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聖女崇拝者と聖女狂信者


 シュバルツ公爵家の馬車が見えてきた。

 ミサがウキウキしながら足取りも軽く歩いていくと、突然、柱の陰から銀髪の若い男が現れる。

 騎士服を着ているようだが、オーランドたちのとは色が違う。


「こんにちは、聖女様。お会いできて光栄です」


 男が差し出した手にミサは腕を取られそうになったが、オーランドが素早く(はた)き落とす。

 バチンと大きな音がした。


「痛ってえ……オーランド、少しは手加減しろよ」


「無礼者に、手加減をする必要性を感じません」


「はは……相変わらず、冗談が通じないヤツだな」


 会話から、二人が知り合いであることはわかる。

 しかし、取り巻く緊迫感が尋常ではない。


「……ご用件をお伺いしても?」


 オーランドの口調はどこまでも冷たく突き放すようで、目つきは相変わらず鋭いままだ。

 氷魔法を発動しているかのような冷気さえ感じる。


 対する男も口調は穏やかだが、目は全く笑っていない。

 オーランドと同じ碧眼なのに、受ける印象は全く違った。


「聖女様に挨拶をしにきただけだ。だから……そこをどけ」


「お断りします」


 オーランドはミサを庇うように前へ出て、一歩も動かない。

 どうすれば良いのかわからないミサは、ただ黙ってオーランドの背中を見つめるしかなかった。


 二人は対峙したまま数十秒、言葉を交わすこともなければ身動(みじろ)ぎ一つしない。

 何か打開策はないかとミサがオーランドの後ろで冷静に思考をめぐらせていると、コツコツと人の歩く音が聞こえてきた。


「……これはこれは、近衛師団のラムザート殿ではないですか。こんなところで、何をされているのですか?」


 聞こえてきた声に、思わず安堵のため息がもれてしまうくらいの絶対的安心感。

 ミサが後ろを振り返らなくてもわかる、ちょい悪ヒーローが遅れてやって来た。


「まさか、ここでどなたかを待ち伏せしていた……なんてことは、さすがにないですよね?」


「ロイ副団長殿も、お人が悪いですね。休憩時間にちょっと散歩をしていただけですよ。ああ、そろそろ戻らないと……それでは、失礼いたします」


 オーランドの後ろにいるミサにちらりと視線を送ると、ラムザートは去っていった。

 彼の姿が見えなくなると、オーランドがようやく肩の力を抜く。


「……助かりました。ありがとうございます」


「いやいや、俺のほうこそ油断していた。アイツの任務中を狙って行動したつもりが、いつの間にか同僚と交代してやがった。それで、慌てて駆けつけたってわけさ」


 健闘を称えるように、ロイはオーランドの肩をポンポンと叩いた。


「ロイさん、今の方はどなたですか?」


「アイツは、選抜試験の最終選考に残った二人のうちの一人。つまり、オーランドに負けたヤツだ」


 ミサがオーランドの顔を見ると、彼は口を開いた。


「彼は、ラムザート・ドイル。ドイル公爵家の次男で、近衛師団所属の騎士です。現国王陛下の兄……王兄の息子です」


「王兄って……国王にはならなかったんですか?」


「おまえ声がでかい!! 余計なことをしゃべったら、下手すりゃ不敬罪で捕まるぞ!」


「ご、ごめんなさい……」


 前世にあったことわざ、『口は(わざわい)のもと』。

 今日の午前中にすでに神殿でやらかしたミサは、今度こそしっかりと心に刻んで口をつぐむ。


「伯父は昔から自然科学の研究をされておりまして、政治には全く関心がありませんでした。だから、王位継承権を弟…現国王陛下へ譲られると、さっさと臣籍降下し領地に引きこもられました。ただ、今でも治水工事や灌漑事業などには助言をされていらっしゃいます」


「そうなんですか……」


「長男も父親と同様に、結婚もせずに領地に引きこもって研究をしている。だから、双子の弟……アイツが跡取りなんだが、父親と違い権力に固執している。そして、おまえを狙っているんだ」


