133 サイラスの決意
その先はあまり聞きたくないなとイザベラは顔を顰めたが、サイラスは淡々と続けた。
「彼らの幸せはそう長く続かなかった。少し前に自分は魔王になるというモンスターが現れてね、手始めにとこの都市を襲ったんだ」
「……そんな…」
「知性のある魔物は非常に厄介でね。我々も応戦したのだが…結果として、シャーロットの婚約者は亡くなってしまった。それから学長も…。あまりにも大きな被害だった。我々は多くを失ってしまった。これも閉鎖的にしていた反動だろうね、情報を得ようと積極的に動かなかったばかりに後手後手に回ってしまったんだろう。結局その魔物を倒すこともできず、追い払うことには成功したが…これを平和が戻ったとはあまりにも言い難い」
「……そう」
「街の人々は私に学長としてこの都市を支えてほしいと言ってくれたが…、正直言って私がそんな大役を務められるとは思えない。……私は、一体どうすればいいんだ…」
サイラスが頭を抱えて苦悶に満ちた声音で呟いた。
イザベラに言っているというよりは、自分の中で渦巻く感情を吐露しているのだろう。
イザベラは労わるようにそっと手を伸ばし、サイラスの髪に触れた。
驚いたサイラスが顔を上げたが、イザベラはそれを無視して髪を梳くように撫でる。
「大丈夫。答えはもう出ているでしょう?」
「……」
「あなたはいつだって勇気を持って選択をしてきた。今回だって同じことだわ。起きてしまった過去は…本当につらくてまだ受け止めきれないのも無理はないと思う。あなただけじゃない。きっとシャーロットだって、全てを受け止めきれたわけじゃないと思うわ、表に出さないだけで。でも彼女は前に進もうと決意した。大事な人のために。…あなたはどう?今、あなたが最もやりたいことは何?」
「私がやりたいこと…?」
「そう。やらなければならないことじゃない。あなたがやりたいことよ。誰かのやりたいことをやるんじゃない。あなたがやりたいことをやるの。それが結果的にあなたの望む道に導いてくれるはずだわ」
「……私はこの都市が好きだ」
「素敵な都市よね」
「この都市を支えたい。また…皆が笑顔で平和に暮らせる街にしたい」
「素晴らしい夢だわ」
「そのために私ができること…」
「もう答えは十分出ているように思うけど?」
「……そうだな、ありがとう。君の導きにまた私は助けられたよ」
「いつも大したことは言ってないんだけれど…」
サイラスから手を離しイザベラは思わず苦笑する。彼は物言いたげに瞳を揺らしたが、言葉が続けられることはなかった。
イザベラが首を傾げると、サイラスはすっと背筋を伸ばして口元を綻ばせた。
「私は学長になるよ、見ていてくれるかい?」
「ええ、もちろん。あなたはきっといい学長になるわ」
「……そうだろうか。いや、君にそう思ってもらえるよう励むとしよう」
「応援してるわ」
「ああ。それじゃあ…また、いつか」
「ええ、またね」
サイラスが踵を返して街へと向かう。
イザベラと会話したことで気持ちが整理されたのだろう。きっとこの都市はこれからいい方向へ進むはずだ。未来を知っているイザベラが言うのだから間違いない。
「……さて、そして私はいつになったら帰れるのかしらね」




