孤児院
現在、孤児院にいるのは男子六人と女子四人の計十人。
皆、この周辺地域から集められてきた子供たちだ。
ミサのように両親と死別した子もいれば、赤子の時に孤児院前に捨てられていた子もいる。
昔は栄養が足りずミサも含め皆ガリガリに痩せていたが、食事事情の改善により子供らしい健康的な体つきになってきていた。
ミサがそっと部屋を覗くと、今は勉強の時間でどの子も真剣な表情で文字の書き取りをしている。
先生でもあるマーサは優しいまなざしを向けながら、一人一人に声をかけている様子が見て取れた。
子供たちの年齢は下は五歳から上は十二歳と幅広いが、上の子が下の子の勉強を見たり、生活のお世話をしたりと共に助け合って生きてきた。
ここには十五歳までいて、その後は就職し孤児院を出て行く。村で働いている子もいれば、王都や他の地域へ行った子もいる。
子供たちは毎日一生懸命勉強をしているので、仕事先では読み書き計算のスキルで重宝されていると聞く。孤児院や治療院で、事務仕事などを手伝っている子もいるのだ。
休憩時間になりミサが部屋に入ると、手に持っている物に気づいた子供たちがわあっと集まってきた。
「ミサちゃん、それってもしかして……」
十二歳の女の子がパアッと目を輝かせる。
「治療費として頂いたのよ。今から配るから、順番に並んでね」
押し合い圧し合いしながら一列に並んだ子供たちへ、飴を一粒ずつ配っていく。
前世では簡単に手に入った甘味も、この世界では砂糖や蜂蜜が高価なこともあり高級品だ。
顔を綻ばせている皆の頭をミサが撫でていると、マーサがやってきた。
「マーサ先生も、御一つ いかがですか?」
「私は遠慮しておくわ。もしまだ余っているなら、サラたちにも分けてあげて」
「わかりました。これから治療院へ行くところなので、持っていきますね。そういえば……」
ミサは机の上に置いてある本に目を留める。
「新しい教本が届いたんですね。もしかして、これは先日の……」
「ええ、ミサが腕を治療したジョージさんが、さっそく送ってくださったのよ」
◇
数日前、王都から馬車に乗って一人の男性が治療院へやってきた。
王都で印刷業を営むジョージは作業中に倒れてきた印刷機と壁に腕を挟まれ重傷を負うが、神殿で高額な治療費を提示されやむなく断念する。
しかし、人伝にこの村の治療院のことを知り、藁にもすがる気持ちで来たのだという。
ケガをした左腕を見ると二の腕から下が完全に壊死しており、この場合、『治癒魔法』ではなく『再生魔法』となる。
失った手足を再生させる『再生魔法』の使い手は、光属性を持っていても膨大な魔力が必要となるためあまり多くいない。それ故に、どうしても治療費は高額となってしまうのだ。
十年ほど前ミサはロイの右腕を再生させたが、正直に言ってギリギリのところだった。
まだ幼かったミサは体内魔力を枯渇させ、三日間寝込み、もう少しで死ぬところだったと後で皆からめちゃくちゃ叱られたことも、今となっては良い思い出だ。
四日目に目を覚ました時、ミサを必死に看病していたロイが発した言葉がこれだった。
「俺、一生ミサの下僕になる」
つまり、『今の自分では治療費を到底払いきれないから、代わりに体で返す』との意味だったが、もちろんそんな重すぎる申し出はすぐにお断りしたミサ。
そもそもロイの許可なく勝手に再生魔法を使ったのは自分なので、最初から治療費をもらうつもりなどなかったのだ。
でも、未だにロイは村へ来るとき「あの時の治療費の代わりだ」と、王都の珍しいお土産をたくさん持ってくる。
先日、もうさすがに治療費分は払い終えていると伝えたところ、まだまだ足りていないとミサは言われてしまう。
どうしてもロイの気が済まないようなので、もうこれからは本人の好きにさせよう・貰えるものはもらっておこうと考えを改めたミサなのだ。
あの頃は死にかけたミサだったが、現在は成人していることもあり難なく使える。
「オーランドさん、ジョージさんの壊死している部分だけを、綺麗に切断してほしいのですが」
「かしこまりました」
ジョージが痛みを感じないよう処置をしてもらい、オーランドにスパッと切ってもらう。切断面が綺麗だと再生がし易いと、ロイの時に他の騎士たちから教えてもらった知恵だ。
問題なくジョージの左腕は再生し、涙を流して喜んだ彼は治療費として「これから定期的に本を送る」とミサに約束をしてくれたのだった。
◇
ジョージには、教本だけでなく様々な分野の本をお願いしたミサ。
将来的には孤児院内に学校の図書館のようなものを作り、希望者には貸出をしたいと考えている。
「これから、どんな本が届くのか楽しみね」
マーサは微笑むと、次の授業で使う教本を子供たちに配り始める。
ミサは授業の邪魔にならぬよう部屋を出て、オーランドと仕事場である治療院へ向かった。