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護衛騎士、失格


 二人が出入口に向かって歩いていると、人影らしきものが見える。

 逆光で顔は見えないが相手は複数人で、どうやら誰かを待ち伏せしているようだ。

 表情を引き締めたオーランドは剣の柄に手を添え、いつでも戦闘体勢に入れるように身構えた。

 人影はミサたちの姿を見つけるとバタバタと駆け寄ってくる。オーランドは躊躇うことなく剣を抜き颯爽とミサの前に立った。


「あれ? あなたたちは……」


 走りこんできたのは、さっき治療をしたレイたちだった。

 武器を構えているオーランドを見て一様にギョッとしている。


「あんたと話がしたくて、ここで待っていたんだが……少し時間をもらえないか?」


「私は構いませんが……」


 ミサが斜め前に立つオーランドへ視線を送ると、彼は渋々といった感じで剣を戻した。


「会話は許可しますが、これ以上は絶対に近づかないこと。彼女に少しでも近づいたら……斬ります」


 冷たい表情でレイへ告げたオーランドはミサの隣に立ったが、衣服が触れ合うくらい距離が近い。


「えっと……さっきは礼を言えずじまいだったから、改めて。俺の体を治してくれてありがとう。おかげで、これからも冒険者稼業を続けることができる。本当に助かった。あんたには感謝している」


「それは、良かったです」


 治療した患者から「ありがとう」と言われると、ミサはこの仕事をしていて良かったと心から思う。

 どんなに大変で疲れても、明日への原動力となるのだ。


「お姉さん、兄ちゃんの目まで治してくれてありがとう。子供の時に(かか)った病気のせいだから、ポーションや神官の治癒魔法でも治せないって言われてたのに……ホントすごいや!」


「あなたがお兄さんを思う気持ちが、きっと神様に届いたのよ。これからも兄弟、そしてギルさんと仲良くね」


「はい!」


 あどけない表情で笑うシンを見ていたら、ミサは無性に孤児院の子供たちに会いたくなった。


「……そろそろお時間です」


「はい」


 今日はこれでお終わりではなく、ミサにはこの後まだ予定がある。

 三人に会釈をして歩き出したミサの後ろ姿を見送っていたレイだが、再び後を追ってきた。ミサへ声を掛ける前に、オーランドが庇うように立ちふさがる。


「…まだ、何か用ですか?」


 いつもは穏やかなオーランドの顔が、今日はとても険しい。

 ピリピリとした緊張感の中にある、あからさまな嫌悪と殺気を彼は隠しもしなかった。


「…俺は、あなたに用はない」


 騎士であるオーランドの殺気に(ひる)まず剣呑な雰囲気を漂わすレイは、さすが修羅場を潜り抜けてきた冒険者だけのことはある。

 目に見えない火花が、二人の間でバチバチと飛び交っていた。


「あんたは……その、貴族なのか?」


「私ですか? いいえ、違いますよ」


「なんだ、そうなのか!」


 自分はどこをどう見たって平民にしか見えないと思うけど……とミサが心の中で呟いているなか、レイはミサが貴族ではないと知りとても嬉しそうだ。


「あんたの名と歳は? 王都のどこに住んでいる? 神殿の神官じゃないのなら、普段は何をやってるんだ? まさか、まだ結婚はしていないよな……」


「あ、あの、えっと……」


 レイの質問が早すぎて返答が追い付かないばかりか、続けざまに質問を重ねつつ距離を詰めてグイグイと迫ってくるレイの迫力に、ミサはたじたじになる。

 これまで彼女の周りにはあまりいなかったタイプに、対処の仕方がわからないのだ。


「これ以上彼女に近づくのであれば、問答無用で叩き斬る!」


 限界だと言わんばかりにオーランドが再び剣を抜きレイの喉元に突きつけるが、彼は全く動じていない。

 フンッと鼻を鳴らしながら、レイは剣先を指と指の間で挟み込んだ。


「だいたいさ、何で騎士団の騎士様が平民を守っているんだ? おかしいだろう?」


 たしかに、ミサの事情を知らない人から見れば、そう思うのも何ら不思議ではない。


「……彼女は『次期聖女様』で、私は彼女を守る『護衛騎士』だ。それでも文句があるのなら、いつでも相手をしてやるぞ」


「ほう……そうか。それなら、望むところだ!」


 売り言葉に買い言葉。

 一触即発状態の二人にミサは慌てて間に割って入り「ケンカは絶対にダメです!」と二人を交互に見る。


「お二人とも、少し落ち着きましょう!」


 今日会ったばかりのレイのことはよく知らないが、数か月の付き合いになるオーランドの好戦的な態度には、ミサ自身も驚いていた。

 少々世間知らずのお坊ちゃんだが、穏やかな性格のちょっぴり腹黒キラキラ王子様だと思っていたのに、今日の彼は一体どうしたのか。


「おい、レイ。おまえもいい加減にしろ! 聖女様に無礼な真似を働いたら、不敬罪で捕まるぞ!!」


 ギルが問答無用とばかりにレイの首根っこを掴んで、物凄い力で引っ張っていく。

 シンがペコリと頭を下げて、二人の後を慌てて追っていった。





 帰りの馬車の中は、しんと静まり返っていた。

 オーランドは向かいの席で、いつぞやの叱られた子犬のような状態になっている。

 耳は垂れ尻尾は下がり、瞳をうるうるとさせながら反省のポーズのまま動かない。


「あの……オーランドさん」


「…………」


「私は、別に怒っていないですよ?」


「…………」


「オーランドさんは、私を守ろうとご自分の職務を全うしただけです。そうですよね?」


「…………」


(困った。何も答えてくれない……)


 あまりの反応のなさに、ミサのほうが泣きたくなってきた。

 今日のオーランドはたしかに多少好戦的ではあったが、護衛騎士として自分を守ろうとしてくれただけ。

 それなのに、何をそんなに反省する理由があるのだろうか……ミサの大いなる疑問だ。


「……私は、護衛騎士失格です」


「そんなことは、ありませ……」


「あります! 自分の感情を抑えることができず、思うがまま動いてしまいました。申し訳ございません」


「それなら、ロイさんなんて自分の機嫌が悪いからって理由で、私に絡んできた酔っぱらいをボコボコに……」


「ロイ副団長殿と私では、感情の中身が……全く違います」


「中身が違う?」


 はて?と一瞬首をひねったミサだったが、きらりと目を輝かせるとポンと手を打った。


「あっ、わかりました! オーランドさんの感情の中身が」


「!?」


 理由はこれしかないと、ミサは自信満々に答えを口にする。


「お腹が空いていたから、機嫌が悪かったんですよ! オーランドさんも、さっき言ってましたよね?」


「…………」


「あれ、違いました?」


「いえ……はい、その通り……です」


「昼食の献立がなにか、楽しみですね!」


 ミサが昼食のメニューに一生懸命考えを巡らせていたその陰で、オーランドは盛大なため息を吐いていた。





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