51 嵐のあとに
「外で待っている」
リアムはそう言い残して、縛られた男たちとシャーロットを連れて倉庫の外へと出て行った。
イザベラとアーノルドは二人残され、どこか互いに気まずさを覚えながら向き合っていた。
「なぜ俺を直ぐに引き渡さなかったんだ?」
沈黙に耐えきれず、アーノルドが言葉を発した。
イザベラは躊躇うように瞳を揺らし、伏し目がちに返す。
「まだあなたの話を聞いていないから」
「俺の話って...」
「薬の売人グループから抜けようとしてたのね」
「ああ...」
ふうと吐息を零してアーノルドが目を逸らした。そして続ける。
「お前の言葉を聞いて、もう少し考えてみようと思ったんだ。ずっとこの都市を良くする手段は一つしかねえと思ってた、...けど、それは単なる親父に対する当てつけなのかもしれねえって」
「まだ反抗期ってこと?」
「ハハッ、そうだな。その通りだ。見損なったか?」
アーノルドはからりと笑っていたが、イザベラを見る瞳には不安の色が浮かんでいた。
(迷子の子供みたいな顔して...)
ふとイザベラの口元が綻ぶ。
「そんなことないわ。今のあなた、結構好きよ」
きっとこれから先、まだまだアーノルドにはたくさんの困難が押し寄せるだろう。その中には自業自得だと言えるものも理不尽だと思えるものもあるに違いない。
しかし今の彼なら、そのすべてを払い除けて前に踏み出せる、そんな強さをイザベラは感じたのだ。
イザベラの言葉が予想外だったのか、アーノルドは間の抜けた表情を浮かべている。
そんなアーノルドをイザベラは楽しげに揶揄する。
「いずれ上に立ちたいのなら、まずは感情を表に出さないようにすることね」
アーノルドは困ったように眉尻を下げて微笑んだ。
「イザベラ、お前ここに残る気はねーのか?」
「ないわ、どうして?」
地主からの依頼を解決した今、これ以上の情報は掴めそうにないこの都市に長居していても仕方がない。
イザベラたちは長い滞在期間の中でそう結論を出し、この問題が解決次第出発しようと話していたところであった。
アーノルドにその話はしていないが、聡い彼のことだからイザベラたちの様子から察したのだろう。
「お前なら...俺の正妻にしてやってもいいぜ」
「は?」
彼の口から続けられた思いがけない提案に、ぽかんとイザベラが口を開く。
アーノルドは笑いながらイザベラの身体を抱き寄せた。
「くくっ、お前の方こそ全然感情隠せてねえじゃねーか」
抱き締められたまま悪戯っぽく笑いながら顔を覗き込むアーノルドに、むっとイザベラが眉を寄せる。
「うるさいわね、そんなこと急に言われたら誰だって驚くに決まってるじゃない」
イザベラが腕から逃れようと、両腕を突っ撥ねるもアーノルドはビクともしなかった。それどころか片手でイザベラの腰を抱き、もう片方の手でイザベラの眉間に寄った皺を優しくなぞる。
そして不意に顔を寄せたかと思うと唇が触れ合う寸前で止め、笑みを消した真摯な顔をイザベラへと向けた。
「これだけ言ってもまだ分からねーのか?お前に惚れたって言ってんだよ」
「え...?」
突っ撥ねていた手の力が抜け、イザベラは零れ落ちそうなほど大きく瞳を見開く。
(ひょっとしてこれは彼からの本気の告白なのでは?)
ようやくイザベラが思い至ったときには、アーノルドが次の言葉を続けていた。
「お前が好きだ。イザベラ、お前を俺だけのものにしたい」
「……っ…」
あまりにも直接的な表現に、かっとイザベラの顔が朱に染まる。
慌てて顔を背けると、代わりに彼の前へと突き出された頬に唇を押しつけられた。
「ちょっと…!」
イザベラが思わず抗議の声を上げるがアーノルドは平然としている。
「これくらい可愛いもんだろ?」
「可愛くないわよ!離して!」
「いい返事をもらうまで離さねえ」
「もう、なに言って…っ」
二人でしばらく揉み合っていると、こちらに音もなく近付く影があった。
「……おい、お前たち。こんなところで一体何をしているんだ」
そして、イザベラたちの様子を見にきたリアムが呆れたように額に手をあて一言呟いた。




