帰るね」
「明日も来るか?」
そう尋ねたが、千鶴は無言で病室を後にした。
嫌な予感がしたので、純は茉莉にメールを打つ。
千鶴は真っ直ぐ帰る訳ではなく、病院の屋上へ向かう。何故か鍵が開いていて、すんなり入れた。
フェンス越しに見る地元は、不思議だった。風が千鶴の髪を撫でていく。まるで遊んでいるように。真夏で暑いせいで、コンクリートの道路がゆらゆらと陽炎が。蝉よりも自動車の走行音がやけに耳に届く。
「マキナは何で死んだんだ」
見ていたはずなのに。一番近くで、彼女が殺される瞬間を見ていたのに。そこが記憶からすっぽりと抜け落ちて、なにも思い出せない。マキナはどんな顔をしていた?どんな表情を?どんな性格で、どんな宇宙人で。どんな、どんな、どんな?
マキナと長くもない時間を過ごし、好意を寄せていたのに。全く思い出せない。何もないのだ。
「ちぃちゃん?」
吃驚して振り返ると、茉莉が立っていた。
「屋上にいる気がして追いかけてきたんだ」
「なんで…病院にいるの?」
「じゅんじゅんのお見舞いに来たんだけど、ちぃちゃんが屋上にいる気がしたんだよね。もしかして自殺しようとしてた?」
何も答えられなかった。つまり、そうしようと思っていたから。
沈黙を正解だと理解した茉莉が、トートバックから大事そうに箱を取り出す。
「マキナちゃんが作って冷やしておいたケーキ。これ食べてから一緒に死のうね」
箱が開けられると、フランボワーズのムースケーキが入っていた。鮮やかなその色は、マキナには無い血の色のようだった。
「マキナが、最期に作った料理…」
脳に映像が流れるが、ノイズが走って解らない。
「はい、フォーク」
「…ありがとう」
一口食べると、鉄の味…つまり血の味がして、思わず吐き出す。
「大丈夫?!」
「わ、わかんない」
もう一度口に運ぶと、舌を刺激するのは甘酸っぱさだ。甘さを酸味がさっぱりとさせる、普通のケーキだった。
「死ぬってなったらさ、ミスミ達はどうするの?」
ケーキを貪りながら茉莉が訪ねてきた。
「どうするって…めぐちゃんに任せるしか…」
「めぐちゃんはミスミしか引き取らないと思うよ。チビ達も一緒に暮らすって決めたのはちぃちゃんだよ?いいの?」
「もう、いいよ…」
諦めの声色を止める術はない。フェンスを上り、端に立つ。
「来なければ、マキナは生きていたんだ。俺がまた知らない間にメールを送っていたんだろ?」
茉莉は四月のことを思い出すが、肩を竦めはぐらかした。
「仮にそうだったら?」
「俺の頭の中で何が起きてるんだよ…俺が知らないうちに、気味悪いことが起きてるなんて、我慢できない」
「待って、私もそっち行くから」
茉莉もフェンスを越え、千鶴の隣に立つ。そして、手を握りしめた。
「最期まで一緒だよ」
「心強いよ」
下を見る。離れているのか、近いかすら判断がつかない。ここから落ちれば、もうこんな感情を抱かなくて済む。
一歩踏み出した時だった。
「待て、千鶴!」
その声に驚き、千鶴は足を滑らせ落下するが、茉莉が手を繋ぎとめて宙ぶらりん状態になる。
「死ぬのは間違いだ…!」
現れたのは緋色だった。緋色はフェンスを飛び越えると、千鶴のことを簡単に引き上げる。
「なんで」
「自殺したっていいこと無いよ」
緋色と共にやってきたのは翠蘭だった。
「緋色さん…と、誰」
緋色は千鶴を抱きかかえるとフェンス内へと戻っていく。それを、茉莉が横目で見つめる。
「さっき、お前の叔母さんに会ってきた。千鶴が今日中に帰って今後の飼い犬のことを相談しないなら、保健所に連れて行くって」
「そんなの、約束に入ってない!里親に出すとかじゃなくて?!」
