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剣術指導大会


 オーランドが護衛騎士の任務に就いてから、一か月が経過していた。

 彼は片時も彼女の傍を離れずどこへ行くにもいつも一緒で、前任の護衛騎士たちと比べるとかなり過保護だとミサは思っている。

 オーランドが公爵家出身であることを知っているのは、この村ではミサと、彼女の親代わりでもある孤児院院長のマーサだけだ。

 ただ、平民とは違う洗練された所作や内面から(にじ)み出てくる育ちの良さで、それなりの家の出身であることがわかる者にはわかるらしい。


 オーランドの部屋は、これまでの護衛騎士が使用していた部屋と同じ。孤児院内の、ミサやマーサの部屋の向かい側にある。

 中の広さは六畳くらいで、家具もベッドや机と椅子・収納棚と、必要最低限の物しかない。

 基本的に身の回りのことは全て自分でやらなければならず、食事は孤児院の食堂で子供たちと一緒に食べる。

 そんな生活が生粋のお坊ちゃんであるオーランドにできるのだろうかと、ミサはひそかに心配をしていたが杞憂に終わった。

 騎士団の寮で生活をしていた彼には、全く問題がなかったのだ。


「寮にいる時より、こちらの方がよく眠れます。やはり、ミサ様のお傍にいるからですね」


「それは、ベッドが良いからでしょう」


 オーランドのいつもの戯言(ざれごと)を、ミサはさらりと受け流す。

 最初はいちいち反応していたが、次第に慣れ、最近は聞き流す(すべ)まで身につけたミサ。

 真面目な顔で発言してくる年下イケメンの冗談に、年上である自分が毎度振り回されていてはダメだと()()と気付いたのだ。

 

「ふふふ……ここのベッドで寝たことのある方は、皆さん同じようなことを仰いますよ。なんせ、ここのベッドは特別ですから」


「特別ですか?」


 不思議そうな顔をしているオーランドへ、マーサが昔話を語る。

 ベッドと寝具は数年前に治療費としてもらった物だが、ミサは誰から贈られたのか覚えていない。

 マーサによると、当初贈り主は「天蓋付きベッドと絹製寝具を」と言っていたそうだ。


「孤児院に、天蓋付きベッドと絹製寝具……ですか」


 オーランドが呆れたように呟いているが、当時の話を聞いて同じような感想を持ったミサには彼の気持ちがものすごく理解できた。

 孤児院にはあまりにも分不相応の物で、そもそもサイズが大きすぎて部屋に入りきらなかった代物(しろもの)。そのため、マーサが贈り主へ丁重に断りを入れ、結局ベッドは今使用している物に決まった。

 寝具も絹製ではないがかなり品質の良い物を、洗い替え分も合わせて貰ったのだ。


「贈り主は商人の方だと聞いていますが、さすがに申し訳ないことをしたと思いました」


「……ミサ様は、どうしてそう思われるのですか?」


「だって、普通に治療費を払うより、かなり高くついたと思いますよ……」


 孤児院とおまけに治療院の分まで貰ったのだから、相当な金額となったに違いない。


「ははは……なるほど。でも、命を助けてもらったのですから、対価としては安いくらいではないですか?」


『安い』と言い切れるオーランドは、やっぱり良いところのお坊ちゃんだなとミサは思う。

 治療費をお金ではなくその他の物でと制度を決めたのは他でもない自分だから、どうしても罪悪感を覚えてしまうのだ。



 ミサの治癒士としての新たな生活が始まったとき、これまで村に医者がいなかったこともあり治療院には大勢の患者がやって来た。

 ミサとしてはボランティア感覚だったので治療費をもらうつもりはなかったが、タダでは申し訳ないと村人たちが治療費の代わりに様々な物を持ち寄ってくることが増えてきた。

 食べ物だったり、物だったり、労力だったりするそれらを見て、ミサはきちんと制度化することを思いつく。その人が無理なくできる範囲で、物資や労働力・技術力を提供してもらうことにしたのだ。