「ラムザートは最近、結婚間近だった婚約者との婚約を解消したそうです。ミサ様を狙っているのは明白です」


「私を狙っているって、何のために?」


「『聖女』との婚姻だ」


 さらりと事も無げに言ったロイの言葉に、ミサは「ああ……」と思った。

 以前、サラが言っていた『光属性』を持つ女性を男性貴族が求める理由。

 貴族でもない平民は、妾にされるという話だった。


 これまでは平民だったミサが聖女と認定されれば、身分だけは王族と同格。だから、一夫一妻制のこの国で自分と結婚するために婚約を解消した……考えただけで、ゾッとした。


「そんな理由で、そんな簡単に、婚約って解消できるんですか?」


 ミサの前世の感覚でいえば信じられない話だ。

 ドロドロの修羅場で、刃傷沙汰が起きてもおかしくはない。


「平民出身の俺たちからすれば驚く話だが、貴族の間では珍しくもないよくある話だ。お貴族様は家のために婚約したり解消したりと、いろいろ大変だよな……なあ、オーランド?」


「……そうですね」


 公爵家の出身であるオーランドも、そういう立場にある人間の一人だ。

 ミサはつい忘れてしまうけれど。


「じゃあ、オーランドさんにも婚約者がいらっしゃるんですか?」


「いえ、私にはまだ……」


「護衛騎士なんてやっていたら、婚約者なんてできないよな? 聖女様は田舎に引きこもっているから、出会いもほぼほぼ無いし……」


 ミサと一緒に村にいれば、周りはほぼ平民。

 公爵家とつり合う貴族の令嬢と知り合う可能性など、無いに等しい。


「まあ……いざとなれば、おまえが責任を取ってオーランドと婚約してやれば? 『聖女』という肩書きがあれば、身分の問題もないしな!」


「問題がないって、大有りですよ! 公爵家のお坊ちゃんの婚約者が平民出身の年上女なんて、どんな『罰ゲーム』ですか!!」


「ん? バツゲ…って、何だ?」


「い、いえ……こっちの話です。どう考えてもおかしいですよ!と言いたかったんです……」


 ミサは興奮すると、無意識のうちにたまに前世の言葉が出てしまう。

 気を付けてはいるのだが、これも簡単には直りそうもない。


 オーランドはキラキラ王子様キャラの生粋のお坊ちゃんだから、心配せずとも相手は選び放題だとミサは思っていた。しかし、ロイの話を聞く限りではどうやら違うとのこと。

 

(彼が婚期を逃さないように、王都にいる間に真剣にお相手を探すべきなのでは?)


 ミサが悶々と考え込んでいると、オーランドと目が合った。


「話がだいぶ逸れたが、簡単に言うとオーランドは『聖女崇拝者』で、ラムザートは『聖女狂信者』だ。いくらアイツが優秀でも、何を考えているかわからんヤツにおまえの護衛は任せられない。だから、オーランドに決まったんだ」


「私は、オーランドさんが護衛騎士でホント良かったです」


 ミサはオーランドの目を見て、嘘偽りのない気持ちを述べた。

 彼の綺麗な碧眼と比べると、同じ色でもラムザートの瞳は仄暗(ほのぐら)く、冷酷に光っていて本当に怖かった。

 ちょい腹黒王子でも、オーランドと一緒だといつも穏やかで優しい時間が流れていく。

 そんな日々が過ごせることに自分は感謝しなければいけないと、ミサは改めて気持ちを新たにする。


「……だとよ、オーランド良かったな!」


「こ、光栄です」


 朝に続いて、またしてもオーランドは顔を真っ赤にし俯く。

 ここまでくると、赤面症ではないのか?と疑いたくなるレベルだ


(それにしても、イケメンは、どんな顔をしていてもイケメンなんだな……)


 耳まで赤いオーランドを眺めながら、余計なことまで思ったミサだった。




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