「そうだ。マキナと一緒に飼っていた犬を見ると辛いから、子犬達を連れて行くって」
「ちぃちゃん、どうするの?」フェンスを攀じ登りながら茉莉が訊く。
「俺は…わかんない!もう判んないんだよ!マキナがどんな顔をしていたかも、殺された瞬間も思い出せない!好きだった仕草も、声も、匂いも、もう思い出せない…!」
黒塗りされた顔。ノイズが走る声。体全体を覆う靄。全部がマキナを隠していく。
「ったく。小鳥遊も困るんだよなぁ。自分が行けばいいのに」
翠蘭が近づくと見覚えのあるピン止めを千鶴に渡す。
「これは見覚えがあるんじゃない?」
「……マキナの、ヘアピンだ」
――「顔が解らなくても、この花のヘアピンがあれば私だと解りますよね」
彼女なりの、対策だった、千鶴との接触の仕方。
――「これからも、千鶴と過ごしていきたいので」
判ってる。無表情で、淡々と言うマキナの姿が、過っていく。瞼を閉じれば、声だって聞こえてきた。単調な声で、てきぱきと喋るのだ。
――「千鶴、今日は学校行けましたか?」
――「千鶴や茉莉と出会えて私はまたこの家に戻ってこれました」
――「生物を飼うのは初めてです。最期まで、責任をもって家族でいましょう。ね、千鶴」
目の前に、フラッシュが焚かれたような眩しさが襲う。
「だ、め…」
「ちぃちゃん…?」
俯いた千鶴を覗き込むと涙も、鼻水も垂れ流しで泣いていた。
「最期まで家族って、約束してたのに…俺は、自分のことばっかり…!ミスミとチビ達を、俺は見捨てようとして…!」
「帰ろう、千鶴。茉莉も。二人共、恵美さんが待ってる」
「は…っ、ふ」
顔が解らなくてもメールで繋がっていたと思っていた。顔文字で精一杯の感情を伝えてくれたヒト。顔が解るようになって、もっと素敵だと思った。表情筋が乏しくても、真顔でも、なんとなく感情が伝わってきたヒト。大好きなヒト。
「ごめん、ごめんね、マキナ!」
そこには、緋色の腕の中で泣き叫ぶ千鶴がいた。もう、死のうとする千鶴はいなかった。
「ちぃちゃん…私じゃだめだったのかな」
「そうじゃないよ」
翠蘭の言葉に耳を傾ける。
「私等が一歩遅ければあの坊やはお嬢ちゃんと一緒に死んでいたと思うよ。君は頑丈な体だから死ななかったと思うけど」
「うーん…ちぃちゃんは止めてほしかったのかな…」
「そう思うなら、今の友達の心境を受け止めてあげな」
「うん」
翠蘭はもう一つの花の付いたヘアピンを茉莉に渡す。
「これ、私が持っていていいの?」
「思い入れが無いならマキナのボスに返すけど」
「…形見、預かっておく。ねぇ、マキナちゃんはどうなるの?」
「マキナはうちと同盟を組んでいるテロ組織の一員なんだ。そこのボスが遺体を回収していったよ。本当は遺品も渡さないつもりだったんだけど…どうしても形見を必要としている人がいるって娘に言われて、私達が届けに来たって訳」
「娘?」
「小鳥遊靖枝。小鳥遊汐瑠の母親だよ」
「しおちゃんのお母さんってヤベェ人だったんだ」
「そう。これからタナトスが来るまでに、やることがあるんだ。協力するなら来な」
翠蘭はそれだけ言うと一人先に院内に戻っていく。茉莉は心配そうに千鶴を見つめた後、意を決したように翠蘭の後を追っていく。
『僕は、マキナがどんな顔をしていたのか、どんな残酷な光景なのか思い出したんです。ヘアピンのおかげで。ヘアピンのせいで。だけど、だから今も覚えている』
以下回想
マキナは決して弱くはなかった。ただ相手が悪すぎたのだ。
「千鶴、純、大丈夫ですか?!」
「来てくれたの、マキナ!」
俺は心の底からホッとした。一番信頼できる相手が助けに来てくれたのだ、心強い以外なにがある!
