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59 事件の匂い

その日、イザベラはレイルの勤務先らしい家にまで料理の配達に訪れていた。

家の中には複数人の仕事をしている気配が感じられた。

イザベラが持ってきた料理は5人前であるから、おそらく中には5人のエルフがいるのだろう。

丁度休憩中なのか、外からでも話し声が聞こえる。

イザベラは聞くともなしにその話し声を聞いてしまった。


「レイル様、イザベラさんってほんと働き者ですよね。それに人間なのにとても美しいです!」

「そうだな」

「郷の者たちは皆、レイル様とイザベラさんが結婚なされたらいいのにって言ってるんですよ!」

「……は?」

「確かにとてもお似合いですな」

「な、なに言って…っ」

「イザベラさんだって、このまま不安定でいるより、身を固めた方が生活しやすいのでは?」

「いや、俺は別にそんなつもりで彼女を助けたわけでは…」

「そんなこと言ってると他のものに先を越されてしまいますよ!」

「バカを言うな!だから、違うと言っているだろ!」


(ああ、レイルもレイルでからかわれてたのね)


流石にこの話の流れで入っていくのは躊躇われたイザベラが扉の前で足を止めて苦笑する。

イザベラがレイルとくっつけとからかわれているのと同じように、レイルはレイルで言われていたらしい。

新参者が珍しいからこうして話題に上がってしまうのだろうか。

友好的に接してくれるのはありがたいのだが、こういう形でネタにされるのはどうも苦手である。

確かにレイルは攻略対象者なのかもしれないが、イザベラは先にリアムとシャーロットと合流したかった。

二人を一刻も早く安心させてあげたい。

さすがにこの状況で呑気に恋愛を楽しめるほどイザベラの神経は太くないのだ。


さて、どのタイミングで乱入しようかと考えていると、イザベラの背後からこちらに向かって走ってくる青年の姿があった。

息を切らした青年が家の前で足を止めたたま、イザベラは中に用があるのかと思い青年に場所を譲ってやる。

青年は言葉を発するのもままならないようで、ぺこりとイザベラに頭を下げてから家の中に飛び込んだ。


「レイル様…っ、は、…っはあ…っ報告、が…あります…!」


ただならぬ様子を察した中にいた人物たちが一斉に青年へと目を向ける。

レイルが青年の奥にいるイザベラを目で捉え驚いたように目を丸くしてから、青年へと問いかけた。


「そんなに急いでどうした。何があった」

「リークが…っ、消え、ました…!」

「消えた?」


リークとはこの郷では珍しいエルフの少年である。見た目は7歳くらいだろうか。

青年を見ていたレイルの顔が険しいものへと変わる。


「はいっ、昨日から…っ、森に、いくと言ったまま、行方不明で…丸一日戻ってきておりませんっ」

「森には一人で行ったのか?」

「……おそらく」

「なぜそのようなことを…」

「たまに森に行くことは以前から、あったようなのですが…今回のように、丸一日帰ってこないというのは、初めてで…今手の空いている者全員で探しているところです」

「そうか、あまり深くまでは行くな。まだ何かあったと決まったわけじゃない。あまり大事にしすぎると戻ってきづらくもなるだろう」

「分かりました」


このときは、まだわんぱく少年が一人うっかり遠出してしまっただけなんだと、誰もが思っていた。


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