69 別れの日
二人が郷に戻ると、住人たちが皆駆け寄ってきた。どうやらイザベラの使った魔法が天候を変えるほどの威力があったため、森の中で何事かが起こったことを皆察して心配していたらしい。
レイルが疲れ切っているだろうに、集まった人々に対して森での出来事を説明してくれた。
皆初めは子供たちが無事であったことに頭がいっぱいで、話を聞くどころではなかったが、落ち着いてくるにつれ、少し気まずそうにしてから、次々にイザベラへと謝罪を述べた。
「別にいいのよ。私の方こそたくさん良くして頂いてようやく役に立てて嬉しいわ」
イザベラが困惑しつつ答えると、さらに罪悪感を煽られてしまったようで、次第にはイザベラを褒めちぎりレイルの嫁に!という声が後を絶たなかった。
それをレイルと二人で何とか振り切り、翌日郷を出ることを皆に告げてから急いで与えられた自室へと逃げ込む。
住人たちも宴でもして盛大に見送りたいと言っていたが、弱りきった子供たちを介抱することが先だという意見が一致したおかげで、イザベラは最後の夜を実にゆっくりと過ごすことができたのであった。
翌朝、旅の支度を整えたイザベラが森の入り口に向かうとそこには既にレイルの姿があった。
イザベラがやってきたことに気付き、顔を上げたが絵画のように美しい。思わずどきりとイザベラの胸が鳴った。今まで全くそれどころじゃなかったためなるべく意識しないように心掛けてきたが、本当に美しい青年なのだ。年はかなり上であるが。
「レイル…昨日の今日でありがとう」
「こちらこそ。郷の問題に手を貸してくれてありがとう」
二人で互いにお礼を言い合い微笑み合う。レイルとは短い付き合いだったが、最初に比べて随分と打ち解けあったように思う。彼の人間嫌いが少しは緩和されてくれるといいのだが。
もちろん人間にはいい人だっていれば悪い人がいる。別に全員を愛せというわけではないのだ、だが人間の中にはエルフたちと交流を築くことのできる者がいるということを知るきっかけになればいいと思っていた。
二人が肩を並べて森の中へと歩き出そうとした時、背後から二人を呼ぶ声がした。
驚いて振り返ると、昨日助けた子供たちが笑顔で駆けてくるではないか。
その背後には大人たちの姿もあった。どうやら皆で見送りに来てくれたらしい。
「イザベラ!本当に行ってしまうのね!」
「レイルさま、お姉ちゃん助けてくれてありがとう!」
「行っちゃヤダ!!」
「寂しくなるわ。イザベラさんのご飯好きだったのに」
「人間もいいものだよな」
口々に喋るものだから、イザベラが口を挟む隙もない。子供たちの頭を撫でながらイザベラが肩を竦めた。
「ありがとう皆。本当にお世話になりました。ここで暮らした日々のことは忘れないわ」
少ししんみりとした空気になってしまう。
別れの雰囲気はどうも苦手だ。困ったようにレイルを見ると、思いがけず優しい笑みを浮かべたレイルと目があった。
「俺はお前がここでずっと暮らせばいいと思っているがな」
「レイル!?」
なんという裏切りだ。ぎょっとイザベラが目を瞠り慌てて名前を呼ぶと、住人たちは楽しげに囃し立てる。
「そうだ!レイルさまと結婚してここで暮らせばいい!」
「本当!お似合いの二人ですものね」
「ちょ、待って!私にはやるべきことが…っ」
「ははっ、冗談だ。半分はな」
レイルは自ら皆を焚き付けておいて住人たちを宥めるとイザベラの手をぐいと引いて森に足を向けた。
「では行ってくる。留守は頼んだぞ」
「はい、行ってらっしゃい」
「イザベラさんもまた来てね!いつでも歓迎するよ!」
「あ、ありがとう!またね!」
イザベラは急に手を引かれ慌てつつも、引かれるまま足を進めて住人たちを振り返り彼らの姿が見えなくなるまで手を振っていた。




