18 夢のような場所
翌朝、イザベラはローザの指示通り6時に起きて支度をし、掃除を行った。
まずは埃っぽい自身に与えられた部屋から。次に二階の廊下、続いて一階の店内。
店の中には様々な薬草や薬品が所狭しと並べられていた。
おそらく魔法商店とは、ローザ自らが薬品を調合して販売を行なっている店なのだろう。
(体力回復薬、魔力回復薬…それに状態異常回復薬もあるのかしら?私にも調合教えてくれないかなあ…薬代の節約になるし、販売出来たらお金になる…)
薬品の並んだ棚を磨きつつ、あれこれと思考を巡らせるイザベラ。
一通り掃除を済ませると、もう7時半。朝食まであと30分しかない。
慌てて朝食の支度をし、8時丁度に出来上がったところで、黒のシンプルなドレスを着たローザが姿を現した。
「朝からバタバタうるさいわね」
「…すみません」
「紅茶はないの?」
「今淹れます…!」
「はあ…」
これ見よがしに嘆息してからローザが席に着いた。
ちょっぴり泣きそうになりながらイザベラが紅茶を持って席に着く。
「まあまあね」
「精進します…」
「今日は、この薬草を採ってきて頂戴」
「薬草…ですか」
朝食を摂りながら告げられた言葉に、イザベラはきょとんと目を丸くする。ローザから差し出された紙を受け取ると、そこには10種類ほどの薬草の名が記されていた。
「えっと、これってどこから採ってくれば…」
「自分で調べなさい」
「は、はい…」
薬草の名前自体は父から貰った本に載っていた記憶がある。それぞれ薬品に使用するもので、どのような見た目をしているかや効能であれば記憶していた。
だが、それぞれこの近辺のどこから採取出来るのかは不明である。
それを尋ねようとしたのだが、ローザにはあっさりと断られてしまった。これも修行のうちなのだろうか。
しょんぼりとしながらも朝食の片付けをしてから、薬草リストを手にイザベラは店を出た。
目指すは、書店である。
(大体の情報は本屋で手に入るに違いないわ!お金はあまり持ってないから立ち読みでもいいかな…)
昨日同様、メインストリートをうろうろしながら本屋を探していると、見知った姿を目にして駆け寄り声を掛けた。
「ロビンさん…!」
「…ああ、お前は昨日の」
「はい!イザベラと申します。あの…今日も道をお聞きしても…?」
「また迷ってるのか?」
「はい、情けないことに…」
「今度はなんだ?」
「この辺りで地図を取り扱っている書店などはご存知ないでしょうか?」
「……地図?」
「はい。師匠から薬草を摘んでくるよう言われたのですが、この近辺の地理に詳しくなくて…情報が欲しいなと」
「……お前冒険者か?」
「?…はい」
「じゃあ、着いて来い」
短く言うとロビンはさっさと何処かに向けて歩いて行く。訳の分からないままイザベラが後を追うと、到着地はギルド協会であった。
王都のギルド協会は流石に大きく、中も人で賑わっている。カウンターも10箇所ほどあり、どこも人で埋まっていた。
知った様子で建物内を進んで行くロビン。彼も冒険者なのだろうかと思いながら、その後に続く。
ロビンはそのままギルド協会の奥まで行くと扉の一つを押し開いた。
「わ、すごい…」
中には広々とした空間があり、天井まで届きそうな棚の中には数え切れないほどの本が並んでいた。
「ここは…?」
「冒険者専用の図書室だ」
「図書室!?」
「ああ、カウンターで冒険者カードを提示すれば、一度に五冊まで借りることが出来る」
「そんな制度があったなんて…!」
(都会って凄い…)
イザベラの目がキラキラと輝く。
「ロビンさんって物知りなんですね」
「別に。俺はここの職員だから、知ってて当然だ」
「えっ?ギルド協会の方だったんですか…」
「ああ」
(これは結構接点作りやすそうかも?ラッキー!)
「じゃあ、俺はこの後仕事だから」
「えっ、お仕事前にすみませんでした。後で本を借りに伺いますね」
「ああ、ゆっくりして行ってくれ」
ロビンに礼を言って別れたイザベラは、図書室にいつまでも居座りたいのをなんとか堪えて、王都周辺の情報が載っていそうな本を素早く5冊手に取ると、カウンターまで向かった。
残念ながらカウンターにロビンの姿はなかった。まだ仕事の準備を行なっているのかもしれない。
対応してくれたのは若い男性でやたらと馴れ馴れしく、イザベラは苦笑いをしながら貸出処理を行ってもらい、ギルド協会を後にした。
そして本の情報を頼りに無事10種類の薬草を得て、魔法商店へと帰ってきたのだが…
「遅い。何時だと思ってんの?」
「19時です」
「私は夕食の時間は18時って決めてるの」
(そんなの聞いてねー!…と、いけないいけない)
「す、すみませんでした」
「薬草はそこに置いといて。夕食はもう出来てるから食べ終わったら片付けくらいしておいて。明日も今日と同様ね」
イザベラが口を挟む間もなく、ローザは一方的に指示を行い外に出て行ってしまった。
なんとも言えないもやもやとした気持ちになりながらも、イザベラは席について食事を摂ることにした。
「!?…美味しい」
ローザの作った食事を口にして驚きに目を見張る。
(これは…お母様の手料理よりも美味しいかもしれない…なるほど、私の料理に文句を言うはずだわ)
ローザはどうやら何でもかんでも否定するタイプというわけでもなさそうである。説明は足りないし、高い結果を求められはするが、実力をつけるには申し分ないかもしれない。
(っていやいや、待って。私は別に花嫁修行に来たわけじゃないんだから。黒魔道士のスキルはいつになったら教えてもらえるんだろう…)
ロビンといいローザといい、クセのある人物ばかりだなあとイザベラは一人思考を飛ばすのであった。