「録画機能付きのお人形ちゃんかよ。蒼志軍もこんな人形の力を頼るとか、かなりピンチなご様子で」
「こいつは蒼志軍じゃない」
「じゃあなんだ?お前の女か?」
タナトスは鼻で笑いながら泰斗の攻撃を避けていく。
「畜生!狙いが定まらない!マキナ、ちぃ坊達を連れて逃げろ!」
「貴方はどうするの?!」
「気にしなくていい!」
泰斗は気にするなって言ったのに。それをマキナは許さなかった。
「純を傷つけ、千鶴を悲しませた罪は重いです」
腕が湾曲し、鞭のように撓りタナトスへ攻撃する。
「俺はなぁ!」
そう叫ぶと、タナトスは腰に巻き付けていた苦無を泰斗に向かい投げつける。苦無は眼にもとまらぬ速さで泰斗の身体に刺さり、その勢いで壁にまで吹き飛ばされる。
「ぐはぁ!」
「女や子供を甚振るのが大好きなんだよぉ!」
鞭になったマキナの腕をタナトスは体全体で受け止めると、自分側へ引っ張り込む。あまりの力の差に、マキナは引きずられながら距離を縮めていく。
「千鶴、逃げて」
「マキナ!」
その瞬間だった。グローブに着いていた拳の飾りが熱し始める。そして
ドン!と地が鳴る。
最初、目の前で起きている光景が解らなかった。タナトスはマキナの顔面を殴ったのだ。殴られたら顔は陥没骨折か?違う。溶けていたのだ。顔は爛れ、溶け、面影すら残さなかった。顔と呼べるものではなかった。
「そんな、マキナ!」
「そこを動くな!」泰斗に怒鳴られ、千鶴は一瞬凄む。
「ふはははは、っくっくっく、はははははは!滑稽だなぁ!こんな人形、殺したところでまた代わりが来るのに心底心配しているって顔だ…どうだ、坊主。友達が死んだ感想は?」
悔しかった。言い返したかった。だけど、怖くて言い返せなかった。茉莉から貰ったネックレスを力強く握ることしか、出来なかった。
「ちぃちゃんから退け!」
茉莉が、肉切り包丁を持ち出し、突如現れた。その包丁はタナトスの右腕を簡単に切り落とした。
「ちぃちゃんを傷つける奴は殺す!」
「純くん!」
青ざめ、刹那が純を支える。
「何が起きているの…何があったのよ!」
刹那の叫び声だけが虚しく響く。
『これが地上で起きた事実』
以上回想
屋上で二人になった千鶴と緋色は、寝転がり、鬱蒼とした気分を馬鹿にするほどの青空を眺めていた。
「千鶴は、生きる価値がある」
「何それ」
「生きてほしい」
「…自分で死のうとすることは、もう無いよ。あのさ、ひとつ訊いてもいい?」
「なんだ?」
千鶴は俯くと、言い出しにくそうに話し始めた。
「もし俺が挫けて、死にたいって思ったら緋色さんに任せたいんだ」
「任せたい?」
「その…俺のお願いを聞いてくれればいいんだ。それだけで俺は救われるから。また立ち直れる、かもしれない」
震える声から伝わる。緊張していることが。緋色は、素直に頷いた。
「解った。千鶴を繋ぎとめられるなら、どんな願いも聞こう」
「ありがとう」
緋色の肩に、頭を摺り寄せる。まだ、本調子ではないようだ。それから暫くして千鶴は眠ってしまった。いくら起こしても起きないので、送っていく羽目になった。
茉莉が連れてこられた場所は、鬱蒼とした路地だった。そこに並ぶ民家の一つに案内される。ここが翠蘭の住処のようだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。あ…茉莉ちゃん」
「しおちゃん!しおちゃんも呼ばれてたの?」
出迎えたのは汐瑠だった。汐瑠は困ったように微笑する。
「ううん。居候」
「そうなんだ」
「汐瑠、泰斗達は?」
「着てるよ」
この家には昭和の匂いがどこかあった。生きた事の無い時代の香りを感じることに不思議を覚える。木目の暖かさとか、タイルの冷たさが、ビーズで作られた暖簾が真新しくて、新鮮になる。シェアハウスもまぁまぁ散らかっているが、こちらは生活感丸出しといった感じだった。
居間には、泰斗、暦、霜月がいた。三人は険しい顔付きはしていたが落ち込んでいる様子はない。もう既に始まっているのだ。茉莉の存在に気付いた泰斗が近づき、握手を求める。茉莉は泰斗を見た瞬間ピント来た。自分の国を守ってくれている惑星・ヴァルハラギグス出身の人物だと。流石の茉莉も、おずおずと手を伸ばし、握手をする。
