GW神隠し事件・六
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神様がいるか怖かった。
いるなら、俺達をこんな惨い目に合わせたりしない。
地球に来た時、地球人用の名前をくれた東条さんに本音を零したことがあった。
「不安なら、都合のいい時だけ信じてみるのはどうですか?無宗教の私が言うとのなんですが」
「都合の良い時…」
「神様も仏さまも、悪魔も気まぐれなんです。だから、いつ手を差し伸べてくれるか解らない。さ、名前を決めてみました。妻からスカベンジャーの故郷は遥東の青い海にあると聞いたことがあるとかないとか…」
東十条純。
俺の新しい名前だった。
「おりゃあ!」
志摩が鉤で影を斬るといとも簡単に開放される。影は逃げるように暦の下へ素早く縮んでいく。
「大丈夫か、純」
「…あぁ」
「見たか、生徒会長!俺の故郷で唯一誇れる名産氷牙金属!」
氷牙金鉱…雪虎族が主に使う狩り道具。マンモス紛い相手に狩りをし、死に追いやる。地球人が正面から斬られれば即死。柔らかければ有利に働く。たとえそれが液体でも透明だとしても存在すれば裂く。欠点は対狩り、殺人に長けているため固ければ硬いほど切れ味は落ちる。
「相性悪…」
暦は舌打ちをすると、普段学校では見せない表情を覗かせる。
「ハハハ!相性最悪なうえに二VS一だぜ!会長は悪運が強いみてぇだな!」
「………ぇ」
思わず、声が零れた。てっきり、千鶴と合流するよう言われるのかと思っていたからだ。
「どった?」
「いや、別に…」
「言いたいこと言った方がいいぞ」
「…てっきり、」
俺が話そうとしたとき、暦の影が俺達を遮断する。
それにキレた志摩が影をまた裂くと、今度は手首下から飛び道具が暦に向かい発射される。
辛うじて避けるが暦の頬には痛そうな抉り痕が出来る。
「今純が話そうとしてただろ!貴重なんだぞコイツが言いたいこと言うの!三分でいいから黙っていろや!」
暦の視線は怒りも含まれているが呆れも滲んでいた。今、戦闘だっていうのに相手の話を訊こうとしているんだ。誰だって呆れる。
「ほら、早く」
期待に満ちた瞳が俺に刺さる。
「千鶴と北沢の所に行けって言われるのかと、思ったから」
北沢一人で、千鶴と従姉弟を守れるのか落ち着かない。いくら牙を抜かれた戦闘民族だと言われていても、誘拐された人達も気にしながら、敵が何人いるか解らない船内で戦うなんて無謀だと思った。
「行かなくていい。…ヴァルハラギグス出身の奴がいる」
目の前が真っ白になった。
ヴァルハラギグス。ずっと昔、遥昔、俺達民族をヒトして認めず迫害する理由を作った惑星。
「今北沢と合流しても、何されっか判らねぇぞ」
志摩の静止を無視して船内に戻ろうとすると手首を掴まれた。強い力で。
振り返り、睨むがコイツの眼は至って真剣だった。
「行かなくていい。北沢に任せろ。お前は俺と一緒に生徒会長殴るのが役目だ。だから、行くな」
どこに行ってもそうだった。
迫害に会い、仲間が虐殺される光景も飽きるほど目に焼き付けられた。
難民として受け入れた惑星でも独自の文化を築き上げてきた俺達は馴染もうとしないで、保護されていることに胡坐を掻いたりして、結果反感を買い人身売買されてきた。
捕まれば拷問。武器を作るために歯を抜かれる。
新天地で郷に従おうとしても己の文化を捨てるのかと惑星の住民から罵られた。
どこに行っても厄介扱い。
――『助けてくれてありがとう』
たった、その一言が嬉しかった。必要とされているみたいで。
あぁ、
そうか。
結局俺は駄目なままだ…。
「志摩。アイツを殴り終わったら蟻を十匹数えてくれ」
「は?!急に気分変わるなよ!もう少し説得する予定だったのに!」
志摩の手から離れ、俺は暦に向かい殴りかかる。
本来の姿にならないと戦闘には圧倒的不利だ。
また影が現れて飲み込もうとするが、志摩がカバーに入り、切り裂く。
形が違うから全然気づかなかった。
千鶴に頼られて嬉しかった。
でも、入学式のあの日。真っ先に声を掛けてきてくれたのは志摩だ。
――『お前も宇宙人だろ?よろしくな!』
それから何かと俺の隣に西河志摩はいた。コイツのせいで白雪先生に怒られ、魚子にも怒られた。怒られてばっかりだな、俺達。まぁ、志摩の行動のせいなのだけれども。
だけどいつも志摩は隣で笑ってくれていた。楽しそうに。
――『大人になったらこのアホみてぇな時間が財産になったりすんのかなぁ』
何言ってるかさっぱりだった。
今ならわかるかも。
これって友達だって己惚れて良いのか?
