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嬉しい再会


 馬車の中で、ミサはオーランドからいくつか事前注意を受けていた。


 街中に出ると常に危険があるので、必ず自分自身に結界魔法をかけること。

 オーランドからは、絶対に離れないこと。

 出された飲食物は、オーランドが確認した物以外、決して口に入れないこと。

 最後に……相手に対し(へりくだ)った態度を取らないこと。


「どうして、遜ってはいけないんですか?」


「相手を増長させるからです。ミサ様の他人を敬う姿勢は大変好ましいものですが、ここでは必要ありません。ミサ様がたとえ平民出身であっても、お立場は王族と並ぶ聖女様なのですから、堂々としていればよいのです」


「でも、まだ正式に認定されたわけでは……」


「ミサ様が『聖女』として認定されるのは、確定事項です。いちいち訂正される必要はございません」


「…わかりました。オーランドさんの言葉に従います」


 ロイも言っていた。

 オーランドの言うことを聞いて、おとなしくしていろと。


「そうそう、もう一つ大事なことを言い忘れておりました。外出している時、他人の目があるところでは、私のことは『呼び捨て・敬語なし』でお願いします。理由は先ほどと同じです」


「えっ!? オーランドさんを……ですか?」


 いきなり高くなった目の前のハードルに、頭がクラッとする。


「慣れれば簡単ですよ。では、練習をしてみましょう。どうぞ、私の名を呼んでください」


「…お、オーランド」


「…不自然ですね。では、もう一度」


「……オーランド」


「はい、良くできました。普段も、このように呼んでください」


 とても嬉しそうな顔をしたオーランドが、ミサに(うやうや)しく頭を下げた。





 グレドに続いて、二人は神殿の中を進んでいく。


 案内された部屋には、二人の神官が待っていた。

 一人は、恰幅のよい中年の男性。

 そして、もう一人は……


「ミサ、久しぶりだね。立派なお嬢さんになって、驚いたよ」


「キーファー様、大変ご無沙汰しております。また、お目にかかれて嬉しいです」


 年は取っているが、ピンと背筋が伸びた姿勢は十年前とまったく変わらない老齢の男性……大神官のキーファーだった。



 ミサには、人生の師とも言える人物が二人いる。

 そのうちの一人は、言わずと知れた孤児院院長のマーサ。

 そして、もう一人がこのキーファーだ。



 孤児(みなしご)だったミサにある日突然魔力が発現したのは、七歳の時だった。

 これまでそんな兆候はまったくなかったのに、体の奥に熱を感じたのだ。

 それでも、特に何か魔法を使えるようになったわけではなく、ミサはこれまで通りの生活をしていた。

 そんな日常に変化が起きたのは、それから三日後のこと。アルト村に壮年の男性がやってきたのだ。


 孤児院に現れた彼……キーファーは彼女を見てにっこり笑うと、「ミサ、君を迎えにきたよ」と言った。

 ミサを優しく見つめる穏やかな瞳が、初対面のはずなのにどこか懐かしさを感じさせる。

 王都にある神殿の大神官だという彼はマーサと話をしたあと、ミサを馬車に乗せ王都へ連れていく。

 神殿で詳細な魔力検査が行われ、ミサは光属性持ちと判定されたのだった。


 その日から、キーファーの指導を受ける日々が始まる。

 大神官であり高位の貴族という立場であるにもかかわらず、彼はミサが光属性魔法を正しく行使できるよう丁寧に教えてくれた。

 しかもそれだけでなく、王都での衣食住すべてをキーファー夫妻が面倒を見てくれたのだ。


 魔法の勉強だけでなくミサは読み書き計算も習ったが、すぐに理解することができた。

 キーファーは覚えが良いと褒めてくれたが、実はミサには周囲に内緒にしている秘密がある。

 前世で成人女性として生きた記憶を持っているミサにとって、子供が習う程度の勉強は簡単だったのだ。





 神殿に連れてこられてからひと月が経とうとしていたある日、ミサはキーファーから尋ねられる。


「ミサ、君は孤児院へ帰りたいかい?」


 彼からの問いかけに、ミサは迷うことなく頷く。

 キーファーは親切にしてくれるが、貴族出身の神官たちが大勢いる神殿は平民の彼女にとっては別世界にいるようで非常に居心地が悪い。

 それに、マーサや孤児院の皆に会いたい気持ちが日に日に大きくなっていたのだ。

 それからまたひと月が過ぎた頃、アルト村へ帰ることが急遽決まった。


 村へ戻る前日、キーファーはミサを部屋へ呼んだ。

 いつも勉強を教えてもらったこの部屋とも今日でお別れだと思うと、寂しさが募る。

 お世話になったキーファーとも、明日でお別れなのだ。

