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70 消せない過去

休みなく昨日歩いた道を歩く。繋いだ手をどちらも離すことなく、無言であるのにどこか空気は穏やかであった。レイルの背中を見て歩きながらイザベラは何とも言えない気持ちを抱く。


(過ぎてみるとあっという間だったわ…もうレイルと会うことはないんだと思うとなんだか寂しいな。あ、でももし花の都市に出て彼らがエルフに対して攻撃的だったりした場合は私が仲介役として…いやその前にリアムたちを探す方が先よね何考えてんだか)


変に余裕があるせいか先程からイザベラの頭はあれこれと考えてしまい、その度に顔を赤くしたり青くしたりと忙しなかった。ありがたいことにレイルはイザベラの方をちらりとも見ないので、どんな表情をしていても問題がない。

そんなレイルがぴたりと足を止めたため、イザベラも同じように足を止めた。周囲を見渡すとそこは昨日エルフの少年と戦った場所であった。

今は何もない広々とした空間がただ広がっている。


(私が…彼を、殺した…)


今までだってモンスターの命を奪ったことはある。それが決していいことではないということは理解していたが、今回のモンスターは如何せん意志が通じたのだ。今まで戦ってきた相手とは全く状況が違う。

ここはゲームの世界なんだと自分に必死に言い聞かせても、どうすることもできない感情がイザベラの内を渦巻いていた。


(どうしてレイルは足を止めたのかしら?)


本人に尋ねようと一歩足を踏み出したところでレイルが振り返ったため、ぶつかりそうになり慌てて顔を上げる。レイルの驚いたような瞳と視線が交わった。


「あっ、ご、ごめんなさい」

「いや、こちらこそ…」

「どうかしたの?」

「……改めてお前に伝えておこうと思って。郷の危機を救ってくれてありがとう。感謝している」

「そんな…私が来なければこんなこと起こらなかったかもしれないし」

「そうかもしれない。が…それは今ではなかっただけで、遅かれ早かれ起こりうることだったかもしれない。起こってしまった過去は変えられない。俺たちが出来るのはより良い未来を築くことだけだ」

「……そうね」

「俺はこの郷の長だ。この郷を支えていく立場で、この郷の者を守る責務がある。だがお前には勿論そんな責任はない。むしろ客人であるにも関わらず、巻き込む形になってしまったな」


(ああ、そうか…)


イザベラはここでようやくレイルが何を言いたいのかを理解した。レイルはイザベラがエルフの亡霊を殺めたことを気にしているのを分かっており、その正当性を説いてくれようとしているのだろう。

少しでもイザベラの重荷が減るように。


(私がもしやっていなければ、レイルがやっていたかもしれない。もしかしたら全滅していたかもしれない。例えやり直せると知っていたとしても、このレイルが死んでしまうのは変わりない。私の選択は間違ってなかった)


一度俯き強く深呼吸してから再び顔を上げてレイルに笑顔を向けた。


「ありがとうレイル。あなたも子供たちも無事で本当に良かったわ」


吹っ切れたイザベラの笑顔を見て、レイルも心情を察したらしい。ふっと穏やかな笑みを見せて頷きを返す。


「ああ、お前も無事で本当に良かった。ここを抜ければ花の都市に出る、行こう」

「ええ」


再び差し出された手を、今度はイザベラは自らの意思で取った。

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