43 大富豪の夢
イザベラは先ほど負け宣言をしたアーノルドに連れられて、一緒に屋台を巡っていた。
アーノルドは勝負に負けたくせになんだがずっと楽しそうである。今に鼻歌でも歌い出しそうだ。
(なによ楽しそうにしちゃって。実は私にハレムに入って欲しいって言ったのを後悔してたとか?)
なんとなくモヤモヤするイザベラであった。
しかし一方で、改めて何も考えずに屋台を巡ってみると、とても楽しかった。
他の都市では見たことのない料理やフルーツも売っている。
全体的にナマモノが多い印象だ。屋台の特性上なのかもしれないが、毎日これだけ栄えているのは、頻繁に買い出しに来なければならないからなのかもしれない。
つまり、ここに来ている商人たちは毎日来られる距離に販売拠点を持っているということだ。
(ということは、まだこの都市には販売チャンスが多く眠っているということだわ)
数分前まで何も考えず楽しもうと思った矢先にビジネスのことを考えてしまっていることに気付いていないイザベラなのであった。
アーノルドはイザベラの方へ時折視線をやりながらも、彼は彼で色々と考えているようだ。
そのため二人の会話は最低限であったが、意外にもそれは心地よかった。
ひと通り屋台を満喫した後、串に刺さった団子のような菓子を手に見晴らしのいい丘へとやって来た二人は、並んで座り、見るともなしに街を見下ろしていた。
時刻は夕方、もう少しすれば綺麗な夕焼けが拝めそうだ。
団子を口にしながらアーノルドがイザベラに問いかける。
「お前はこの街をどう感じた?」
「随分抽象的な質問ね。…いい街だと思うわ、活気があるし」
当たり障りない答えを言うイザベラに、アーノルドは表情を変えない。
「本当にそう思うか?王都から来たお前なら分かるはずだ。この街は遅れている。強みである商売だってそうだ、お前のように魔法薬を加工して商人用のものを販売するのではなく、フルーツやこのような菓子、期限の短いものが売買の中心だ。これで貿易都市とは笑わせてくれる」
「……アーノルド」
なんとなくアーノルドの言いたいことが分かってきた。
「この街は、過去の栄光で成り立ってんだ。この街を訪れる観光客や冒険者の数は目に見えて減ってるってのに、それを自分たちのせいだとは誰も思っちゃいねえ。親父だって例外じゃない。俺はずっとそのことに危機感を持ってた」
いつになく真摯に語るその表情に道楽息子の影はない。彼は心から憂えているのだ、自分がいずれ率いていかなければならないこの都市のことを。
「お前が商売を成功させて、確信したよ。やっぱいつまでも待ってるだけじゃダメだ、もっと色んなことに挑戦しねえと、この街はダメになる。……この街をもっと良くしたい、それが俺の夢だ」
満面の笑みを浮かべて語るアーノルドに、それが勝負の話に繋がったことに気付いてイザベラは目を瞬いた。
そして同じく笑いかける。
「素晴らしい夢だわ、アーノルド」
アーノルドを応援するかのように、いつの間にか姿を見せていた夕陽が輝きを増した。




