55 嵐来たれり
リアムに呼ばれ、シャーロットとイザベラは船橋に足を向けた。そこには舵輪を魔法で操縦するリアムの姿があった。
リアムの表情はいつになく曇っている。
イザベラが片眉を上げて声をかけた。
「どうかしたの?」
リアムが前方を向いたまま答える。
「もうじき嵐の中に入る」
「えっ...」
イザベラが慌ててリアムの見ている方向へと目を向けたが、空は晴れ晴れとしており、とてもじゃないが嵐がくるようには思えない。
甲板に出ればもう少し状況が掴めるだろうか。
そう思い、外に出ようと踵を返したイザベラに鋭い制止が飛んできた。
「おい、何を考えてる!」
「様子を見てこようかと思って」
「危ないに決まってるだろ」
「でも操縦するにも現状を把握しなきゃならないでしょ?」
「.....俺がなんとかする」
リアムはいつもこれだ。何かあればすぐ自分に任せておけと言うのだ。これではいくら経っても彼以外の成長が見込めない。
ハアとイザベラがこれ見よがしに嘆息するとリアムに睨まれたので、肩を竦めて返した。
「じゃあリアム船長、私たちに指示を」
「.....帆を全て下ろしたい。魔法を使って中からで構わない、出来るか?」
シャーロットとイザベラは目を合わせてから頷いた。
「分かったわ」
そして二つ返事で了承し、外を見る。
窓の外からは天気の変化がよく分からなかったが、風が先程よりも幾分か強さを増してきた...ような気がする。
イザベラはシャーロットと分担して帆を下ろし始めた。
魔法コントロールの巧みなシャーロットの方が先に終えると思っていたのだが、なぜかイザベラの方が先に終えてしまい、シャーロットの方へ駆け寄ると、彼女は何かに手こずっているようだった。
「シャーロット?どうかしたの?」
「ああ、イザベラさん...何かが引っ掛かっているよで...」
イザベラが声を掛けたことで、シャーロットはほっと安堵した様子を見せた。
彼女の指す方を見るが、どうなっているのか細かいところまではよく分からない。
空を見上げれば次第に雲が黒く厚くなってきた。確かにリアムの言う通り、嵐がやって来そうである。
「.....私、確認してきます!」
イザベラが思案していると、シャーロットが先にそう言い外へと飛び出して行ってしまった。
慌てて止めようとするも間に合わず、イザベラは呆然とする。
扉が開けられたことでリアムも気付いたらしく、声が飛んできた。
「おい!何をやっている!外に出るなと言っただろう!」
「分かってるわよ!でも様子を見てくるって...私も手伝ってくるわ。すぐに戻るから!」
イザベラは負けじと言い返し、リアムがそれ以上何か言う前にシャーロットを追って外へと駆け出した。
シャーロットはすぐに発見出来た。彼女は帆の下で絡まっていたらしいロープを解いているところだった。
「シャーロット、大丈夫?」
「イザベラさん、すみません。後もう少しで...」
彼女が喋りかけたそのとき、それを遮るように雷鳴が轟いた。
すぐ傍に落ちた雷鳴の音に二人してビクリと肩を跳ねさせる。
雷の次に突然の豪雨が辺りを襲った。風の強さも先程よりも増している。
ついに嵐の中に入ってしまったのだ。二人とも同時にそのことを察して、さっと顔を強ばらせた。
「シャーロット!早く戻るわよ!」
「ええ、今急いで...、っきゃ...!」
丁度二人の間を駆け抜けた強風に背中を煽られ、床が濡れているということもありシャーロットが足を滑らせて転倒してしまった。
そのまま船外へと放り出されそうなシャーロットを放っておけるはずもなく、イザベラは彼女に駆け寄りさっと手を伸ばす。
濡れた手が触れ合ったのと同時にシャーロットの身体を強く引っ張った。
しかし、イザベラの力はたかが知れている。今度は共に船外へと引き摺られそうになった。
(まずい...なにか魔法を...!)
船の柱を掴みながらシャーロットを引っ張り、身動きの取れぬ状態で、イザベラは真っ白になった頭を何とか働かせようとしていたが、ついに柱を掴む手が雨で滑り離れてしまった。
(こんなところで...!)
悔しげに顔を歪ませなんとかシャーロットを離すまいと身体を寄せようとしたイザベラの手を、誰かが強く引いた。
驚いて振り返ると、リアムがそこに立っていた。
「だから言っただろう...」
呆れたように言うリアムに言葉もなく俯く、言い返せるものなら言い返したいが今は揉めている場合ではない。
「はやくシャーロットを...!」
シャーロットと繋がった手の先から、彼女の体温が急激に奪われていくのを感じる。焦ったイザベラがリアムに懇願すると、リアムが力強く頷いた。
そしてイザベラを引っ張る力を強めて柱まで引き寄せ、そこに縋り付くように言うと、イザベラから手を離してシャーロットの手を代わりに掴む。
無事にシャーロットがリアムに助けられた姿を確認し、イザベラの気がほっと緩んだ。
それがいけなかった。
あ、とイザベラが気づいたときにはもう手が離れており、イザベラはふわりと自分が宙に浮くのを感じた。
リアムとリアムに抱きかかえられたシャーロットが驚いて大きく目を見開く姿を見たのを最後に、イザベラは船の外へと飛ばされてしまったのであった。




