127 葛藤
あまりにもイザベラが真剣に悩んでいたからだろうか、くすりと笑う声が耳に届いた。
「な、なに…?」
「なんでお前がそんな真剣に悩んでんだよ。…なあお前さ、一体何者なんだ?」
「えっ…」
「なんていうか、会ったのは二度目だけどタイミングが良すぎるというか…年も取ってねーみたいだし、やたら美人だし…精霊か何かか?前に会ったときはさ、俺を助けるために来たって言ったよな?俺がなにか危ない目に遭う可能性があるから、それから守ってくれるってこと?」
出まかせで言った言葉をここまで覚えていてくれているとは思っておらず、イザベラは思わず目を泳がせた。
幼い少年なら何とか言いくるめられる可能性が残っていたが、ここまで成長していればそういうわけにもいかないだろう。
ただ未来から来たかもしれないというわけにもいくまい。こういうパターンは基本的にあまりネタバレするのは良くないのだ。干渉しすぎると未来がどう変わってしまうか分かったものではない。
そういう意味ではサイラスを助けるという言葉は若干の嘘があるかもしれない。イザベラが戻るきっかけになりそうなのがサイラスという存在で、サイラスの手助けをすれば元の世界に帰れるのでは?という単なる打算だからだ。要するにイザベラは非常に自己中心的な考えで動いているのである。
「そ、そうね…。私が何か直接あなたの手助けをすることは出来ないの。ただ…助言というか、あなたの進む道を共に考えたいとは思ってるわ」
「そっか…」
サイラスはイザベラの答えに興味をなくしたように呟くと、木の幹に凭れかかりながら寝転んでしまった。
そしてそのまま目を伏せてしまう。眠る気なのだろうか。
イザベラは悩みつつもサイラスに向き合った状態のまま、草原の上へと腰を下ろした。
「……俺、もしかしたらアイツにずっと嫉妬してたのかも」
眠ってしまったかと思うほどに長い沈黙の後、再びサイラスが口を開いた。
「俺がどれだけ努力しても、アイツに追いつくことなんか不可能なんだ。だから…いつしかアイツに俺自身の夢を重ね合わせて、アイツに俺の夢を叶えさせようとしてた。きっと俺だけじゃない。アイツはたくさんのやつらからそうやって夢を託されてたんだ。そして…アイツが外の世界に行きたいと言ったとき、それまで応援してくれてたやつらが一斉にアイツに牙を剥いた。どうして俺たちのことを裏切るんだって。アイツは…ずっと変わっちゃいねえのにな」
「……誰かに自分の夢を託すことは、決して悪いことではないと思うわ。まあ、あなたならローザに夢を託さなくたって、自分で叶えられるでしょうけど」
「そうかな…そういやさっきアイツも言ってたな。俺の方が教師に向いてるって。…ほんとか知らねーけど」
ははと力なくサイラスが笑った。薄く開いた瞳はどこか寂しそうな色を宿したままだ。