 感慨に(ふけ)っているミサを、キーファーは穏やかな顔で見つめていた。


「ミサ、君がこのままここにいると、いずれ貴族に取りこまれてしまうだろう。だから、私の判断で村へ帰すことに決めたんだ」


 にっこり笑うその表情は二か月前初めて会ったときと同じ、とても穏やかだ。


「キーファー様には、大変お世話になりました」


 深々と頭を下げるミサに、彼は微笑みながら首を振る。


「そんなことは、気にしなくていいんだよ。それより、ミサにはこれからあの村で困っている人を助ける仕事をしてほしいんだ」


「それは、魔力を使う仕事ですか?」


「そうだね。私が教えた治癒魔法で、病気やケガの人たちを救ってほしい」


「わかりました」


 ミサはキーファーと約束をした。

 この能力を、自分の為ではなく困っている人々のために使うことを心に誓う。

 それで少しでも彼へ恩返しができれば、ミサも嬉しいのだ。


 村へ戻ると、孤児院の隣に治療院ができていた。

 それは、キーファーが用意してくれたミサの仕事場だった。





「君の噂は、私の耳にも入ってきているよ。大活躍だそうじゃないか」


「ありがとうございます。そう言っていただけたら、頑張ったかいがあります」


 幼い自分に優しく指導してもらったことが昨日のことのように思い出され、懐かしさで胸がいっぱいになる。

 ミサが涙ぐみそうになっていると、ゴホンと不機嫌そうな咳払いが聞こえた。


「……大神官殿、そろそろ私をご紹介いただけないでしょうか?」


「ああ……すまない。懐かしくて、つい話し込んでしまったよ。ミサ、こちらは神殿長のベルーゼ殿だ」


「初めまして、ベルーゼ神殿長。私はミサと申します。よろしくお願いします」


 ミサが挨拶をすると、ベルーゼがすくっと立ち上がる。


「私が、この神殿で神殿長を務めるベルーゼだ。この度は、こちらの要請に従いお越しいただいたことに感謝する。今後ともよろしく頼む」


 挨拶を終えると、グレドに促されミサも椅子に腰掛ける。

 オーランドは、さっと後ろに控えた。


「それでは、本日の予定をご説明させていただきます。この後、部屋を移動しまして……」


 グレドの説明が始まると同時に、部屋の中へお茶の用意を持った侍女が入ってきた。

 キーファーから順に、紅茶とお茶菓子が置かれていく。


 キーファーは紅茶を、ベルーゼはお茶菓子のクッキーを手に取ったが、ミサはオーランドとの約束がありすぐには手をつけることができない。


「どうぞ、聖女様もお召し上がりください」


 グレドの言葉に反応したのは、オーランドだった。

 スッとミサの横に立つと、懐から布に包まれたシルバーのティースプーンを取り出す。


「失礼いたします」


 そう言うと、オーランドは紅茶の中にスプーンを入れぐるりとかき混ぜた。

 しばらくしてスプーンを取り出すと、紅茶の香りを確かめるように鼻を近づけ、その後、ひとさじ(すく)うと口に入れた。

 次に、クッキーの皿を手に取り同じように鼻を近づけた後、一枚を口に入れる。

 無言で咀嚼すると、オーランドは大きく頷いた。


「問題ございませんので、どうぞお召し上がりください」


 一連の作業を固唾を飲んで見つめていたミサを安心させるように、オーランドはニコッと微笑む。


「ぶ、無礼な……貴殿は、我々が次期聖女様に毒を盛るとお疑いか?」


「気分を害されたのであれば、謝罪いたします。ですが、これは規則で定められたことであり、護衛騎士の務めでございますので、何卒ご容赦いただければ……」


 少し冷めてしまった紅茶を飲んでいたミサは、ベルーゼとオーランドのやり取りに危うく紅茶を吹き出すところだった。

 村では、平気でいろんな物を口にしていた。

 もちろん、毒味など一度もしてもらったことはない。

 それなのに、いかにも毎度やっております……と澄まし顔のオーランドが可笑しかった。


「ベルーゼ殿、彼は自分の職務を全うしただけだよ。許してあげなさい」


「しかし、それでは我々の面目が……」


「私の面目より、彼女の安全の方が大事だよ。ところでミサ、このクッキーは王都で評判の菓子店の物なんだ。美味しいから、ぜひ食べてみて」


「あっ……はい、いただきます」


 キーファーがお薦めのクッキーは、控えめな甘さとサクッと軽い食感で、ミサならいくらでも食べられそうだ。

 孤児院の子供たちやサラにも食べさせたいミサは、あとで店の名前を教えてもらおうと心に決める。

 

「キーファー様、とても美味しいです」


「気に入ったのなら、まだたくさんあるから遠慮なく食べていいよ」


 好々爺の顔をしたキーファーと美味しいお菓子に、ミサはすっかり心が和んだのだった。




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