快晴なのに雷鳴と強風が吹き荒れる。
龍のような、百足のような姿を現す。白樺のような皮膚。鋭利な牙の間からは電気が発生し、雷を落とす。長く大きな尾を振るえば風が舞い飛ばされそうになる。
青い瞳。項からは鮮やかなオレンジ色の花弁が噴射されていく。
これが忌み嫌われるもう一つの理由。
木のような姿で無意味に花弁を放出し姿、雷と風を生む気色悪い生体。
スカベンジャーの民。
純が雷を落とすたびに暦は影を現し吸収する。しかし強風で体が浮きそうになる。踏ん張らないとスカベンジャーの領域に連れていかれ圧倒的に不利になる。
ただでさえ呼吸が合っているのか判らない、無暗矢鱈、出鱈目に動き回る志摩の攻撃を避けるのに手古摺っているのに。
雪虎族は身体能力が高く素早い。脚力より、腕力の方が強いのも特徴だ。志摩は鉤を宇宙船に引っ掛け、純が繰り出す風に乗り暦に攻撃を仕掛けてくる。
正面から志摩が来るなら、頭上からは純の雷が。
志摩が高く跳び上がると、純の尾を足場にし、特攻を仕掛ける。
「おらあああぁ!」
影を出したところで無効。
その時だ。
足元に電流が走り感電した。
「っっっっ――――――?!」
暦の意識がぶっ飛んだ。
「今だ!歯食いしばれや!」
志摩は、手の甲で暦の頬を殴打した。弾き飛ばされ、足場に叩きつけられ跳ねる。そこに追い打ちをかけるように人間の姿に戻った純が胸骨付近にグーパンをブチ込んだ。
「最悪だ…殴られて意識戻すとか…」
暦が呻き声を上げながら重苦しいそうに瞼を開ける。
「一抜けた」
そう言うと、暦は影の中に逃げ姿を消した。
「一抜けって、んな簡単に仲間見捨てて逃げて良いのかよ…」
「…そういう連中なんだろう」
残された二人は、少しの間無言になる。
最初に言葉を切り出したのは志摩の方。
「なんかさ。純の一族が嫌われる理由解った気がする。俺の故郷でもあんな生物いなかったもんよ」
「だろうな」
「話には聞いていたけど、実際見るとビビるわ。ま、それだけ」
「それだけ?」
「おぉ。嫌われてる理由の一つが解ったってだけ」
「……はぁ」
あっけらかんという志摩の意図が理解できなかった。
「ハハ!んな気難しそうな面で見るなって!純のこと知れて嬉しいってことなんだから!これから悪口言われたら、俺が言い返してやんよ」
ますます判らなくなった。
志摩はただ嬉しそうにニコニコしながら肩を組んでくる。正直迷惑だが、今は気分が良いので許す。
「…じゃあ、俺からもいいか」
「ッ!なんだ?!」
純は志摩の眼をジーッと見つめた後、一言。
「お前、夜中の二時に大声で歌うのやめろ」
「え…聴こえてるの?もしかして」
実はこの二人、同じアパートに住んでいる。部屋もお隣同士。志摩が夜中に大声で歌うのは、同アパート内では有名な話だった。
「ちぃちゃんを傷つけたのは、アイツだよ!」
茉莉ちゃんが教えてくれた相手は、瞳の色だけは綺麗な男だった。
人を殴るとか、危害を加えることなんて怖くて嫌いだった。でも、どうしても腹が立った時は頭の中でたくさん相手がトラックに轢かれ潰される様を思い浮かべては耽っていた。
特に千鶴の両親は何度トラックに轢かれたか解らない。
だけど今はちゃんと自分の力で殴りたい。
私が収納されていたカプセルの硝子破片を睨み続けると、カタカタと動き始める。
――今だ
そう脳が命令する。
「人の従弟に何してくれてんのよ、このタコ!」
硝子破片はオッドアイの男目掛け放たれる。
「うぉ?!」
オッドアイが驚いて一歩下がると、この触手を出している奴が守るように肉みたいな壁を奴の前に造り、硝子片は触手に刺さり食い込んだ。
私は歯を食いしばり、締め付けている触手を睨む。噛み千切るのを意識して、ギリギリと歯に力を入れるとブチンと触手が捻じれ切れた。触手からは赤黒い体液がブシュっと溢れ出る。
「ッチ」
触手野郎が舌打ちをする。
「大丈夫、千鶴、茉莉ちゃん!」
「せ、刹那こそ大丈夫…?なんか、なんか、」
アワアワしている千鶴を置いて、茉莉ちゃんが話を進める。
