58 スローライフはじめました
イザベラがこの郷に流れ着いてから一週間が経過した。
大分身体も回復してきたため、イザベラは郷の手伝いをするようになっていた。
さすが閉鎖していると言っていただけあり、この島には何もかもが不自由なく揃っていた。
ただ住人の数は極めて少ないし、子供の姿も少ししか見当たらない。
エルフは長寿と聞くのだが、その分子を持つ数は少ないのだろうか。
子供は全員で10人にも満たないようだ。
一番下の子で5歳、一番上が15歳なのだとか。ただしこれは人間の歳の数え方とは異なる。
なんとエルフの5歳は人間でいう20歳くらいなのだそうだ。つまりこの5歳くらいにしか見えない子供は実質イザベラと同い年くらいなのである。驚愕だ。
ちなみに村長のレイルはだいたい25歳くらいに見える。つまり…まあ、そういうことである。まさかイザベラの5倍も長生きしているとは思わなかった。
イザベラはローザ仕込みの料理を作り郷に貢献することが多かった。この郷にはない調理法ばかりだったそうで、皆最初は遠巻きに見ていたのだが、子供たちが好奇心に負けて食べてくれてから少しずつ他の者も食べてくれるようになり、今ではレシピを皆に広めるまでになった。
ローザの知識はどこに行っても役に立つ。ローザ様様である。
料理のほかは野菜を摘みに行ったり釣りに行ったり、今更ながらスローライフを満喫しているような気分だ。
島の中は至って平和であったし、イザベラを人間だからという理由で攻撃する人はいなかった。
しかしやはりレイルが言うように人間に対して皆いい感情を持ってはいないようである。
レイル曰く、ここに住むエルフたちはおよそ千年前人間たちから迫害を受け、この地に追いやられたそうだ。
今生きている者の中に当時の経験を持つ者はいないが、大体引き継がれてきた自分たちのルーツである記録がそれだ、人間を好きになるはずがなかった。
そしてイザベラが薄々勘づいていたように、この郷の今一番の悩み事は人口が少しずつ減っていることであった。
この島からは誰も入られないし出られない。そんな環境で人口が減ってしまうということは、いずれこの郷にいるエルフたちが全滅してしまうということを指している。
エルフがいくら長寿だとはいえ、懸念すべき事項であった。
何やらエルフはかなり好き嫌いが激しいそうで、自分が心底惚れた相手以外とは絶対に番にならないのだそうだ。
選択肢が限られてしまう閉鎖的な環境ではつらいだろうなとイザベラはこの話を聞いて苦笑した。
女たちの中には、イザベラがここで暮らすなら誰かいい人を見つければいい、レイルはどうだ?と言う者もいて、ぎょっとさせられた。
聞けば子供が減って困ると言っていたレイルは結婚もしておらず子もいないのだそうだ。
自分は全ての子を平等に守り育てる義務があるから、とのことだが…彼女たち曰く、単純に自分の好みのタイプがいないからでは?とのことだった。
なんともまあこういった下世話な話は人もエルフも変わりないのだなあと思いながら、イザベラは曖昧に相槌を打つ。
彼女自身はすぐにでも郷から出ていくつもりだったのだが、少し暮らしただけでエルフ時間に影響を受けつつあった。
長寿の種族ならではというか、時間感覚が本当に違うのだ。
最初はそれで苦労させられた。なんせちょっと待っててのちょっとが数時間だったりする。
イザベラには考えられないのだが、種族が違うから仕方がない。郷に入れば郷に従えと自分に言い聞かせ、とにかく友好的に接することを徹底していた。
それなのに、イザベラのそんなささやかな努力を全て無にするような出来事が起きてしまった。




