四代目の護衛騎士
次の日、ミサは四人目となる護衛騎士と対面した。
ロイの隣で直立不動の姿勢を崩さない彼を言葉で言い表すなら、『騎士物語の王子様』。これしかないだろう。
これまでの護衛騎士たちも、其々に異なった魅力を備えた者たちだった。
ロイは、ワイルドなちょい悪タイプ。
ルイスは、品の良いお坊ちゃんタイプ。
エラルドは、渋いイケおじタイプ。
しかし、目の前の彼はそのどれにも属さない正統派のイケメンだ。
ミサの前世にあった小説の中ではイケメンの代名詞とも言える『金髪碧眼』に、すらりと背の高い体躯。
今は騎士服を着ているが、頭に王冠を被せたら、十人が十人彼を王子様だと見間違えることだろう。
ロイに促され、彼はミサの前に跪く。
「私は、オーランド・シュバルツと申します」
彼が名乗ると、ミサの後ろに控えているエラルドがぴくっと反応しゴクリと唾を飲み込んだ。
「これから貴女様を、全身全霊を傾けてお守りさせていただく所存です……私の生涯をかけて」
『生涯をかけて』とは、決意表明にしてはかなり大仰な言葉だ。
彼の真面目な性格がうかがえるが、キラキラオーラが全開で大変見目麗しいことになっており、見慣れていないミサには眩しくてたまらない。
「私はミサと申します。一部では聖女と言われておりますが、どうぞ私のことは『ミサ』とお呼びください。これから、よろしくお願いします」
こちらの世界では会釈程度で深く頭を下げて挨拶をする習慣はないのだが、ミサは前世の癖で初対面の相手にはつい腰を屈めて挨拶をしてしまう。
オーランドが驚いたように目を見開いた様子が視界に映ったが、ミサは気付かないふりをした。一度身に付いた習慣を直すことは、なかなかに難しいのだ。
「では、お言葉に甘えて『ミサ様』と。私のことは『オーランド』と呼び捨てで構いません」
「いえいえ、呼び捨てなんて……私は、これまでの方たちと同じように『オーランドさん』と呼ばせていただきますね」
護衛騎士の呼び方については年齢に関係なく全員『名前+さん』付けと決めていて、自分に対しては相手に任せてきたミサ。
ちなみに、ロイは最初から『ミサ』。ルイスは『ミサさん』。エラルドは最初は『ミサさん』、その内『ミサちゃん』に変わった。
そのため、初めての『ミサ様』呼びは、少々どころかかなりむず痒い。
「では、さっそく仕事の引継ぎを……エラルドさん、お願いします」
「かしこまりました。えっと……その前にオーランド殿、一つ確認をしたいのだが?」
エラルドが、オーランドへ顔を向ける。
「その……シュバルツ家とは、もしや……シュバルツ公爵家のことだろうか?」
「はい、たしかに私はシュバルツ公爵家の次男です。しかし、護衛騎士は平民だろうが貴族であろうが、家名は関係なく皆等しく対等の立場であると聞いておりますが……」
「ああ……もちろんその通りだ。いや、少し気になったものだからな。変なことをきいて、すまなかった」
かなり戸惑った様子のオーランドに頭を下げたエラルドは、引継ぎの話を始めた。
二人の邪魔をしないよう静かに傍を離れたミサは、部屋の隅でひとりニヤニヤしているロイに近づく。
彼へいろいろと言いたいことはあるが、大声にならないよう必死に我慢した。
「ロイさん、(オーランドさんが公爵家の方なんて)一言も聞いてないんですけど(!)」
「そりゃそうだ、わざと内緒にしていたからな……」
「なっ!?」
やはり、ロイは確信犯だったらしい。
見上げるように睨み付けたミサを、ロイは軽く鼻で笑った。
「でも、今回は(オーランドに決まって)良かったと思うぞ。これからは王都へも行くんだろう?」
「王都へ行くことと、(オーランドさんが護衛騎士に決まったことが)どう関係があるんですか?」
たしかに、以前から要請を受けていた王都の神殿へ年に何度か出張することが決まっていた。
しかし、その件とこの件に一体どんな繋がりがあるのか。もう、これ以上はごまかされない!と目で訴えるミサに、ロイはいつになく真剣な表情を向けた。
「これまで、おまえがこの村にいる分には何も問題はなかった。……が、王都へ行くとなれば話は別だ。これからは、様々な貴族たちがおまえを一族へ取り込もうと群がってくるはずだ」
「えっ……」
思いも寄らぬ話に、ミサの背中を冷や汗がたらりと流れる。
「考えてもみろ。これまでの功績が認められ、来月、国王陛下から正式に『聖女』として認められるんだぞ。狙われないわけがない」
「あ~その話は言わないでください。忘れようとしているんですから……」
ミサは慌てて耳を塞ぐ。考えないように心の隅に追いやっていた現実を、改めてロイから突きつけられてしまった。
先日、国王陛下の使者を名乗る者が突然孤児院へやってきた。
書簡の文章を簡単に要約すると、≪この度、貴女を正式に聖女として認定するので、ぜひ王城へお越しください≫と書いてあったのだ。
まさかの『謁見』にミサの手は震えた。前世も現世もただの平民の自分が、国王陛下と面会するために王都へ行くなんて信じられない、信じたくない。
『使者は偽物でした』もしくは『夢の中の出来事』であってほしいとミサは神に願った……残念ながら現実だったが。
「そのときに、聖女様の盾となり守ってくれるのが護衛騎士のオーランド、そしてシュバルツ公爵家というわけだ。ミサは知らないだろうから、ついでに教えておく。シュバルツ家の現当主は前国王の末息子……つまり王弟だ。だから、他の貴族はむやみにおまえへ手出しはできない」
「…………」
あまりの衝撃に声も出せないほどの後出し情報を聞かされ、知らないほうが幸せだったよー!ともう一人の自分が騒いでいる。
オーランドは王子様キャラなどではなく王家の一員……ある意味、本物の王子様と言っても過言ではない人物だったのだ。
さっき、エラルドがわざわざ家名を確認した理由を、ミサは嫌というほど理解した。
絶対に聞いてはいけない、知らなかった方が幸せだった情報が、次から次へと頭の中に送り込まれてくる。
「心配するな。(シュバルツ公爵家に)悪い噂はないし、王族からの信頼も厚い。王都ではオーランドの言うことをよく聞いて、おとなしくしていれば安全だ」
「……わかりました」
聞けば聞くほど不安にしかならない話が、ようやく終わりを迎えた。
ロイのことは信用しているので言いつけはきちんと守るが、心配するなというのは無理な話だとミサは心の中で愚痴る。
そんなミサを安心させるように、ロイは彼女の肩をポンと叩くといつものようにニカッと笑った。