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神殿の常識


 ミサたちは、神殿の入り口近くに設けられている治癒室の一つに入った。

 天井が高く広々とした部屋の中で、多くの神官たちが働いている。彼らは皆、治癒魔法の使い手……選ばれしエリート集団なのだ。


 村の治療院が軽度の病気やケガは投薬と消毒、重度の場合は治癒魔法と、治療を分けているのに対し、神殿は治癒魔法のみを行っている。

 患者は、病気やケガの程度によって細かく設定された『御布施』と呼ばれる治療費を支払う。

 治癒魔法のため、たとえ擦り傷だとしてもかなりの高額になるが、これが支払えない者は街の診療所へ行くしかないのだ。

 今、治療を受けているのは身なりの良い人物ばかりで、患者が貴族であることがわかる。


 部屋の隅でしばらく見学をしていたミサは、あることに気づく。

 数人の患者の治癒を終えると神官が交代しており、それはどの神官も同じだった。


「あの……神官がすぐに交代されるのは、なぜですか? 神殿には、そういう規則でもあるのでしょうか?」


 気になってグレドへ尋ねたところ、眉間に皺を寄せた彼から怪訝な顔を返される。


「……神官の魔力が尽きる前に交代させなければ、危険ですからね」


「なるほど……」


 質問の内容が聞こえていたのか、近くにいた神官から「そんなことも知らないのか……」との呟きが聞こえ、ミサとしては非常に居心地が悪い。


「ははは、ミサが疑問に思うのも無理はない。私だって、若い頃に同じような疑問を周りに持ったよ。何で、たったこれだけの患者しか治癒できないんだってね……」


「えっ!? ということは……聖女様も、大神官様に匹敵するほどの魔力量の持ち主なのですか?」


 グレドの目が大きく見開かれる。


「だってグレド君、彼女は聖女様なんだよ?」


 キーファーの言葉に辺りがざわめき、神官たちがミサへ様々な視線を向けはじめた。

 ある者は羨望のまなざしを、ある者は訝しげな顔をしている。

 無表情な者もいれば、明らかに敵意を持った目で睨み付けてくる者もいた。


「ですが……魔力量が神殿随一の大神官様と同等とは、にわかには信じられません」


「……グレド、せっかくだから、この機会に次期聖女様のお力を見せてもらったらどうかね?」


 黙って事の成り行きを見ていたベルーゼが、口を開いた。

 口調は穏やかだが、瞳の奥には負の感情が見え隠れしているのがわかる。

 ベルーゼが提案をすると、賛同する声が多数上がった。


「聖女様、いかがですかな?」


「喜んでやらせていただきます」


 村の治療院では、患者が多い時は一日中治癒をすることも当たり前だった。

 ミサが純粋に疑問に思ったことが彼らのプライドをいたく傷つけ、結果、喧嘩を売ってしまったようだ。


「では、聖女様はこちらへどうぞ」


 ベルーゼから指示を受けたグレドが、別の治癒室へミサたちを案内する。

 先ほどいた部屋より狭いうえに、豪華な内装だったあちらと比べるとかなり質素な印象だ。


「こちらは、平民用の治癒室です。通常は、あちらが終わってから診察が始まりますが、神殿長が聖女様にこちらをお願いしたいと」


「あの……治療をする上で、何か決まり事はあるのでしょうか?」


「いえ、こちらは特にございません。聖女様のお好きになさっていただいて結構です」


「わかりました」


 言質は取ったし、自由にやらせてもらおう!とミサが気合を入れていると、オーランドがそっと隣に立つ。


「聖女様、私が付いておりますのでご安心ください」


「ありがとうござ…オーランドさ…。大丈夫、よ。村の治療院とやることは変わらないわ」


 つい、いつもの口調になってしまうが、不自然極まりないので早く慣れないといけない。

 ミサは、さっそく患者を呼んでもらう。

 午前中から診察をしてもらえることに大層驚いている様子が見て取れた。


「こんにちは、今日はどうされましたか?」


 ミサは医者ではないが、患者を治療する時は前世の病院を参考にしていつも対応している。


「仕事中に指を……」


 最初の患者は、体格の良い若い男性だった。

 彼の左手を見ると親指と小指を除く残り三本の指の第一関節から上が無く、家族で肉屋を経営している彼が誤って指ごと肉を切ってしまったとのこと。

 ミサは笑顔を崩さないままだったが、聞いているだけでゾッと背筋が寒くなる話だった。

 家族が工面してくれたお金なので、たとえ時間がかかっても良いからきちんと治してほしいと懇願する彼に、ミサは大きく頷く。


「大丈夫ですよ、すぐに治りますので」


 ミサが再生魔法をかけると、あっという間に治療は終わった。

 男性は、何が起きたのか理解できないと言わんばかりの表情で固まっている。


「念のため、指先が動くか確認してもらえますか?」


「あっ、はい……」


怖々(こわごわ)と三本の指を曲げたり伸ばしたりしている男性だが、見たところ特に問題はない様子。


「あ、あの……最初に説明を受けた時に、指は一日一本ずつしか治せないと言われたけど……」


「えっ、そうなんですか? でも、もう治療は終わりましたので、お大事にしてください」


 首を傾げながら男性は帰っていき、ミサは次の人を呼んでもらおうと神官に声をかけるが返事がない。

 ミサを案内した後もここに残っていたグレドと手伝い要員の神官は、ポカンと口を開けたまま微動だにしていなかった。


「すみません、次の患者さんを……」


「は、はい!」


 我に返った神官が、急いで部屋を出て行く。


「…聖女様、休憩を取られなくてもよろしいのでしょうか?」


「グレド神官長、診察はまだ始まったばかりです。お気遣いは有り難いですが、患者さんをお待たせしたくありませんので」


「そうですか」


 ミサは、その後も次々に患者を治療していく。

 長年の痛みが取れたと涙を流して喜んでくれる人、「ありがたや~ありがたや~」と拝んでくる人もいた。

 全ての患者に共通して言えるのは、よほどのひどいケガか、かなり症状が悪化してからでないと治療には来ないということ。

 その理由が高すぎる治療費のせいだとわかっているだけに、何ともやるせない気持ちになってしまうが、部外者のミサではどうすることもできない。


 はあ……と、ミサは人知れずため息を吐いた。





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