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[回想] 不純な動機(後編)


 卒業後、無事に騎士団への入団を果たしたオーランドは、騎士団内の『聖女信奉会』なるものの存在を知る。

 ミサから直接治療を受けた者、オーランドのように身内・知り合いを助けてもらった者たちが中心となって彼女を『聖女』と崇め信者となり、勝手に作ったものらしい。

 オーランドも最近のミサの動向を知るために入会したのだが、変わらず、彼女は自分の務めに励んでいるようだった。


 会員の一人が、わざわざ画家に依頼して描かせたという姿絵をオーランドに見せてくれた。

 記憶にあった少女の面影はなくなり、いつの間にか美しい女性へと変貌している姿に目を奪われる。


 淡い水色の髪に、満月のような金色の瞳。

 姿絵のミサは、慈愛の表情を浮かべ佇んでいた。





 最近の『聖女信奉会』は次の護衛騎士が誰に決まるのか、その話題で持ちきりだ。

 現在の護衛騎士の任期が終了するため、近々選抜試験が行われるとのこと。


 一、二年は先だろうと思っていたところに訪れた、オーランドにとっては千載一遇の機会。

 これを逃せば、もう次はない。

 接点を作れないまま、ミサが他の誰かのもとへ嫁ぐのを指をくわえて見ているしかないのだ。


 試験は家名・年齢・役職などは一切考慮されず、実力のみで決まるとのこと。

 騎士としての基礎知識、護衛騎士にふさわしい言葉遣いや礼儀作法を問われる筆記試験。

 騎士としての強さを測る実技試験。

 最後に、団長たちによる面接があった。


 オーランドが面接室に入ると、各団長の他に第一騎士団副団長のロイの姿があった。

 彼は『聖女信奉会』で知らぬ者はいないほどの有名人で、会員の中にはロイを聖女の使徒と崇める者さえいる。

 ミサの一番目の護衛騎士であり、信頼関係を築き、彼女の再生魔法を一番最初に受けた人物。

 オーランドが初めて見た護衛騎士が彼だった。


 団長たちがオーランドに次々と質問をしていくなか、ロイは一言も言葉を発することなく面接は終了する。

 部屋を出たオーランドが緊張から解放されホッと一息ついていると、「オーランド」とロイから声をかけられた。

 屋上へ連れてこられたオーランドに、彼はこう言った。


「おまえは面接で、大事な人の命を助けてもらったからその恩を返したいと、護衛騎士を目指した理由を述べたが、それは本当か?」


「はい、事実です」


 オーランドの一番の目的はミサと接点を持つことだが、これも理由の一つであることに嘘はない。

 面接では詳細を省いたが、ロイには過去に自身が経験した話をした。


「……おまえもあの時、村にいたのか」


「はい、死にかけていた母の命を救っていただきました。その時に、ロイ副団長とも会っております」


「そうか……」


「あの、一つお伺いしたいのですが?」


「何だ?」


「実はあの時、母はわけあって平民の格好をしておりました。……にもかかわらず、彼女は真っ先に治療をしてくれました。もしや家人が公爵家の名を出し、彼女へ圧力をかけたのではないかと心配しております」


 昔からこのことが気掛かりだった。

 ミサが真っ先に母を助けてくれたのは、誰かが裏で手を回したからではないか?

 自分や母の知らぬところで、彼女に対し脅迫まがいのことをしていないか?