まず、ヴァルハラギグスという惑星を説明しておこう。この広い宇宙を取り仕切る強大な力、発展、権力を持つ七つの惑星がある。これを七大連合惑星と呼ぶ。その中の一つがヴァルハラギグスだ。茉莉の故郷の惑星は、千年前からヴァルハラギグスにより統治されている。理由は戦闘民族がゆえに争い…つまり戦争の道具として利用、または吹っ掛けていたことが原因だ。統治されてからは徐々に牙が抜け落ち、現在では穏やかな民族として浸透している。しかし、茉莉を見れば判るが怪力といい、邪悪さは影を潜めているだけだ。
「あの、便底眼鏡の先輩ですよね…どうして蒼志軍なんかにいるんですか」
それが疑問だった。先進惑星の邪魔をしたいのだろうか。
「俺がいる理由?ヴァルハラギグスを変えたいからだよ。いつか内側から変える」
「はぁ」
正直、パッとしない。本当に出来ると思っているのだろうか。ピンこ来ない表情をしていても、泰斗は話を進める。
「北沢茉莉、俺は大井泰斗だ。俺等と緋色を合わせて五人で蒼志軍としてチームを組んでる」
「あー…神隠し事件の時に、しおちゃんから聞きました…」
「じゃあ、話が早いな。俺達は小鳥遊靖枝率いる解放軍とも手を組んでいる。その解放軍に所属していたマキナが殺された。敵を討つために、俺達は戦うし、純…東十条やスカベンジャーの民を助けるためにも戦う。協力してほしい」
「もちろんです。私は許さない。ちぃちゃんを悲しませたアイツを」
「そうか」
「内通者からは二日後に大勢で襲ってくるらしいよ。どうする、泰斗」
翠蘭が麦茶を三人分入れる。
「正直に言えば、MIBに協力を求めたい。スカベンジャーの民を一ヵ所に集めて守備を固くしたい。協力してくれるか知らんがな」
「私がめぐちゃんに直接聞いてみます」
「頼もしいな。蒼志軍も、解放軍も人数が多いわけじゃあない。人ではいくらでも欲しい。柚木達にも協力してほしいくらいに」
「それも聞きます」
頂いた麦茶を飲みながら、茉莉はぼんやりと考える。自分が声を掛けても、集まってくれるだろうか。神隠し事件の時は千鶴が助けを求めた。今回は、自分から戦いに協力するよう頼むのだ。そこが引っかかりだった。
(ちぃちゃんのため…)
服の上から、ネックレスを握りしめた。
夕方。茉莉が帰ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいま。めぐちゃん。あのね、これ」
茉莉が手渡してきたのはマキナが着けていたヘアピンだった。
「これ…どうして」
「翠蘭って人が持ってきてくれたの。マキナちゃん、何かあったらこのヘアピンだけはちぃちゃんと、親しい誰かにって言っていたんだって。だから、私が持っているよりめぐちゃんが持っていた方が正しいかなって」
ヘアピンをまじまじと見つめる。千鶴がすぐマキナだと解るようにつけ始めたピン。
「マキナ…!」
ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。
「大人でも泣くんだね」
「泣くよ、だって、生きているから」
手でごしごしと涙を拭う。
「しおちゃんのお母さん…解放軍の偉い人なんだってね。テロ集団って言われているみたいだけど」
「小鳥遊さんのことね…そうね。彼女が属するのは差別や迫害されている民族や人種を解放することが目的の集団だから」
「二日後にまたタナトスが来るって、内通者から連絡が来たみたい」
「本当に…?なんでそんなこと知っているの」
「翠蘭って人に着いてこいって。戦うなら来なって。だからついていったの。そしたらMIBが戦う意思があるなら、力を貸すって」
茉莉は服の上からお守り…夫婦宝石を握りしめる。
「私はちぃちゃんを悲しませた存在を許さない」
年下に励まされたことが、なんだか恥ずかしかった。こそばゆくて、恵美は両頬を叩く。
「MIBにその気が無くても、私は戦う」
「じゃあ決まり」
来る二日後に向け、地球側も対タナトスに備える。この話は茉莉から志摩、魚子。そして柚木と汐瑠にも渡った。四人は二つ返事で返した。
「純達スカベンジャーの民を苦しめるなら、俺は戦う」
「友達を守ることができるなら、私は戦います」
「ここで逃げたら他のスカベンジャーの民がどこかで苦しむことになる」
「私は…私に出来ることをする」
「ちぃちゃん。待っていてね」