 貧しい人なら、施設の掃除や洗濯などの手伝いを。

 農民や漁師・猟師からは、野菜や魚・肉などの食材を。

 商人なら、取り扱っている商品を。

 職人なら、その技術力を。

 貴族なら、建物の修繕や補修といった大規模な作業を……といった具合だ。


 ミサは、『治療院を末永く存続させるため』と『孤児院の環境改善のため』に。

 患者は、いつでも『必要な時に、必要な治療が受けられる』ように。

 共存共栄の関係を作り、治療院を継続させていくのが目標だ。


 商人や貴族にはなるべく地元の店や職人を雇用してもらい、地域経済の活性化にも努めた。

 ミサが前世の記憶を頼りに試行錯誤をしているうちに、本人の知らぬところで彼女はいつしか『聖女』と呼ばれるようになっていく。





 新しい護衛騎士の噂は、すぐに村中に広まった。

 日頃から多くの関わりを持つ孤児院の子供たちや治療院の従業員だけでなく、噂を耳にした村の若い女性たちからもオーランドは絶大な人気を集めていた。

 しかし、それに対し彼を快く思わない者が出てくるのも世の常。

 そういう(やから)が次に何を仕出かすかというと、二代目のルイスの時にも一度だけあった『剣術指導大会』という名の決闘の申し込みだ。





 ある晴れた休日の午後、村の広場は大勢の人たちで埋め尽くされていた。


 ミサは孤児院の子供たちと最前列の特等席に座り、周囲を眺めている。

 これから始まるオーランドによる剣術指導を一目見ようとたくさんの村人たちが詰めかけ、辺りには屋台も多く出店し、さながら、年に一度の村祭りのようだ。

 屋台のなかにはエラルドの店もあり、新婚の妻と三人の子供たちと一緒に自慢の串焼きを売っている。

 匂いに誘われるのかなかなか繁盛している様子で、ミサがあとで買いに行こうと決意したのは言うまでもない。


「ミサ様、少しの間だけお傍を離れますが、すぐに戻ります」


 開始時間になり、ミサの後ろに控えていたオーランドが木刀を持って広場の中央に描かれた円の中に入っていく。

 彼が登場すると割れんばかりの歓声が上がり、続いて周囲から若い男性八名が入ってきた。

 この八名の内の三名は村内の大商店や有力者の息子たちで、今回の首謀者とミサはにらんでいる。

 そして、その取り巻きが同じく三名。

 

 実は今回の件について、ミサは事前に彼らの父親たちへ無謀だから止めさせるようお願いに行っていた。

 ところが、彼らから『(ミサでも()()()()()を)この機会に、護衛騎士様から治してもらいたい」と懇願されてしまったのだ。

 実は彼らは、家庭内でも扱いに苦慮しているどら息子たちだった。

 遠慮なく性根を叩き直してください!と言われたオーランドは呆気にとられたあと、「私は護衛騎士ですので、ミサ様のお傍を離れるわけには参りません!」と頑なに拒否したが、「これも、ある意味人助けだと思って、お願い!」と言うミサの命令(お願い)にあっさりと前言を翻す。

 かくして、剣術指導大会は開催されることとなったのだ。


 残りの二名はたまたま村に滞在中の冒険者二人組で、よほど腕に覚えがあるのか、剣術指導の話を聞き急遽参加に名乗りをあげた。





 オーランドを中心にして、木刀を持った男たちがぐるりと周りを取り囲んでいる。

 数の上では圧倒的に不利な状況だが、彼の表情は変わらず穏やかなままだ。


(八名も相手だと、さすがにオーランドさんも分が悪いんじゃ……)


 彼へ参加を促したのが自分ということもあり、ミサはハラハラしながら事の成り行きを見守る。

 試合開始当初はお互い様子をうかがい、すぐには誰も動かない。

 その内、痺れを切らした冒険者の二人組が先に行動を起こす。左右同時に、オーランドへ斬りかかっていったのだ。





 結論から言えば、さすが護衛騎士の選抜試験を潜り抜けてきた実力は、伊達ではなかったの言葉に尽きる。

 冒険者二人組の連携は見事で、オーランドに隙を与えず次から次へと斬りこんできたが、彼はそれらをすべて綺麗に受け流した。

 傍目(はため)にはオーランドの防戦一方に見えるが、二人組の攻撃は一度も入らない。


 しばらく打ち合っている内に二人組の一人に疲れが見え始め、明らかに動きが鈍くなってきたが、それを見逃すオーランドではなかった。

 まず、打ち合いながら余力がある方の木刀をわざと遠くへ飛ばし一時的に戦線を離脱させると、その間に残された一人の腕と腹に二打打ち込み倒してしまう。

 慌ててもう一人が戻ってきたが、一対一ではオーランドの敵ではない。木刀が一閃したと思った瞬間、もうすでに相手が地に伏していた。

 

 残りの六人は、目の前で繰り広げられた打ち合いに恐れをなしたのか、尻込みして誰もオーランドへは向かっていかない。

 その内、観客席からヤジが飛び始め、リーダー格の男に指示された取り巻き三人組が渋々前に出てきた。

 こちらも一斉に向かってきたが、先ほどの冒険者たちとは違い、赤子の手をひねるようにオーランドからの一撃で三人まとめてなぎ倒されしまう。

 残る首謀者たちはというと、あっさりと戦意を喪失。

 こうして、最後はあっけなく剣術指導大会は幕を閉じたのだった。


 大会後、オーランドは戦った一人一人と握手をしていた。

 冒険者の二人組とは楽しそうに言葉を交わし、取り巻きの三人へは真剣な表情で言葉をかけ彼らも大きく頷いている。

 リーダー格を含めた残りの三人組へは、ミサがこれまで見たこともないキラキラの笑顔で握手をしているが何やら様子がおかしい。

 満面に笑みを浮かべているオーランドに対し三人組の顔は真っ青で、戦ってもいないのに大量の汗を掻いていたのだ。





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