17 この人が私の師匠…?
重々しい年季の入った扉を押し開くと、店内も予想通り薄暗かった。
薬品のような香水のような、様々な臭いが混ざり合い鼻をつく。その上店中が埃っぽいのか先程からむずむずして堪らなかった。
ざっと店内を見渡してみたが、人影はない。店は開いていたが、留守なのだろうか。イザベラは首を傾げた。
このまま店内で待っていていいのかも分からず、立ち竦んでいると不意に扉が開かれ、一人の人物が姿を現した。
「あら…何かご用?」
黒いローブに身を包んだ長身の女性。歳は母と同じくらいだろうか、黒の艶のあるボブヘアに吸い込まれそうなほど黒い瞳。口許のホクロが妙に艶かしい。
そんな女性から目線を向けられ、どきりとイザベラの胸が高鳴った。
「えっと…私、イザベラと申します。父テオドールの紹介でこちらに参りました。ローザさんは貴女でしょうか?」
「ああ…アンタがテオとセレナの娘ね」
イザベラの正体が判明した途端、女性は興味を失ったように気だるげに髪を掻き上げた。いちいち動作が色っぽい。どうやらローザは父だけでなく、母とも知り合いのようだ。
「随分遅かったじゃない。まあ、いいわ。晩ご飯の支度してくれる?」
「えっ?は、はい…分かりました」
「キッチンは奥にあるわ。材料は何使ってもいいから。私とアンタの二人分、頼んだわよ」
「はい…」
この時点でイザベラは非常に嫌な予感がしていた。
知り合ってから30分も経っていない初対面のやり取りがこれである。
(私…この先どうなっちゃうの…?)
遠い目になりながら、イザベラは休む間もなく食事の支度に取り掛かることになった。
◇
「何これ全然美味しくないわ」
「申し訳ありません…」
「はあ…、明日からはもう少しまともな食事が出てくることを期待してるわ」
「はい…あの、好き嫌いとかは…」
「美味しいものが好き、不味いものは嫌い」
「…そうですか」
慣れないキッチンで懸命に料理した結果がこれである。
溜息をつきたいのはこっちの方だとイザベラはつい眉根を顰めそうになったが、自分は弟子の身。懸命に耐えようと目を瞑る。不味いと言われた料理の味はよく分からなかった。
文句を言いながらも先に食べ終えたローザが席を立つ。
「片付けもよろしくね」
「あのっ、私…ここに泊まらせて頂けるのでしょうか?」
「二階の突き当たりがアンタの部屋よ。明日は6時に起きて掃除をして。8時には朝食。いいわね?」
「はい、分かりました…」
とりあえず寝食だけは何とか確保できそうである。何せイザベラにはお金がないのだ。両親から少しは持たされているが、出来れば使うのはなるべく控えたい。
クエストをこなせば、ある程度の収入を見込めるのかもしれないが、ここは王都。人もたくさんいる中で、Eランクである黒魔道士のイザベラにどれだけ需要があるのかまだ未知数であった。
(もう暫くはここで頑張ってみよう…)
二人分の食器を洗いながら、イザベラは込み上げる溜息を何とか押し留めたのであった。




