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[回想] 不純な動機(前編)


 先日の話し合いから数日後、兄が再びオーランドのところへやってきて持っていた紙の束を部屋のテーブルに広げる。

 兄は、とても機嫌が良さそうに見えた。


「おまえには悪いと思ったが、彼女のことを少し調べさせてもらった。これがその報告書だ」


 オーランドは手近な一枚を手に取ると、さっと目を通す。

 内容はここ最近のミサの動向で、治療院で何人の患者を治したとか、村での生活が詳しく記載されていた。

 昔と変わらない様子の彼女に、思わず笑みが浮かぶ。


「結論から言えば、彼女に後ろ暗いことは何一つ無かった」


「当然です。彼女は昔から患者のことを第一に考えている人でした。それが今も変わらないことが、とても嬉しいです」


 成長すれば変わってしまう人もいる。

 本人は変わらずとも、周囲の影響を受けてしまうこともある。特に、幼い子供なら尚更だ。

 ミサが周囲の人たちに恵まれたのは、彼女の人徳のなせる(わざ)だとオーランドは思っている。


「この功績から見て、近い将来、国王陛下は彼女を『聖女』と認定するだろう。そこで出てくるのが聖女様の結婚だ」


 いきなり話が本題へ入り、オーランドはゴクリと唾を飲み込む。

 思わず拳に力が入った。


「先日話をしたように、本来その相手は王子が務める。だが、残念ながら今の王族に聖女様と年齢のつり合う王子はいない」


 国王には、四人の子供がいる。

 彼らはオーランドたちの従兄弟にあたるのだ。


 長男の王太子殿下(二十七歳)、彼には九歳になる息子がいる。

 長女の第一王女殿下(二十三歳)、すでに隣国へ嫁いでいる。

 次女の第二王女殿下(十七歳)、オーランドの兄ガーランドの婚約者。

 次男の第二王子殿下(十一歳)、オーランドと同じ王立学園へ通っている。


「一夫一妻制の我が国で、特例的に王族だけが認められている側室制度。だから、王太子殿下の側室という手もあるが、男子が産まれた場合王位継承を巡る争いが勃発する可能性もある。あとは、歳が離れすぎているのが難点だ。そして第二王子殿下だが……こちらはまず無い」


 年齢が逆ならあり得たが、第二王子殿下が成人するまで聖女様を結婚させないのは貴族たちの反発を招くだろうと兄は言う。


「では、いま現在(仮)聖女様の婚約者候補として一番有力なのは誰かわかるか?」


 兄からの質問に少し考えてみたが、オーランドにはわからなかった。

 彼は友人以外の付き合いはほとんどしておらず、学園外の人間関係に疎かったのだ。


「それは……オーランド、おまえだ」


「……!?」


 全く予想もしていない答えだった。

 驚きのあまり声が出ないオーランドに、兄はニヤリと不敵な笑みを見せる。


「私が、一番の婚約者候補……ですか」


「ああ、公爵家は王族と深い繋がりがあるからな。今の公爵家の子息で(仮)聖女様と一番歳が近いのは十五歳のおまえ。その次は、スチュワード家のハウザー様。その他は俺も含め、既婚者か婚約者がいるか歳が離れすぎているか…」


 友人の弟であるハウザーはオーランドの二つ下の十三歳で、彼にもまだ婚約者はいない。


「ドイル公爵家のリムバート様にも、まだ婚約者はいらっしゃらないと聞いたことがありますが?」


 オーランドの父の兄、つまり王兄の息子であり兄の同級生だったリムバートは十九歳。

 年齢のつり合い面だけで言えば、年下のオーランドよりリムバートのほうがミサにふさわしい。


「リムバート様は王兄である父親と同様に権力に興味はなく、領地に籠って研究一筋の方だ。跡目は双子の弟であるラムザート様が継がれるようで、ご本人は生涯独身を貫かれるという噂だ」


 跡取りでなければ無理に結婚をしなくても良いとの話は、もしオーランドがミサと出会っていなければ羨ましいと思っただろう。


「でも……貴族全体で見れば、彼女と年齢のつり合う者なんていくらでも……」


「そうだな。だから、もしおまえが本気で(仮)聖女様を娶るつもりなら、俺は後押しするぞ」


「……良いのでしょうか? やはり私は、家のために婿入りをするべきなのでは?」


 兄は家のために政略結婚をするのに、オーランドだけ自分の望みを叶えることが許されるのか。


「勘違いするな。(仮)聖女様と結婚することも家のためになる。おまえの子が、光属性を受け継ぐ可能性が高まるのだぞ!」


 鼻息が荒い兄は、貴族らしい貴族だなとオーランドは思う。

 自分はどうしたって兄のようにはなれないだろう。

 しかし、兄の思惑は別にして、一度は諦めた望みが叶うかもしれないと考えただけでオーランドの心は浮き立つ。

 この機会を逃せば、もう二度目はないのだ。


「まずは、彼女へ婚約の打診をするのでしょうか?」


「(仮)聖女様は平民出身だから、貴族のやり方では受けてもらえないと思うぞ。一番良い方法は、彼女自身におまえを選んでもらうことだが……」


「全く接点がない私は、どうすれば……」


 ミサが同じ王都内にいるのであれば積極的に交流をはかるところだが、それができない。

 治療院のある村まで頻繁に会いに行くのは、学生の自分では難しい。

 いっそのこと、長期休暇のときに骨でも折って患者になれば……などと考えてしまうくらい、オーランドの頭の中はミサのことで一杯だった。


「接点がないのであれば、つくれば良い。おまえ……護衛騎士になるつもりはないか?」


 ミサの護衛騎士になる。

 子供のときに見た光景が、鮮明によみがえる。

 護衛騎士は常に彼女の傍に控え、静かに見守り、寄り添い、そして友人のような関係を築いていた。


「なります。私は彼女の護衛騎士を目指します!」


 オーランドに迷いはない。

 自分の動機が不純なのは百も承知だが、何も行動を起こさないままミサを諦めたくはなかった。


 父はオーランドの決意に驚き、母は彼が結婚に前向きになったことを喜んだ。

 あのとき両親からの反対がなかったのは、兄が事前に根回しをしていたからだとオーランドが気付くのは、大分あとになってからのこと。


 それからのオーランドは、目標に向かって一心不乱に打ち込んだ。

 剣技はそれほど得意ではなかったが、護衛騎士が弱くては話にならない。

 オーランドは父に頼み込み、剣王と呼ばれた人物から個人授業を受け技を磨いた。


 卒業後、オーランドは第二騎士団へ入団した。





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