「せっちゃん。今あの人たちを止めないとここに捕まっている人達、皆宇宙人に攫われて実験体にされちゃうの!今のせっちゃんなら、私の言ってる意味わかるよね?」
わかる。
解るも何も、イースター祭で会った時の彼女と髪の色も、目の色も違うのだ。なんだったら、茉莉ちゃんが地球人でないことも解る。
「早い話、アイツ等をどうにかすればいいってことね」
「うん!私は触手をどうにかするから、せっちゃんはオッドアイのヒトの方お願い!」
「オーケー」
脳味噌が勝手に教えてくれる。力の使い方を。
サイドテールに使っていたゴムを指鉄砲に引っ掛ける。
(飛べ、飛べ。脳震盪起こせるくらい、速度で撃て!)
オッドアイに向かって、弾くとゴムは奴のおでこに直撃し損ねる。オッドアイは寸でのところで仰け反り倒れこんでいた。
「っぶねー!髪ゴムで死ぬとか情けなさ過ぎて嫌なんだけど!」
「ッチ」
私は残りの一つをまた指に引っ掛ける。
(今度は心臓。衝撃で心臓が止まれ、止まるように、そんな速度で…!)
外さない!
一球入魂。この時の私は本当にアイツを殺そうとしていた。なんの躊躇いもなく。
罪悪感なんて無かった。
悪を断罪するのは、正しいって。本気で。
弾かれた髪ゴムは泰斗に命中した。
「ッカハァ!…ッ!ゲホゲホ!」
相当な痛みを受けたはずだ。しゃがみ込み、胸を叩き呼吸が可笑しくなり、酸素を無理矢理取り込もうとしていた。
(あともう一発当てれば足止めできる!)
落ちていた硝子片に念を込め、コインをはじく様に、硝子片を飛ばす。
(刺され、刺され、刺され!)
どこでもいい。刺さって。動けなくなれ。
「ッはぁ!甘いぜ、嬢ちゃん!」
泰斗が指を鳴らすと、指先周りに小さな光の粒が出現する。そのまま指鉄砲の形で私に向ける。
「バン」
撃つフリをすると、あの光の粒は弾丸のように私に命中していく。
「キャー!」
「刹那!」千鶴が叫ぶ。
体よりも脳が勝手に動く。意識していないのに、身体を守るように念が自分を覆っていた。直接当たっていなくても、当たっていたであろう個所がヒリヒリして痛い。
(今の…直に当たっていたら、私の体貫通してた…)
痛む場所は左胸にもある。それは、つまり――
「三世代かけて作り上げた実験体は上々だな。なぁ、嬢ちゃん。嬢ちゃんは、感情や心は脳にあると思う?それとも心臓?」
「急に何…?」
「だって、見てりゃ判るだろう。体より先に、脳が自分を守ろうと指示を出し、嬢ちゃんが認識する前に身体が勝手に反応して念力を出していた。今のを見たら脳が心や感情の有りかだろう。でも俺が見てきた奴等は大体胸元に手を当てて感情的になっていた。だから心とは、魂とはどこにあるのか」
「今、その話必要…?」
恐る恐る尋ねる。
さっきの攻撃で心臓の鼓動が五月蠅く鳴る。止まらない。脳からアドレナリンが出ている感じが絵に描かれているように判る。
「必要だね。俺はその‘心’を食べたいんだ」
「…カニバリズムってこと?!」
あっけらかんと、哲学的な話から猟奇的な話になったところで刹那の緊張の糸が切れた。ヤバい奴には変わらないけれど、力んでいた体は力が抜ける。
「千鶴!私の携帯持ってる?!」
「う、うん!」
千鶴はポケットから刹那の携帯を投げ渡す。
キャッチした刹那は、ストラップを引きちぎり、携帯を逆パッキンし真っ二つにする。
これには千鶴も絶句した。
「アンタが気絶するような一撃、絶対に食らわせてやるんだから」
「やってみ?撃ち落としてやる」
刹那は折った携帯を投げつけると念動力で操り泰斗にぶつけようと加速させていく。
撃ち落とそうと、泰斗の指先からは光の粒が生産され携帯に衝突するが弾かれる。どうやら、刹那は先程自身が撃たれた際に脳が働いた防衛本能をすでに理解し伝達させていた。
携帯は撃ち落とされることなく、光の粒を弾きながら泰斗を殴打するために動き回る。
心配で、刹那から目が離せない千鶴は違和感を覚え始める。刹那の攻撃の手が緩んできているのだ。
(疲れてる…?)