 オーランドはずっと気になっていたのだ。


 最初はオーランドの話を真剣に聞いていたロイの表情が、次第に崩れていく。


「あはは! 何だそんなことか。安心しろ、アイツはガキの頃から権力には屈しないやつだった。それに、おまえの母親を一番に助けたのは、それだけ危険な状態だったからさ」


 ロイはオーランドへ話をする。

 ミサは、幼い頃から次々と大人顔負けの改革を推し進めていたこと。

 その一環で、治療の順番も身分ではなく患者の重症度で決定する制度を導入していたこと。


 家人がミサに何もしておらず、長年の懸念事項が無くなったことにオーランドは心底ホッとした。


「では、最後にもう一度だけ聞いておこうか。おまえが護衛騎士を目指した一番の理由は何だ?」


 オーランドの様子を眺めていたロイの口から再び、先ほどの質問が繰り返される。


「えっと……ですから、母の命を……」


「本当に、それだけか?」


「それは、その……」


 ロイのグレーの瞳が、真っすぐにオーランドを見据える。

 彼にすべてを見透かされているようで居心地が悪く、オーランドは思わず視線を逸らした。


「フフッ、おまえがどうしても話したくないのであれば、仕方ない。ただ、これだけは言っておく。アイツは、なかなか手強いぞ……」


「それは、どういう意味ですか?」


「まあ……とにかく、おまえは頑張れ!ということだ」


 ロイはオーランドの肩をポンポン叩くと、白い歯を見せニカッと笑った。





 選抜試験を見事勝ち抜いたオーランドは、四代目護衛騎士としてミサの前に立つ。

 数年ぶりに会う彼女は、姿絵以上に美しい輝きを放っていた。


 再会できたことが嬉しくて、浮足立ち緩みそうになる顔をオーランドは必死に取り繕う。


「これから貴女様を、全身全霊を傾けてお守りさせていただく所存です……私の生涯をかけて」


 『生涯をかけて、あなたを守りたい』

 これは、オーランドの手に指輪があれば間違いなく求婚と受け取られる言葉で、ミサはそれを受けてくれた……残念ながら、真意はまったく伝わっていないが。


 自分の名を呼び捨てで呼ばれることは叶わなかったが、ミサを名で呼ぶことを許される。

 そしてこの日から、オーランドの日常は劇的に変化したのだ。


 朝、ミサが起床してから夜、就寝するまで、オーランドはずっと傍で付き従う。

 食事のときは、隣で一緒に取る。

 孤児院の決まり事である『皆で一緒に食事を取る』は、護衛騎士のオーランドにも適用されていた。


 治療院では邪魔にならないよう後ろで静かに控え、外出時は付き添う。

 たまに、ミサの命令で任務外の仕事(迷子探しや、老夫婦宅の庭の草むしり等)も入るが、ミサと一緒ならば彼にとっては苦でも何でもない。

 同じ作業をしながら彼女と他愛ない話をすることは、オーランドにとって至福の時間なのだ。


 ミサに少しでも気に入られようと任務に励んでいたオーランドに危機が訪れたのは、剣術指導大会が終わって数日が過ぎた頃だった。

 大会時に(おこな)った彼の所業が、ミサの知るところとなったのだ。


 オーランドは頭の中が真っ白になった。

 どんな理由があろうとも、平民へ威圧をかけるなど言語道断で、クビを言い渡されてもおかしくない案件だ。

 しかし、ミサは笑って許してくれた。


「……では、これからも『腹黒女』と『腹黒護衛騎士』の組み合わせで頑張りましょう!」


 ミサから『腹黒』という不名誉な称号を与えられたが、それでも、彼女とお揃いならば嬉しい限り。

 やはり結婚をするならミサしかいないと、オーランドは改めて認識したのだった。





 オーランドは、ミサに付き従い王都へ行くことになった。


 王都は、貴族たちの思惑が(うごめ)く危険な場所だ。

 危機感のないミサを守るためならば、オーランドは公爵家の権力を総動員することも(いと)わず、両親も喜んで協力してくれた。

 ただ……最初の挨拶で暴走した父には、多少閉口したオーランドだった。



 王都での滞在二日目の朝、オーランドは貴族と平民の常識の違いを知ることになる。

 ミサから、朝のお茶に誘われたのだ。

 孤児院では他にも人がいたので何も問題はなかったが、これには朝から激しく動揺してしまった。


 朝から二人きりで食事やお茶をするのは、貴族の常識では夫婦か婚約者のみ。

 しかも、相手がネグリジェに上着を羽織っただけのミサともなれば、とても平静を装ってはいられなかった。


 そんなオーランドを、侍女のメリルは「……(ミサ様は平民出身なのだから、貴族の常識に当てはめ動揺し)そのように一々感情を(おもて)に出していては、紳士失格でございますよ」と叱責した。

 どうやら、オーランドは貴族としてだけでなく、男としての修行も足りないようだ。


 その後も、美しい姿のミサに見惚れたり、嫉妬心と独占欲をむき出しにしたりと、情けない姿ばかり見られている。


 最近、ミサがオーランドを見る目が出来の悪い弟を温かく見守る姉に見えるのは気のせいだろうか。

 これでは、いつまで経っても結婚どころか、求婚さえもできない。


 オーランドは、人知れず頭を抱えていた。




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