腹黒女と腹黒護衛騎士
剣術指導大会から数日後、ミサとオーランド宛てに礼状とたくさんの品物が届いた。
送り主はあの六人の父親たちで、礼状には大会以降息子たちが心を入れ替え真面目に家業の手伝いや仕事をするようになり、とても感謝しているとあった。
孤児院の応接室に並べられた様々な品物を前に、ミサは後ろを振り返る。
「こんな礼状が届きましたが、オーランドさんは何か心当たりはありますか?」
「…………」
あの大会のとき、ミサはケガ人を治療しただけだった。
取り巻きの三人組はともかく、リーダー格たちは試合を放棄した以外特に何もしていない。
ミサがオーランドをじっと見つめると、目を少し泳がせたあと彼は諦めたようにため息を吐いた。
「実は……ミサ様に隠し事をしておりました。申し訳ございません」
しゅんと俯いてしまったオーランドは、まるでいたずらがバレてご主人様から叱られている子犬のようだ。
人間にはあるはずのない垂れた耳と力なく下がった尻尾が見え、ミサは思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
「そんな顔をしないでください。私は怒っているわけではなく、彼らが改心した理由を知りたいだけですから」
ミサの言葉に、オーランドは何度か口を開いては閉じるを繰り返す。
ここまで自分に言いづらい隠し事が何なのか、ミサは逆に興味が湧いてきた。
黙って待つミサへ、ハア……ともう一度大きなため息を吐いたオーランドは、彼女へ綺麗な青色の瞳を向ける。
「……あの大会の後、私は一人一人と握手をしてお互いの健闘を称え合いました」
「それは、私も見ていましたよ」
「リーダー格たちの取り巻きをしていた三人には、『いい加減こんなことは止めて、自分たちの人生をしっかりと歩め』と伝えました。いつまでも他人に流されていたら、不本意なことに巻き込まれる。今回はケガだけで済んだが、下手をすれば命を失うこともあるんだぞ……と」
オーランドの話に大きく頷いていた彼らにも、このままではダメだという思いがあったのだろう。
相手を慮った彼の言葉は、彼らの心にしっかりと届いていたのだ。
新たな道を進み始めた彼らが幸せになりますようにと、ミサも思わずにはいられない。
「とても良いことをされたと思いますが……どうして、私に隠し事などを?」
「私の話に真剣に耳を傾けてくれた彼らとは対照的に、リーダー格たちは全く反省をしていませんでした。関係のない彼らを巻き込みケガまでさせてしまったのに、それに対する謝罪の気持ちも持ち合わせていなかったのです。私はそれに苛立ってしまって……」
オーランドは目を閉じ、きつく拳を握りしめる。
たしかに、ミサもリーダー格の三人組には思うところはあった。彼らから言い出した大会なのに、自分たちは途中で試合を放棄しケガもしなかった。
彼らの父親たちからの依頼も果たせなかったと、少し落ち込んだりもしたのだ。
「彼らに……何をしたんですか?」
「威圧をかけました。もちろん軽くですが……」
「威圧……」
「…………」
「……ぷっ、あはは!! まさか、あのキラッキラ笑顔の陰で、オーランドさんがそんなことをしていたなんて全然気づかなかった!」
ミサが堪えきれずに吹き出し涙を流しながら笑い転げている様を、オーランドは呆然と眺めている。
「あの……ミサ様は、私のことを軽蔑しないのですか? 軽くとはいえ、騎士でもない平民を相手に威圧をかけたのですから……」
「たしかに、本来であれば褒められたことではありません。でも、今回は父親たちからの要望もありましたし、なにより……首謀者が何も罰を受けないのは、私が許せませんから!」
「そう……ですか」
涙を拭いながら力説するミサに、オーランドは力が抜けたようにその場に座りこむ。
「良かった……ミサ様に知られたらどうしようかと……そればかり考えていました。私はミサ様から嫌われて……護衛騎士も罷免されるとばかり……」
「こんな優秀な方に辞められたら、私が困ります。それに、オーランドさんが罰を与えていなければ私が代わりにやっていましたからね」
「……えっ?」
「いつか彼らが治療院に来ることがあったら、治療の際にかる~く手を抜こうとは思っていました」
あっ、この話は二人だけの秘密ですよ……ミサが人差し指を口に当てニコッとすると、オーランドにようやく笑顔が戻る。
「オーランドさんも貴族らしい腹黒さを持ち合わせているようで、ある意味安心しました」
「は、腹黒……ですか?」
「大丈夫ですよ、オーランドさんだけではなくルイスさんも持っていましたからね」
最初の剣術指導大会は、二代目のルイスの時にあった。
今回と同じようにルイスも妬まれ言われなき誹謗中傷を受けていたが、その鬱憤を晴らすかのように彼は相手を容赦なく打ちのめしたのだ。
結果的に、その相手からしつこく言い寄られて困っていた若い女性を救うことになり、戦う姿に一目惚れされ、のちに彼女と結婚することになったのはおまけの話。
「何かあれば一人で抱え込まず、必ず私に相談してくださいね。では、これからも『腹黒女』と『腹黒護衛騎士』の組み合わせで頑張りましょう!」
「は、はい……こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ミサが手を差し出すと、オーランドは一瞬躊躇ったがすぐに手を取り立ち上がった。
「今回頂いた目録を見ると、砂糖や蜂蜜の他に飴など子供たちが喜びそうな物ばかりでしたので、さっそく各所に分配しましょう。その内、子供たちとお菓子作りをしても良いかもしれませんね」
「ミサ様も、お菓子作りをされるのですか?」
「ええ、あまり上手ではありませんが、一応お菓子作りも料理もできます。ただし、私は作るよりも食べるほうが好きですが……」
前世では一人暮らしをしていた経験もあるミサは、ある程度のことはできる。
しかし、人に作ってもらった物のほうが断然美味しいのは間違いないだろう。
孤児院の食堂には通いの料理人と手伝いの者が数名いて、孤児院と治療院で働く従業員と子供たちの食事を作ってくれる。
食材は治療費として持ち込まれる物を利用していて、内容はいつもお任せだ。
アルト村を含むこの周辺地域は国の直轄地のため孤児院と治療院は国の管轄となり、国からの補助金で運営されている。
ミサが治療院を始めるまでは補助金だけで食費・人件費・建物の修繕費などを全て賄っていたため、いつも貧しい生活を余儀なくされていた。
食事は少なく、子供たちの着ている服はボロボロ。おまけに給金はほとんど無く、働いている人たちはボランティア状態だったとミサはあとから聞いて驚いたのだ。
現在は食費や修繕費にそれほど予算を必要としないので、補助金の余剰分はきちんと人件費に充てられている。もちろん、残業代も休日手当もある。
今の孤児院と治療院は決してブラック企業などではないと、ミサは胸を張って言えるのだ。
余談だが、ミサの最終目標は有給休暇制度の導入。
しかし、まだまだ道程は険しい。
「ミサ様お手製のお菓子は、さぞかし美味しいのでしょうね……」とさりげなく催促するオーランドへ「機会があれば」と軽く流し、ミサは治療費としてもらった飴を手に子供たちの所へ向かった。