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魔法特訓・Ⅰ

俺は神父に連れられ、他の子供たちが遊んでいる教会の正面から離れ、建物を挟んだ教会の裏庭にやってきた。


 「さて...ノエル君。この前の授業ではみんなと一緒に水滴を作る練習をしたけど、どうやったか覚えているかな?」


 「はい、神父。えっと…目をつぶって、水滴を頭のなかに思い浮かべて、そして…」


 「身体中から手のひらにいっぺんに力を込めるよう強く念じる…出来るかな?ノエル君。」


 以前の授業で教わったことを思い出しながら、俺は右手を目の前に突き出し、その肘に左手を添え目を瞑る。


 魔法にはまずイメージが重要だ。この手に呼び起こしたい事象を、頭の中に鮮明に思い描く必要がある。

 水滴を生み出すために、俺はしたたる水を頭の中に思い浮かべる。

 一口に水滴、「したたる水」といっても様々な情景が連想できるから、人それぞれ思い浮かべる者は異なるだろう。曇天の空から無造作に落ちてくる雨粒や、台所の水道からぽつぽつ垂れる無機質な水道水。色々考えられるが、俺は暖かい春の季節を迎え、氷柱(つらら)から垂れ落ちる冷たい雪解け水を想起した。


 ...一つの魔法にわざわざここまで考えをめぐらす必要があるのかは分からないが、こうして情景を深く思い浮かべるほうが魔法が自然に出やすくなる、気がする。

 それに、最初のうちは丁寧に取り組んでいくのも大切だろう。前世界の勉強だって、特に数学なんかは基礎を疎かにすれば、応用問題、融合問題などにぶつかったとき途端に太刀打ちうできなくなった。それは魔法にも通じることかもしれない。

 勉強で失敗した前世と同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。



 十分にイメージを膨らませたら、体全体から「生命力」を呼び起こし、模倣を呼び起こす作用点となる手のひら一点にそれを集中させる。

 このとき俺は前世界では明らかに感じなかった「力」を感じる。カロリーの単位では測れないような、俺の知らないエネルギーの類。これこそが「魔力」なのだろうか。


 その「魔力」を体中の血管から手のひら一点に運び集める。

 ...気力十分、遂にそのときが来る。


 「...さあ、準備はいいかい?ノエル君。それじゃ、いっしょに詠唱しようか。」


 神父が小さな俺の肩に腕を回し、突き出した腕に優しく手を添える。

 こうされると、神父が魔法を手伝ってくれるような気がして、一人じゃないんだって気がして、根拠のない「俺でもできるんだって」自信が湧く。


 『水よ出でよ(ウォーター)!!』


 溢れんばかりに溜まっていた魔力を開放する。

 瞬間、目を開くと、手のひらがまぶしい光に包まれていた。

 満ち満ちていた魔力が一気に手のひらから抜け出し、その物理法則を無視した力によって新たに物質が生成される。



 そして、開かれた右手の数センチ先に小さな水滴が生成され、コンマ数秒空中に浮いた後、ぽつりと重力に従って自由落下し地面に衝突して、そのまま吸収された。



 「素晴らしいよ、ノエル君。普通の子はまだ魔法は使えないからね。流石、彼女の子だ...」



 ...手のひらが、少し冷たかった。

 これも、イメージの影響だろうか。


 魔法を使った後はドッと疲れに襲われる。魔力の欠如による精神的疲労なのだろうか。


 「疲れたかい、ノエル君。そうだろうね。最初のうちは体がなれていないからね。でも、じきになれるものだ。それもノエル君なら、きっと、すぐにね。」




 魔法を使かったことによる疲れから、俺は眠りこけてしまった。まどろみの中、定期的に体がゆさゆさとゆすぶられるのを感じた。その振動の暖かさから、俺はシエラにおぶられながら、教会からの我が家への帰路に着いているのだということが分かった。


 子どもとはいえ、もう俺は五歳だ。背中におぶられて帰るのも久しぶりだし、何よりシエラも大きくなった俺の重さを無理しながら歩いているかもしれない。


 考えているうちに目が冴え、もぞもぞと体を動かしていると、シエラも俺の目覚めに気づいたのか声をかけてきた。


 「…あら、ノエル。もう起きちゃったの?疲れているなら、もっと寝ててもいいのよ。それとも、お母さんのおんぶが嫌だったかしら?」


 「…ありがとう、お母さん。でもぼく、もう元気になっちゃった!だから、歩いて帰る!」


 五歳児らしく元気に返事をし、俺はシエラの背中から降り手を繋いで家に帰ることにした。


 「神父様からお聞きしたわ。今日も魔法の練習をしたんでしょ?すごいわ、ノエル!もう魔法が使えるんですってね!」


 とても嬉しそうにシエラは俺に話しかける。もっとも、例えば自分の子が他人(ひと)の子より頭が良かったりすれば殆どの親は喜ぶだろう。私の子どもは天才かもしれない、という期待を抱くかもしれない。


 …前世界の俺の親も、そうだったな。


 また、魔法の才能についてはまだよく分からないが、ただ俺の精神年齢が高いから習得が早いだけなのだと思う。

 それに、才能があるだの何だのといって(おご)り高ぶるのは良くない。たとえそれが事実で俺に魔法の才能があるのだとしても、その(おご)りは成長の枷となり得る。


 謙虚に、着実に成長していこう。


 家に着いたら夕食だ。その準備の間もシエラは上機嫌で、夕食もいつもより気持ち豪華な感じがした。


 シエラとの食事はとても楽しいが、いつもなにか足りない気がする。

 そしてその感情は父親の不在から来るものだということに、俺はとっくに気付いている。


 俺はまだ、俺の父親の詳しい事情を知らない。ただ事実として、この五年間俺は父親に会っていないし、声を聞いたこともない。


 …聞いてみるか。


 今日のシエラは上機嫌だし、気を損ねないことも期待して、何となくそう思った。

 それに、俺はまだ五歳の子供だが自分の出自については知る権利はあるし、知るべきだとも思う。


 「…ねぇ、お母さん。教会にいるね、他の子にはお母さんとお父さんがいるんだ。でもぼく、ぼくのお父さんを見たことないよ。ぼくのお父さんはどこにいるの?」


 そう聞いた瞬間、シエラの顔からは柔らかな笑みは消え去り、表情筋が凍りついた様に、ぴくりとも顔を動かさなくなった。


 直接的に、聞きすぎたか?もう少しオブラートに包んで、いやでも子どもは無邪気なものだしなにも自覚せずズバズバものをいうものだし別に間違ってはないはずだから、いやでも…


 「ノエル」


 食器が床に落ちるのも気にせず、シエラは俺を胸に抱き寄せた。

 

 目に涙をうっすら滲ませていた。


 「あなたの、あなたのお父さんはね。もう、この世にいないのよ…」


 ごめんね、ごめんね、とシエラは泣きながら、しかし泣く子を(なだ)めるかのように俺を優しく抱き、頭を暖かく撫でた。


 この暖かさ、この世界に生まれてシエラから、俺のお母さんから最初に感じたものと同じだ。


 そんなシエラの姿に、なぜか俺も泣いてしまった。








 心の底で、俺は違和感を感じた。

 命の誕生のよろこびを迎える暖かさの中にある、一抹の冷たさを。

 はたしてそれは五年前からそうだったのだろうか。

 

 シエラにつられたのではなく、小さな冷たさから来る途轍もない恐怖に、どうも俺は泣いているようだ。

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