別れ
目をギュッと瞑った私に衝撃はあった……が、痛みは訪れなかった。
「ご無事で……良かった」
耳元で聞こえる弱々しい声。
目を開けると、私を庇うように抱きしめている従僕の姿があった。
彼は雑用をしてくれていた、私と接点のあった数少ない人物。
目が合うと彼はフッと笑い、そのまま崩れ落ちた。見ると背中が血で真っ赤に染まっている。
次の瞬間、茶色だった彼の髪が金髪に変化し始めた。そして、力なく倒れこんでいる従僕がオーランドさんに変わる。
血が、見る見るうちに地面へ広がっていく。
(えっ、嘘……なんで?)
頭の中が真っ白になった。
恐怖でガタガタと足が震え、呆然としたままその場に座り込む。
(オーランドさんが……死んじゃう)
放心状態の私の元に、侍女が駆け寄ってきた。
彼女はオーランドさんの背中に手を当て何かをしているが、私の目には映らない。
「ミサちゃん、しっかりして!」
どこかで、サラちゃんの声が聞こえた気がした。
「早く治癒魔法を掛けて! 私の力だけじゃ、全然足りないのよ!!」
ハッとした。
そうだ、今は呆けている場合ではないのだ。しっかりしろ!と自分の頬を自分で叩き目を覚まさせる。
私の中のありったけの魔力を集めて、オーランドさんの全身へ送り込んだ。たとえ魔力が尽きようとも構わない。
絶対に、彼を死なせはしない。
傷は深かったが綺麗に塞がり、出血も止まった。呼吸も安定している。
私の腕の中で穏やかに眠っているオーランドさんを見ていたら、自然と涙が溢れてきた。
(助けられて、本当に良かった……)
手で涙を拭っていると、スッと目の前にハンカチが差し出された。顔を上げると、私付きの侍女だった。
彼女の横には、私の部屋の見張りをしていた騎士と庭師のおじさんもいる。
「もしかして……サラちゃんなの?」
「うん、今はこんな恰好をしてるけどね。あと、騎士はルイスで、庭師はエラルドさんだよ」
彼女の話に、横の二人が大きく頷く。
声が別人だから違和感があるけど、たしかに喋り方はサラちゃんだ。
「ミサさんが無茶をするから、見ているこっちは気が気じゃなかったんだよ」
「そうだよ、ミサちゃん。いきなり寝ているところを起こされて、親戚のマイクって言われたときは誰かと思ったんだから。まあ、すぐに声でわかったけどさ……」
ルイスさんらしい騎士さんとエラルドさんらしい庭師のおじさんから揃ってお小言をいただいてしまったが、何だかとっても嬉しく感じる。
「心配をかけて、驚かせて、本当にごめんなさい。それにしても、これって幻影魔法ですよね? しかも、かなり高度なもの。一体誰が……」
「……大神官のキーファー様だよ、ミサ」
気づけば、騎士団服姿のロイさんもいた。
「えっ……ロイさんが、どうしてここにいるんですか?」
「そんなの決まっているだろう。悪者に囚われた聖女様を助けにきたんだよ」
「私を助けに……あっ!! そういえば、リムバート様は?」
(オーランドさんのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れてた!)
「おまえたちが治療している間にルイスとエラルドが捕らえて、オーランドの合図で駆けつけた俺たち騎士団が連行していったから、安心しろ」
「そうですか……全部、終わったんですね」
スーッと全身の力が抜ける。
そっとオーランドさんの頭を撫でると、心地よい安堵の気持ちが広がった。
こうして、およそひと月に渡るドイル兄弟による聖女誘拐事件はようやく幕を下ろしたのだった。
◇
その後、ロイさんは詳細を明かしてくれた。
この作戦の発案者がキーファー様であること。
彼の幻影魔法で、私と接触のある従僕たちとこっそり入れ替わり、救出の機会を窺っていたことなどを聞いた。
エラルドさんとサラちゃんは、先に村へ帰っていった。
エラルドさんに村のお店は大丈夫だったのか?と聞いたら、「聖女様の一大事に、元護衛騎士が助けに行かなくてどうするの!」と奥様に言われたのだとか。
村へ戻ったら、食事に行くと約束した。
サラちゃんは久しぶりに幼なじみのルイスさんに会えて嬉しかったらしく、上機嫌だった。
私とサラちゃんが抜けた治療院はグレド様がしっかりと守ってくれたそうなので、彼にもきちんと礼を伝えたい。
孤児院のマーサ先生や子供たちにも心配をかけてしまったので、サラちゃんに手紙を託した。
キーファー様とルイスさんが婿入りした伯爵家には、直接礼を伝えにいった。
私が無事だったことをキーファー様は大層喜んでくださり、恐縮してしまう。
今度王都へ来る機会があったらオーランドさんと共に自宅へ招待したいと言われたので、喜んでお受けした。
王都にある伯爵家のタウンハウスで、ルイスさんの奥様と義父である伯爵様と再会した。
伯爵様は村での治療後病気は再発しておらず、とてもお元気な様子。
もうすぐ一歳になるルイスさんのお子さんにも会うことができた。
とても可愛らしい男の子で、私の顔を見るとニコッと笑ってくれる人懐っこい子だ。
ひと月も家を留守にしてお父さん(ルイスさん)の顔を忘れられていないかと密かに心配をしていたが、大丈夫だったようで一安心。
領地への招待を受けたので、こちらもお受けしておいた。
◇
オーランドさんは一命を取り留めたが大量に出血をしたため、当分の間シュバルツ家で静養することになった。
ベッドで眠るオーランドさんの顔は青白く、痛々しい。
お医者さんは体力が回復すれば問題ないと言っていたが、それでも心配だ。
今回の件を、ご両親とガーランド様へ謝罪した。
リーランド様は「息子は護衛騎士としての務めを果たしただけ」と逆に私を慰めてくださったが、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ガーランド様にいたっては、「一番大切なあなたの命を守れたのだから、弟も本望だ」と仰っていたが、そんなことはないと思う。
あれだけ皆から話を聞かされていたのに、私は本当の意味で理解をしていなかった。
『聖女』という立場の重みを。
その影響力を。
周囲の人へ及ぼす弊害を。
私のせいで誰かが傷つけられる現実を目の当たりにし、戦慄が走った。
目の前で倒れこむオーランドさんの姿を思い出すだけで、今でも体が震える。
このまま私が皆の傍にいたら、今度こそ誰かが犠牲になるかもしれない。
そうなれば、とても耐えられないだろう。
眠っているオーランドさんの手をそっと握る。
エスコートしてくれるとき、外出先で繋がれたとき、いつだって私の手を優しく包んでくれるこの大きくて温かい手が大好きだ。
だから……
「今まで、ありがとうございました」
頬を伝う涙を、私は拭わなかった。
ある決意を固めると、速やかに行動へ移す。
残された時間は少ない。
◇
一か月後、私は王都の外れにある街の一角にいた。
「サミー、今日もよろしく頼むわね!」
「はい、ドーラさん」
小さな街の食堂で、私は給仕の仕事をしていた。




