プロローグ(後編)
街道に現れた魔物の討伐は、王都から派遣されてきた騎士団にロイも加わり敢行される。
騎士団の中にも多くの負傷者を出す大激戦の末、群れを束ねるボスの討伐に成功したが、ロイはその代償として右腕を失ってしまう。
利き腕を失ったロイは「任期終了後は、騎士を辞め田舎に帰る」とミサに告げるが、彼が騎士の仕事に誇りを持っていることを知っているミサは、彼を助けるため、これまで一度も経験のない再生魔法を行使することを決断する。
再生魔法は、治癒魔法と異なり多くの魔力が必要となる。
ロイをはじめ周囲の大人たちは皆猛反対したが、ミサは独断で強行。
結果、彼女は魔力欠乏症を起こし倒れたが、腕を再生させることに成功したのだ。
任期を終えたロイは、このときの功績により栄誉ある第一騎士団へ異動となった。
◇
あれから数年が経過し、十七歳となったミサは今も元気に村の治療院で治癒士として働いている。
ロイの後任として派遣されてきた二代目護衛騎士のルイス、そして三代目のエラルドとも良好な関係を築いてきた。
「かんぱ~い!」
孤児院の食堂で、来週任期を終えるエラルド、そして、久しぶりに村に来ていたロイと共にミサは夕食を食べていた。
先ほど乾杯はしたが孤児院内は飲酒禁止のため、三人とも見た目はワインの果実水を飲んでいる。
ミサは成人したので飲酒や結婚も可能となったが、飲酒はともかく結婚をする気はさらさらなかった。そもそも、現状そのお相手もいないからなのだが。
「この間、夜会でルイスに会ったが、おまえに会いたがっていたぞ」
「ルイスさん、お子さんが生まれたんですよね? 手紙に書いてありました」
二代目のルイスは子爵家出身の三男で、当時十八歳。
ロイとは違いルイスはあまり自己主張をしない控えめな性格の人物で、どうやら皆がやりたがらない仕事を押し付けられてきたようだった。
治療院の評判が高まるにつれ村外からの患者が増え、その影響で地元の経済が徐々に潤い村に活気が出てきたとはいえ、王都からは馬車で半日かかることや、まだまだ村の娯楽が少ないこともあり、若い騎士たちからは護衛騎士の仕事は敬遠されていたのだ。
ルイスは真面目で穏やかな性格ということもあり、子供からお年寄りまで皆に人気があった。
ミサにとって彼は歳の離れた兄で、二人は兄妹のような関係だった。
ある時、父親の病気治療のため付き添いで村の治療院に来ていた娘が、あることがきっかけでルイスに一目惚れし、さらに父親の後押しもあり任期終了後に結婚することが決まる。
実は、彼女は領地持ちの貴族の令嬢で一人娘。しかも、子爵家よりも格上の伯爵家への婿入りという逆玉の輿だったのだ。
現在、ルイスは王都と領地を行き来しながら領地経営の勉強をする忙しい生活を送っているようで、ミサが受け取った手紙にはそれとなく弱音と愚痴も書かれていた。
ミサは村から声援を送ることしかできないが、父となったルイスには是非とも頑張ってほしいと思っている。
「ロイ副団長殿、最近の騎士団の様子はいかがですか?」
「う~ん…そうだな、魔物や他国からの脅威が年々減少していて、まあそれ自体は喜ばしいことなんだが、若い奴らが弛んできている。まったく困ったものだな……」
ロイは現在二十九歳。三十八歳のエラルドのほうが年上だが、役職はロイが上なのでエラルドは敬語をつかっている。
「それにしても、あの問題児だったロイさんが今や第一騎士団の副団長だなんて、私はいまだに信じられないですよ……」
「ははは……俺もだよ。まさか平民の五男が、お貴族様と縁続きになるってこともな!」
ロイは第一騎士団へ異動になったあと、腕を治療してもらったのだからと奮起する。
いい加減なようで実は根が真面目だった彼は、第一騎士団の団長に気に入られその長女と結婚、ルイスに続いてこちらも伯爵家へ婿入りしたのだ。
ただし、領地持ちではない貴族なのでその点は気楽だとロイは笑う。
「なあミサ、知ってるか? 俺たちの時は不人気職だったおまえの護衛騎士が、今や騎士団内では人気職なんだぜ。信じられないだろ?」
「へえ~時代も変わりましたね。でも、理由は何ですか?」
「聖女様のご加護のお陰で、護衛騎士は幸せになるって噂だ」
「あはは! 『聖女様』に『ご加護』なんて、そんな大袈裟な……」
