46 危険な取引 前
そんな些細な揉め事が起きてから数日後、イザベラが一人で歩いていた時、一人の男から声を掛けられた。
全く見覚えのない人物である。
あまり特徴のない外見で、わざと印象に残らないようにしているとすら感じられた。
緊張の色を見せるイザベラに対して、男は警戒を抱かせないようへらりと笑ってみせる。
「今、お時間よろしいかな?」
「私に何か御用かしら?」
「ええ、見たところ君は冒険者…それも魔道士だ、違うかな?」
イザベラの格好はローザから貰った黒のシンプルな身体に沿ったワンピースである。
この都市の住人たちはラフな服装の者が多いため、余所者感は否めない。その上、とても商人にも見えないだろうから、もしかするとこの男はイザベラのことを知らずに声をかけてきたのかもしれない。
(もしかして…)
一つの可能性が脳裏をよぎり、イザベラは思わずにやついてしまわないように表情を消した。
「確かに、そうだけれど」
「それはそれは!なんと貴女は幸運なんだろう!実は私は商人なのだが、冒険者向けの商品を取り扱っていてね」
「へえ…なにかしら?」
「なんと魔力増幅薬だ!回復じゃない、増幅だよ?それを飲めば自分の持っている以上の魔力を手に入れることが出来るんだ。興味ないかい?」
(釣れた…!)
予想通り、この男こそがアーノルドの父からの依頼である商人に違いない。
リアムとシャーロットにこのことをなんとか伝えておきたかったが、あいにく彼らとの連絡手段をイザベラはまだ持っていなかった。
しかしここで断ればもう二度とチャンスは訪れないだろう。
一人でもやるしかない。イザベラは艶然と笑みを浮かべながら頷いた。
「興味あるわ」
そうして男に連れてこられたのは、港であった。
(なるほど…船で商品を運んでいるのね。ということは結構数も多いんじゃないかしら。それにもし自分たちの船を使っているのであれば、組織の規模は相当大きいに違いないわ。それだけの量をこの都市だけで全て捌けるとは思えないから、ここを経由にして他のところにも売り捌いている可能性があるわね)
イザベラは初めて船を見たと言わんばかりに興味深そうな顔で周囲を見渡しながら、様々な考察を立てていた。
高く積まれたコンテナの間を男は慣れた様子で歩いてゆく。
どうやら取引場は決まっているのかもしれない。
そしてついに男は一つの倉庫の中へと足を踏み入れた。
イザベラは一瞬躊躇ったものの、倉庫の入り口は荷受け場として開けており、密室とは言い難い雰囲気である。
人目には付きにくいが、いざというときは自身の力でなんとかなりそうだと思い直して、男に続いた。
男が歩いてゆく先に、複数の男たちの姿が見えた。
ざっと数えて、5人。もしかしたら見えないところにはまだ居るかもしれない。
男たちは全員フードを被っていて、顔が見えない。
(なにこのいかにも怪しい取引をこれからしますよって格好は…)
イザベラはげんなりと顔を歪ませた。
イザベラたちに気付いた男たちが一斉にこちらへ顔を向けた(もちろん見えないのだが身体をと言った方が正確だろうか)
そして、そのうちの一人がイザベラを見て、びくりと反応したように見えた。
(ん?もしかして私のこと知ってるのかしら)
イザベラは今では有名屋台の商人の一人だ。不特定多数相手に商売している身としては、一方的に顔を知られているリスクも許容しているつもりであったが、どうにも様子がおかしいように感じられた。
(なんというか、やばい!見られた!って感じの反応だったのよね…)
自分を見て動揺していた人物の反応が気になり、じっと見つめてしまうイザベラ。
その人物はフードで顔が隠れているものの、狼狽えるように挙動不審な動作を見せている。
もう少し踏み込んでみるかとイザベラが口を開きかけたところで、イザベラを連れてきた男が先に口を開いた。




