10 急展開です
それから二週間、妙に律儀なイザベラはせっせと毎日日課をこなすことに集中していた。
出発の日まで、残り一週間を切っている。
あれから毎日花を届けるクエストを受けているため、エリックとも顔を合わせてはいるのだが、チャンスは多々あるだろうという当初の予想に反して、あの日以降それらしいチャンスにはまだ一度も恵まれていない。
そしてなぜか、ギルド協会受付嬢イレーナとの仲は急速に深まっていった。本当になぜだか分からない。もしかして攻略対象者って女性も入るのだろうか。
今日も今日とて、クエストを受けに来たイザベラは彼女の元へ座ったのだが、他に人が居ないこともあり、雑談が始まった。
ちなみにイザベラがプレゼントした花は毎日イレーナのカウンターに飾られていて素直に嬉しい。
「おはようございます、イザベラさん。…今日もエリック様のクエストをお受けになられるんですね」
「ええ、お願いするわ」
「差し出がましいようですが、もうそろそろ他のクエストにも挑戦出来るのでは?」
「それはそうなんだけど…」
「何か理由が?」
「そう…ね、毎日受けるって彼と約束したの」
「そうですか…。イザベラさんは、その…エリック様のことを…」
言いにくそうにイザベラの反応を伺いながら、イレーナが尋ねる。
思いがけない方向へと進んだ会話に、イザベラは思わず目を丸くした。
(どう振る舞うのが正解だろう。ライバルフラグ?それとも応援してくれるのかな?エリックへ遠回しに気持ちを伝えてくれたら一番ありがたいんだけど…一応牽制しとくか)
「……彼には内緒よ?」
イザベラが嫣然と微笑んで見せると、イレーナの頬が薄らと色付いた。そしてしばらくの間、イレーナは惚けたようにイライザを見ていたが、ハッと我に返ると慌てて何度も頷いた。
「え、ええ。もちろんです。…プライベートな質問をしてしまい、申し訳ございません」
「気にしないで。それに…私たちそんな仲じゃないから」
まだ、という言葉はイザベラの胸にしまっておく。イレーナの反応を見る限り、純粋な好奇心だったようだ。突然のライバルフラグじゃなくて助かった。
続けたイザベラの言葉に、無言のまま何かを思案しているらしいイレーナがじっとイザベラを見つめる。
(何かしら…?)
首を傾げてみたのだが、望むような答えは返ってこなかった。
◇
翌日、いつものように宿屋でエリックに花を渡し、そのまま帰ろうとしたところを呼び止められた。
エリックの顔は赤く染まっていて、何やら言いたげにもじもじしている。
流石にこんなところで告白されることはないだろうと思ったので、イザベラは続きを促すことにした。
「エリック?どうかしたの?」
「あの、イザベラ…明日何か…予定はあるかな?」
「明日?いつも通り、貴方のクエストを受けるくらいの予定しかないわ」
「ええと、その…実は、明日僕仕事が休みで…」
(ひょっとして…ひょっとする…?)
「まあ、そうなのね」
「もし良ければ、君のクエストに同行してもいいかな…?」
(え…?そっち?)
てっきり町中デートのお誘いかとワクワクしていたのだが、クエスト同行とは。やや予想外である。まあ進展には違いないだろうと気軽にイザベラは首肯した。
「ええ、もちろん。貴方が一緒に来てくれるなんて、頼もしいわ」
にこやかに同意しつつも、宿屋の息子ってそもそも戦力になるのだろうかと内心疑問に思っていた。
「僕は、君と違って冒険者じゃないから…簡単な回復くらいしか出来ないけど」
「そうなの!?それはとっても助かるわ!」
「そ、そうかい?そんなに喜んでもらえると、僕も嬉しいよ」
しまった思わずクールビューティ設定を忘れて、食い気味に喜んでしまった。でも本当に助かるのだ。黒魔道士という職業柄、回復薬の消費がとても激しい。それも体力と魔力、双方を消費するため、経済的には大打撃なのである。
イザベラが心から喜んでいるのがエリックにも伝わったらしく、彼も安堵したように笑顔を浮かべていた。
もうこれは間違いなくデートと呼んでいいだろう。もしかしたら明日ついに告白イベントが発生するかもしれない。
なんだかよく分からないが、突然降って湧いた幸運にイザベラは上機嫌でエリックと別れたのであった。