ふと、千鶴の視界に映る。
「刹那、鼻血!」
「へ…」
念動力に夢中で気づかなかったのか、鼻血を出していた。そして刹那は思わず鼻に手を当ててしまう。
「隙あり!」
泰斗が指をかざし、指先に星が煌めき始めた時だった。
ガツン!と目にもとまらぬ速さのストラップが泰斗の額を殴打する。じゃらじゃら付いているストラップの中にあったアクリル製のキーホルダーが止めとなり、額から一筋の血が流れ、白目を向く。
「ッガ…!」
泰斗が気絶して倒れるのを見届けると、刹那は肩で息をして大声を上げた。
「刹那、大丈夫?!すごかったよ、かっこよかったよ!怪我はない?!」
「千鶴、私、今脳みそが沸騰しそう…」
ハイになった刹那は恍惚としていたが、鼻血がダバダバと溢れ出る。
「うわぁああ!」
千鶴は慌ててハンカチを鼻に当てた。
茉莉の+(プラス)模様の瞳孔が-(マイナス)模様に変化する。
緋色が触手を無造作に暴れさせ出鱈目な攻撃方法を取るが、茉莉に激しく当たってもビクともせず、寧ろ素手で一本の触手を捉える。逃がさないように、爪を食い込ませ握力任せに指を中に押し込んでいく。
緋色は痛みからか顔を歪ませた。触手にも痛覚が通っているようだ。
掴んだ触手を引っ張り、茉莉は緋色を床に思いっきり叩きつけた。ドゴン!と音を立て床は凹んでいた。
ゲホゲホと咳き込む緋色が尖った触手を茉莉に向け反撃し、体に数本の触手が刺さるが顔直前の触手を素手で止めていた。
茉莉は目の前でピクピクと動く触手を見てニコリと笑った。
「わかっちゃった。わかっちゃった。お前の正体わかっちゃった」
歌うように、ご機嫌になると茉莉の体が溶けて床に染み込んでいく。
「どこから来る…?」
「ひい、ろ…下」
気絶していた泰斗がうわごとを呟く。その直後、茉莉はあのゼリーみたいな本来の姿で出現し、緋色の後頭部を殴打し、馬乗りになりそのまま頭部を殴り続ける。緋色は防衛のためか、それともダメージを負っているせいなのか肉の塊になっていく。
殴るたびにグチョグチョと水音が交じり、肉から滲み出ている体液なのか、血液なのか判別がつかなくなっていく。
先に決着を着けた千鶴と刹那は、呆気にとられ、茉莉を茫然と見ることしかできなかった。
だって、ヒトを殴るのをあんなに楽しそうにする子がいるなんて知らなかった。おもちゃで遊ぶように。
「千鶴、こんな時に変な事言うけどさ…茉莉ちゃん、虫とか毟って遊んでないよね…?」
「なんで今そんなこと訊くの?!」
「だって、聞くじゃない…子供が虫を殺すのは、遊んでたら死んじゃったとか、好奇心で潰したとか。悪気なんかまったくなくて、罪悪感も無い…今の茉莉ちゃん、幼い子供そのものみたいだよ!」
その言葉が怖くなり、千鶴は焦りだす。急に友達が怖くなって、ヒトに見えなくて。宇宙人で、地球人と感覚が違うと思い知らされる。
「まつり、やめよ…茉莉!」
竦んでいた足に一発パンチを入れ、気合で走り出す。殴り続ける茉莉の腕にエルボを食らう覚悟でしがみついた。
「ちぃちゃん?どったの?」
「茉莉…俺達は、刹那達を助けに来たんだよ。この人達を殺しに来たわけじゃない…」
「うん。そうだったね。知ってるよ!」
無邪気に、正しいことをした、褒めてと訴えるような笑顔を向ける。
「それに、霜月先輩がどこにいるかも、問いたださなきゃ…助けなきゃ」
「そうだ!おい、霜月先輩をどこにやった!」
茉莉は緋色の胸倉を掴み問い質す。