「いや、ミサちゃん。『ご加護』はあると思うよ。俺もその恩恵を受けた一人だから、わかるんだ」
ロイの話を笑い飛ばしたミサの隣で、真面目な顔をしたエラルドが大きく頷いている。
三代目は、これまでの若い二人とは違う壮年のエラルドだった。
三十五歳の彼は男爵家出身の次男で、この任務を最後に騎士を引退し田舎町でのんびり商売をするつもりだった。その資金調達のため、自らこの仕事に志願したとミサには話していた。
エラルドは豪快で、誰とでもすぐに仲良くなれる陽気な性格。
ミサとは親子ほど歳が離れているため、娘のように可愛がってくれた父親のような人物だ。
彼は治療費支払いのため治療院や孤児院で手伝いをしていた子持ちの未亡人と意気投合し、任務終了後は彼女と結婚しこの村で飲食店を開くことが決まる。
相手の女性も明るい性格で、彼女が作るご飯はとても美味しくミサは前々から腕を買っていた。
二人の店のオープンを、ミサは今から心待ちにしているのだ。
「エラルドさんまで、そんなことを言って……」
ミサは自分から『聖女』を名乗ったことは一度もなく、この結果は彼らの努力や人柄のおかげだと思っている。
それでも、共に仕事をした仲間が幸せになるのは素直に嬉しいことで、ミサの頬も自然と緩む。
「それで、エラルドさんの後任はどんな方ですか?」
「フフフ……今回は希望者殺到で、初めて選抜試験をしたんだぞ。もちろん、身分や家柄は関係なく、個人の実力だけでな!」
「……えっ!? 選抜試験ですか?」
ロイの口から、とんでもない話が飛び出した。
「そうでもしないと、収拾がつかなかったからな……で、それに勝ち抜いた選ばれし者だ。まあ、アイツを簡単に説明すると『聖女信奉者』だな」
「はい? 何ですか、その『聖女信奉者』って?」
「聖女様を崇拝する者たちのことですよね?」
ミサの疑問に、エラルドが答える。
「その通り。もっとも、厳密に言えば……アイツは『聖女』ではなく『ミサ個人』を崇めている奴だけどな」
『聖女』ではなく『私個人』を崇めている……ミサは話を聞いているだけで眉間に皺が寄った。
そんな人が護衛騎士になって大丈夫なのだろうかと、一瞬にして不安になる。
「ミサ、そんな顔をするな。 ちょっと変わったところはあるけど、別に普通の奴だぞ。以前、家族をおまえに助けてもらったとかで、その恩返しがしたいんだとよ。その為に、騎士団へ入って護衛騎士を目指したらしいからな」
なるほど、そういうことか……とミサは納得する。
その彼に限らず、恩義を感じて良くしてくれる人はこれまでにも多数存在していた。ミサにとっては本当に有り難いことであるが。
「歳は、たしかおまえの一つ下だったかな。初の年下護衛騎士だ」
「ミサちゃん、良かったね! 君はもう結婚もできる年頃の娘さんなんだから、俺みたいなおじさん騎士ばかりだと出会いもないし、婚期が遅れるんじゃないかってずっと心配をしていたんだ」
エラルドは、いつも父親目線でミサの心配をしてくれる。
亡くなった両親が生きていたら同じように心配をしてくれたのかなと、ミサはちょっぴり思ってしまった。
「エラルドさん、私はまだまだ結婚する気はありません。それに、ロイさんみたいに間違っても貴族とは結婚しませんよ。まあ、そもそもできませんけどね……」
この世界では、成人と同時に結婚する女性が大多数だ。
前世の感覚があるミサからすれば、十七歳で結婚なんて早すぎると思うのだが。
「まあ、このじゃじゃ馬娘を嫁にもらってくれるような殊勝な奴が現れればいいが……でも、何が起こるかわからないのが人生ってもんだ。この俺みたいにな!」
ロイがニカッと笑いながら、慣れた手付きでミサの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
髪は乱れるし、さすがに成人したのだからお子様扱いは止めて!と抗議をしても、彼はどこ吹く風だ。
乱れた髪を手櫛で直し、ロイを一睨みしたミサは、手が止まっていた食事を再開してふと思う。
初の年下護衛騎士なら、ルイスの時とは逆に姉と弟のような関係を築けばいいのだとひらめいた。
明日こちらにやってくる彼が皆と仲良くやれる人であればいいなと思いながら、ミサは食事を終えたのだった。