47 危険な取引 中
「例の薬の購入希望者を連れてきたよ」
(めちゃくちゃ怪しい表現じゃない…非合法の香りしかしないわ…)
例の薬とはなんというパワーワードなのか。
あまりにも隠そうとしない、ある意味隠しているのだが、分かりやすく怪しげなものであることを指しながら売買を行おうとしている男の様子に、イザベラは溜息を零したくなったが、はたと気が付いた。
(もしかして、わざと…?)
イザベラにもこれはやばい薬なのだと言うことを間接的に伝えることによって、自身が薬を手に入れれば共犯者にならざるを得ない状況を作り出し、なるべく外に情報の詳細が漏れないようにしているのではないだろうか。
バレれば自分も捕まるおそれがあると購入者に思わせられれば、それだけ被害者の口も固くなるだろう。
だが、これはやばい薬ですよと堂々と伝えることは出来ない。
なぜならそれを先に言ってしまうと、客候補が買う前に逃げてしまうリスクがあるからだ。
(なるほどね。わざわざこんないかにも怪しいですよって場所に連れてきて、あやしいやつらと売買させることも必要だったってことね)
つまりこれは一種のショーなのだ。この怪しい雰囲気を含めての売買が彼らにとって必要不可欠な一連の流れなのだろう。
(なんてめんどくさいことをしているのかしら)
イザベラの瞳が胡乱げに眇められた。
その間にも、男の一人が瓶が複数入っているのであろう麻袋を持ってこちらへと歩み寄ってくる。
(これだけ凝った演出をするってことは、結構お高い薬だったりする?手持ちで足りるか不安になってきたわ)
イザベラがそんなことを考えていたとき、先ほどイザベラを見て反応した男が急に叫んだ。
「やめろ!そいつにその薬を売るな!」
聞き覚えのある声に、イザベラはぎょっとした。周りの男たちも思わぬ制止の声に驚いて身体を固めている。
(はっ?なんでこいつがこんなところにいるわけ?)
叫んでからフードをばさりと脱ぎ捨てた男は、イザベラが想定していた通りの人物、アーノルドであった。
アーノルドはイザベラに対して、鋭い眼差しを向ける。
「なんでお前がこんなところにいる?この薬がどういうものだか分かってんのか?」
「……その言葉、そっくりそのまま返したいのだけれど」
イザベラとしても一体全体どうしてこんな事態になってしまったのか、さっぱりである。
予想外すぎて頭の処理が追いついていない。
アーノルドがヤバい薬の売人の一人だったって?その父親から彼らを捕らえたいと依頼されたというのに?
一体どんな顔して父親の話を聞いていたのだか。
イザベラのアーノルドに対しての評価が一気に崩れ落ちそうになった。
まあ評価を改めるのは理由を聞いてからでも遅くはないだろうが、少なくともそれが今でないことだけは確かである。
とりあえずこの場をなんとか収めることが先決だ。
男たちの動揺はイザベラの比ではなかったようで一様に彫刻のように固まっていたが、イザベラとアーノルドが会話したことで二人が知り合いだということを知り、一気に場の空気が重いものへと変わった。
「おいどういうつもりだお坊ちゃん」
「だから言っただろ。そいつは客じゃねーって」
男たちが真っ先に襲い掛かったのはアーノルドであった。本当にどういう関係なのだか。
イザベラはさっと光のレイピアを取り出すと、それを掲げて呪文を唱える。
「光よ!」
途端、何もないはずの空間から多数の稲妻が生じて彼らの周囲に落ちた。
さすがにアーノルドにあてるわけにはいかないので、男たちにも直接稲妻を撃っているわけではないが、それでも皆驚いて雷を見ると自身の置かれた状況に気づき、さっと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その際、魔法薬の入った瓶を投げつけられたイザベラは防衛魔法で何とか凌いだものの、男たちを逃してしまった。
その場に残されたのは、気まずそうな顔をして立っているアーノルドだけだ。
イザベラは仁王立ちして、その顔を鋭く睨みつけた。




