27 思わずときめいた
今日はリアムとの約束の日。
ギルド協会へ先に着いたイザベラは図書室に立ち寄っていた。
「今日は何も借りないようにしようと思っていたけど…あれは…」
彼女の視線の先にあるのは、本棚のやや高い位置に収まっている一冊の本。
分類は歴史。どうやらこの国の歴史書のようである。
古めかしいその本は埃を被っており、随分前から誰にも触れられていないことが分かった。
「……魔王の情報とか載ってたりするのかしら」
魔王。いつかはイザベラが攻略しなければならない相手。ゲームを始めれば嫌というほどその情報が得られるかと思いきや、全くと言っていいほど魔王の話を誰かの口から聞くことはなかった。
むしろイザベラが魔王を攻略したい!と仲間の面接時に言うと、半笑いされたくらいである。
(この世界の魔王ってそもそもどういう立ち位置なの?冒険といえば魔王でしょ?普通王様から魔王討伐の依頼が与えられたりするものなんじゃないの?)
皆の反応を見る限り、決して魔王が不在というわけではなさそうなのだが、どうも魔王に対する熱意が全く感じられないのだ。
(あまり悪い人じゃないのかな?…悪くない魔王なんてことある?女神が攻略して欲しいって言うくらいだから、それなりに存在感はあると思ってたんだけど…)
イザベラの思い描く魔王像とのギャップがどうも埋まらない。そこで歴史書でも読めば少しはこの世界の魔王のことが理解できるかもしれないと考えたのだ。
脚立を持ってくるのが面倒だったイザベラは何とか背伸びして本が取れないか試してみることにした。
「もう…少し…っ」
指先が本に触れることには成功したが、本を引き抜くには及ばない。背伸びしたままの足がぷるぷると震えていたが、指さえ引っ掛けられれば何とか取り出せそうな気配に諦め切れず、懸命に本を取ろうとしていた。
そのとき、不意にすぐ背後へ人の気配を感じたかと思うと、目の前を一本の腕が真っ直ぐ伸びてゆき、イザベラの欲しかった本を取った。
「……え?」
イザベラが背伸びを止めて振り返ると、本を手にしたロビンの姿が予想よりずっと近い距離にあった。
「っ、ロビンさん…」
「ロビンでいい。お前の欲しかった本はこれか?」
「ええ、ありがとう。…ロビン」
「無理して取ろうとするのはやめた方がいい。こういう場合は、誰か人を呼ぶか脚立を使うべきだ」
「…そうね、ロビンの言う通りだわ」
突然現れたロビンに驚いたが、正論でしかない説教にイザベラは項垂れる。
ロビンはイザベラの前に本を差し出すと、丁度項垂れたままであったイザベラの頭を空いている手でそっと撫でた。
「……っ!?」
「そこまで反省することはない。怪我はなかったのだから。次から気をつければいいだけだ」
「え、ええ。そうするわ。本、ありがとう」
頭に手が触れられた感触にイザベラはぎょっと顔を上げたものの、ロビンは特になにか意図して行ったのではないのだろう、平然とした表情のまま告げ、頭から手を離した。
調子を狂わされっぱなしのイザベラは、釈然としないまま差し出された本を受け取る。
ロビンはイザベラに本を渡すと用が済んだと言わんばかりに、図書室から出て行ってしまった。
残されたのは、顔を真っ赤に染めて立ち尽くすイザベラのみだ。
「っっ、反則すぎない…?…それにしても、あんなベタなシチュエーションにときめいちゃうなんて…悔しい…」
ドキドキと激しく主張する胸を押さえながら、イザベラは小さく呟くのだった。