肉の塊になっていた顔が徐々に人間の顔に戻っていく。
「……扉の向こうに、拷問室がある。そこに監禁している。監禁しているだけで、精神的にも、身体的にも酷いことはしていない」
その言葉を聞いて、全身の力が抜けた。
「よかった…」
もう、茫然としか出来ない。
しかし、一難去ってまた一難。今度は刹那の方だ。
普段声なんか荒げない刹那が、泰斗の胸倉と前髪を鷲掴みにして恫喝していた。
「いい!耳をかっぽじってよーく聞きて絶対に従いなさい!アンタには慰謝料一千万円要求するわ!その一千万円の支払いが終わらない限り、アンタは千鶴をずっと守るの!それが約束出来ないんなら、この宇宙船事爆破させて全員道連れにしてやるんだからね!」
「なんで俺が目話した隙にそんなことになってんの?!」
待ってくれ。話に全くついていけない。
念動力が使えるようになってハイになっているのか?それとも血迷ったのか?
「せ、刹那!どういう交渉してんだよ!そんな要求、こいつ等に通用なんかしないよ」
「千鶴は黙ってて!どうなの、大井泰斗さん」
琥珀色の瞳をした刹那と、オッドアイの泰斗。お互いの瞳がお互いを移す。
「…わかったから、道連れはやめろ」
泰斗が降参のポーズを取ると、刹那はゆっくりと手を放した。
そして最後に「約束破ったら、皆と心中しましょうね」と囁いた。
「ちぃちゃん、早く助けに行こう」
「う、うん。刹那、行こ!」
「今行く!」
もう、元の黒茶色の瞳に戻り、普段通りの刹那だった。人格変わりすぎだろう。潜んでいた性格なのか、それとも覚醒した性格なのか。…真相はずっと闇の中でいいや。
扉の向こうへ行くと、広間とは違い、SF映画の宇宙船に出てきそうな、まさしくそれっぽいシンプルで清潔な艦内になっていた。
「…霜月先輩?」
拷問室ってどこだよ。一本道のような長い廊下に、いくつも部屋が並んでいる。
「せっちゃんの念力で居場所とか解らないの?」
「うん…残念だけど、私に出来るのは物を動かすことだけみたい」
「そっか。しらみ潰しに探していこうか」
茉莉が小窓も付いていないドアの一つずつ、丁寧にノックをして名前を呼びながら霜月がいるか確認していく。
「あれじゃあ時間かかるよね…わかった。ドアを全部壊しちゃおうよ。そうすればその先輩が出てきてくれるかもしれない」
「敵がいたらどうするんだよ…」
案外刹那って脳筋だったりするのかな。
ふわり、と絹のような、やさしいなにかが頬を撫でる。あの時と同じ感覚。
――そこから進んで左側六番目にある扉
「先輩…?」
呼ばれるまま左側、六番目の扉の前に立つ。二人も追ってきて、扉を眺める。
「ここなの?」
「多分…」
「じゃ、私が開けるね。二人共下がってて」
茉莉に言われた通り、俺と刹那は数歩下がる。思い切り扉に蹴りを入れると、への字になり扉は部屋の中へ吹っ飛んでいく。ガシャンガラガラと明らかに室内まで影響が及んだ音がした。
「茉莉!先輩に何かあったらどうすんだよ!」
「力加減間違えちゃった…」
失敬、と謝る。
「お、俺なら大丈夫だよぉ…」
明らかに上ずった声が奥から聞こえる。
霜月先輩だ。
俺達の会話が聞こえてきたのか、壁に張り付き、無事だった。
「霜月先輩!大丈夫ですか?!怪我は?!」
慌てて駆け寄り、無事を確認する。少し元気は無さそうだけど、緋色が言っていた通り、身体に怪我は無いようだ。
「俺は大丈夫だよ。ちょっとヘマして、怒られてここで頭冷やせって言われていただけだから」
