126 去りゆく人
ローザが去ってゆくのを何とも言えない気持ちで眺めていると、こちらに背中を向けているはずのサイラスが口を開いた。
「おい、いるんだろ」
「……」
まさかバレるとは思わず躊躇いながらも彼の元へと足を進める。ローザの姿はもうそこにはなかった。
サイラスが振り返ると、やはり…と言いたげに苦笑を浮かべる。
「随分久しぶりだな。というか、お前…あの頃から年取ってなくねえ?」
「…まあ、色々あって」
「ふうん。…さっきの聞いてたんだろ?」
「ええ」
「俺さ、ずっとアイツのこと考えてたんだ。黒魔道士が嫌いだって言ってたときから。…お前が、アイツが思いを伝えたいと思ったときに受け止めてやれそれまでは待てって言ったときから」
「……そう」
そんなに長い間、自分のかけた言葉を覚えてくれていたとは。イザベラは何だかくすぐったい気持ちになった。
向き合ったサイラスはイザベラと同じくらいの背丈で、先ほど会ったサイラスからそれなりの年月が過ぎ去ったことが伺えた。
「アイツ、運命のやつに会っちまったんだって」
「運命の人?」
「ああ。テオドールっていう男とセレナっていう女なんだけどさ。その二人は冒険者で、数ヶ月前から古の都市に滞在してた。仲間になってくれる黒魔道士を探してたみたいだ。ローザは…そいつらと友達になったみたいで…。アイツまだ黒魔道士かどうかも分からねーのに、それでもいいから一緒に来ないか?って誘われたらしい」
「そ、そうなんだ」
事が事なだけに、誰目線で聞けばいいのか分からず、どもってしまう。そんなイザベラを不審がるようにサイラスは眉根を寄せたが、指摘されることはなかった。
「アイツめちゃくちゃ優秀でさ、名門校の学年トップなんだ。学年トップなら学長だって夢じゃない…はずなのに、それすらも全部捨てて出ていくって言うんだ。…親父さんたちは絶対反対すると思う。俺だってバカじゃねーのって思うくらいだしな。頭のいいアイツがそれくらい予想してないはずないし…きっと、それだけの覚悟なんだろうっていうのは理解できた。俺は、アイツの夢応援してやりたいと思う…けど…」
躊躇うようにサイラスの瞳が揺れる。先ほどはローザに別れの言葉を送っていた彼であったが、未だその胸中が複雑なことはすぐに分かった。
それでもローザの思いを優先しようと思う彼にイザベラは言葉を失う。
あんなに頑なであったローザの態度が軟化したのもサイラスの気持ちが十分に通じていたからなのだろう。
はたして二人はこのまま別れてしまってもいいのだろうかとふと思った。
(でも…もしローザが説得されちゃったら未来が変わるかもしれない…そうしたら私が生まれなくなるってことになるかも…?)




