騎士団への訪問
神殿から戻り昼食を終えると、今度は騎士団へ挨拶に向かう。
長年、ミサのために護衛騎士を派遣してくれている礼を述べる、またとない機会だ。
騎士団は、王城と同じ敷地内にある大きな建物の中にある。
オーランドの説明によると、ここに第一から第五までの全ての騎士団が集まっているとのこと。
「五つも騎士団がありますが、そもそも何が違うんですか? 第一騎士団が一番格上なのは知っているのですが…」
王都に住んでいる者なら常識なのだが、ずっと村に引きこもっているミサは何も知らない。
オーランドは驚きながらも、ミサに仕事内容を詳しく説明してくれた。
第一騎士団……王城内の警備
第二騎士団……王都内の警備
第三~第五騎士団……主に、国内の警備補助。各領主より依頼があれば、各地へ派遣される。
ロイは第三、ルイスは第四、エラルドは第五騎士団に所属していたとミサは聞いていた。
このことからも、護衛騎士が各騎士団の持ち回りだったことがわかる。
「オーランドさんは、第三騎士団の所属でしたか?」
「いえ、第二騎士団です。私はどうしてもミサ様と結……護衛騎士になりたかったのです。騎士団に入ったのも、そのためですから」
ミサは、ふとロイの話を思い出す。
すっかり忘れていたが、オーランドはミサ個人を崇拝しているかなりの変わり者なのだ。
その他には近衛師団というのもあり、王族の警護を担当しているのだが、自分には一生関わることのない部署だろうとミサは思った。
◇
建物の入り口付近にある待合室で待っていると、見慣れた顔がミサを迎えに来た。
言わずと知れたロイだ。
「騎士団へようこそ! ミサ、よく来たな」
「わざわざ第一騎士団の副団長さまがいらっしゃるとは、私も偉くなった気分ですね」
「バカ、偉くなった気分じゃなくて、おまえは本当に偉くなったんだ。なんてったって『次期聖女様』だからな!」
ニカッといつもの笑みを浮かべるロイは、メリルが綺麗に整えてくれたミサの頭を遠慮なく豪快にわしゃわしゃする。
口では次期聖女様と言いつつも、これを止めるつもりはないようだ。
「よし、じゃあ行くか! オーランド……わかっているな?」
ロイからの問いかけに、オーランドは無言で頷く。
二人の間にピリッとした緊張感が張りつめ、その雰囲気につられてミサも緊張していたが、挨拶回りは終始和やかに進んだ。
各騎士団の団長たちは、皆、気の良いおじさまたちだった。
もっと厳ついタイプを想像していただけに、ちょっとばかり拍子抜けしたことはミサだけの秘密。
特に第一騎士団の団長は、すらりとした背の高い前世で言うところのロマンスグレータイプの上品な人物。
この人がロイさんの舅さんか……とミサが凝視していたら、「何か?」とにこやかな笑顔で話しかけられてしまい、「ロイさんが、いつも大変お世話になっております」と返したら、苦笑されてしまったミサだった。
父を見て、おそらく娘も上品な人だろうとミサは予想する。
お嬢様がちょい悪タイプに惹かれてしまうのは、どの世界でも共通なのだろう。
騎士団での予定はこれで終了だったのだが、ロイがどうしても案内したいところがあるというので付いていく。
向かった先にあったのは、『聖女信奉会』と書かれた札がかかったドア。
それを見ただけで、ミサは何やら嫌な予感がする。
顔を引きつらせていると、後ろから「私も会員なのです」と嬉しそうなオーランドの声が聞こえた。
ドアが開いた瞬間、怒号と聞き間違えるほどの歓声があがる。
中にいたのは五十名ほどだろうか、騎士たちがきちんと整列しミサを出迎えた。
よく見ると、ミサの肖像画らしきものを持っている者がちらほらいて、瞬時に、これは前世でいうところの(対象がアイドルから聖女へ変わっただけの)ファンクラブみたいなものだと理解した。
今から握手会でも始まるのかと思ってミサはドキドキしたが、それはなく、一人一人と順番に話をしただけだった。
貴族の常識では、夫婦や恋人でもない女性に軽々しく触れてはいけないのだ。
平民出身らしき騎士たちもそれを律儀に守っている姿を、ミサは微笑ましく眺めていた。
自分の肖像画を見せてもらったミサだが、誰がモデル?と画家に問い詰めたくなるほど別人に描かれている。
髪と瞳の色と着ている服が同じなのでミサであることは間違いないようだが、あまりにも聖女補正が入りすぎいて、本人との違いに非常に居たたまれなかったミサだった。
◇
「ふう…」
すべての予定を終えたミサは、騎士団の建物を出て馬車の乗車場へ向かっていた。
雲一つない空を見上げたら、思わずため息がもれる。
「ミサ様、大丈夫ですか?」
「はい、ちょっと疲れただけです」
前を歩くオーランドが、心配そうに後ろを振り返る。
それに笑顔で頷くと、周りに人がいないことを確認してからミサは両腕を上げ大きく伸びをした。
(人前でしたら、「聖女様が端ないですよ!」とメリルさんに叱られちゃうもんね……)
「村では見知った顔ばかりですが、大勢の知らない方とお会いするのは、やはり緊張して肩が凝ります」
「そうですね。でも、ミサ様は立派に務めを果たされていらっしゃいましたよ」
「そう見えていたのであれば良かったです。ボロがでないよう、とにかく必死でしたから」
「ははは! では、そんなミサ様にご褒美を差し上げないといけませんね……」
オーランドは少し考えを巡らせたあと、にこりと笑う。
「まだ時間がありますので、帰りにキーファー様から教えていただいた菓子店へ寄り道しましょうか?」
「……えっ!?」
「店には焼き菓子だけでなく、店内でしか召し上がれないケーキもあるそうですよ」
「ケ、ケーキ……」
いつもはキラキラ王子様のオーランドが、今日は後光が差してミサには神様か仏様に見える。
思わず拝んでしまいそうになった。
「疲れた時は、甘い物……なんですよね?」
なんという悪魔の囁き。
午前中にも甘い物を食べたのに午後にも食べてしまったら、完全にカロリーオーバーなのは明白だ。
(お腹のお肉も気になるし、やっぱりここは自重しないと……)
「ミサ様、どうされますか?」
「い、行きます!」
オーランドの甘い誘惑には逆らえなかった。