「…あの、先輩は。ゴールデンウィーク初日に、この宇宙船で俺に会いましたか?」
「会ったよ」
霜月は少し困ったように笑う。
「先輩は…大井泰斗の仲間、なんですか?」
「…うん、そうだよ」
「っ、じゃあ」
思わず、服の裾を握りしめた。次の質問をするのが怖かった。だって、もし「そうだよ」と言われたら…俺のせいだ。
「でも、千鶴が従姉弟を助けたいっていうお願いを聞き入れたのは俺の判断。本当だったら無視だってできたんだ。でもさ、花緒が悲しむのはいやじゃん?アイツ、後輩の事、大事に想っているからさ。だから、感謝するなら花緒にして。それにしても千鶴の従姉弟が捕獲対象だったとは大誤算だったなぁ。それがなきゃ俺、怒られずに済んだのに」
霜月は悪戯が失敗したみたいに笑う。
ずるい、と思った。
俺が責任感じないようにあんな風に言っていたけれど。淡い夢の記憶が蘇る。
あの時の先輩は、誰かのためじゃなくて、俺のために心配してくれていた…と思う。夢みたいな記憶だから、補正が入っているかもしれないけれど。
広間から志摩の大声が聞こえてくる。
「誰よ、叫んでるの。もしかして茉莉ちゃんの他にも誰か来てるの?」
「うん。学校の…友達…みたいな、ヒト達」
「みたいな?」と刹那が眉を顰める。
ここで手を叩く音が俺達の会話を止める。
「ほら、広間に戻りな。友達が迎えに来たんだろ?それに、他の奴等も到着したみたいだし。俺達もやらなきゃいけないことがある。一旦お別れ。休み明けに学校でまた会おうな」
霜月に背中を押され、俺達は追い返された。
振り向くと、霜月は笑顔で手を振っていた。そして戻る途中、泰斗と緋色とすれ違う。
「お前等のお陰でかなり計画が狂わされたわ」
「…知るか」
すれ違いざまに嫌味を言われたが、言い返せた。のか?
(緊張したぁ…!でも、知るかって言ってやったぞ)
心臓がバクバクと五月蠅い。
広間に戻ると、志摩と純が捕まっている人達をどうするか相談していた。
「お、無事だったか!」
志摩が嬉しそうに抱き着いてきた。
「イッ?!タァアアアアアア!離れろ、俺は腕が折れているかもしれないんだ…」
「んだよ、早く言えよ」
「今会ったばっかりじゃん…」
俺は腕を摩りながら痛みが引くのを待つ。
一応、大井泰斗率いる蒼志軍には勝つ…ことは出来た。向こうが本気を出していたのかは微妙なところだ。俺が刹那を捜している時も手加減されていた。
泰斗も刹那に対してもどこか遊んでいるようにも見えた。
それに「計画が狂った」という台詞。
「ちぃちゃん、オッドアイのヒト達が何か仕出かす前になんとかしよ」
「う、うん」
さて。ここからどうするかが問題だった。これだけの大人数をどう運んで逃げるか。まさか荒川に一個ずつ投げ入れていくなんて無謀なことは出来ない。やったとしても時間が足りない。
「あ、さっき霜月先輩、他の人も来たとか言ってた…」
「魚子達か?」
「違う!マキナさんと奈月先輩達だ!」
茉莉は出入口から外を指望遠鏡で見ている。
「マキナ!」
こちらに向かい走って来るマキナに思わず叫ぶと、声が僅かに聞こえたのかこちらを見上げた。マキナの他に奈月先輩と朝陽さんが来ている。
「で、あっちには黒塗りの車からめぐちゃんと東雲さんが鬼みたいな顔でこっち見てる」
思わず、刹那と顔を見合わせた。志摩も純を見て肩を竦ませた。
俺は、俺達は助かったと安堵する場面なのに。どうしてか一難去ってまた一難。まだ一件落着とはいかないようだった。