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プロローグ(前編)


『ミサ……君を迎えに行くよ』


 ここは、孤児院の部屋だろうか。

 眠っている私に、誰かが話しかけている。


『万が一、君がボクを忘れてしまっても、おまじないを掛けておくから大丈夫……』


 私の頭を撫でる手は優しく、声は心に染み入る。


『私を……迎えに……く……る?』


『うん、ボクは必ず約束は守る。それまで待っていて……』


 次第に声は遠退き、私の意識は闇に包まれた。



 ◆◆◆



「ミサ、街道に魔物が現れて旅人が襲われたらしい。これからケガ人が押し寄せてくるから、急いで支度しろ!」


「わ、わかりました!!」


 孤児院の食堂に血相を変えて飛び込んできたロイの言葉に、食べかけだった昼食を慌てて掻き込んだミサは立ち上がる。


「あっ、そのリンゴを一つ持ってきてくれ」


「えっ? 患者さんにあげるんですか?」


「バカ、俺が食うんだよ!」


「じゃあ、私も……」


 テーブルの籠に入ったリンゴを両手で二つ同時に掴むと、ミサは勢いよく椅子から飛びおりた。


「おまえは、いま食ったばかりだろう?」


「でも、『腹が減っては(いくさ)ができぬ』って言いますからね……」


「ん? 『ハラヘ……』って何だ?」


「な、なんでもないです! ほら、ロイさん早く行きますよ!!」


 首をかしげた彼の横をすり抜け仕事場へ向かってミサは駆けていくが、後ろからヒョイと持ち上げられてしまう。

 まるで小荷物のように、肩に抱えられてしまった。


「チビのおまえの足じゃ、遅せえからな」


「でも、治療院はすぐ隣……キャー!!」


「リンゴを絶対に落とすなよ!」


 悲鳴を上げながら、ミサはロイの体にしがみつくことしかできない。

 仕事柄、日頃から体を鍛えているだけあり、ミサを担いでいても彼の足は驚くほど速い。

 周囲からは親子とも年の離れた兄妹のようにも見える二人だが、十歳のミサと二十三歳のロイは、村唯一の治癒士とその護衛騎士という主従関係の間柄だ。


 そんなロイとの付き合いは、かれこれ三年になろうとしていた。

 ここは、王都から馬車で半日近くも掛かる場所にあるアルト村。幼いころに両親を亡くしたミサは、この村の孤児院で育った。

 七歳のときに魔力が発現し、王都にある神殿で大神官より治癒魔法の手ほどきを受けた彼女は、その後村へ戻り孤児院の隣に新設された治療院で働き始める。

 小さいながらも腕が立つ治癒士と評判になったミサは、ある日他国の間者に誘拐されそうになる。

 幸い未遂に終わったが、これに危機感を持った村人たちが村を管轄する国へ嘆願書を送ったことや、治療院の評判が王都にまで広まり、お忍びで治療に訪れる貴族が徐々に増えていたこともあり、彼女に護衛騎士が付けられることになった。

 

 このとき王都の騎士団から派遣されたのが平民出身のロイだったが、来た当初、彼はまったくやる気のない人物だった。

 仕事でミスを犯した彼は、所属していた第三騎士団から僻地(へきち)閑職(かんしょく)に左遷されたと思っていた。しかも、その仕事が子供の護衛とあっては、ロイとしては不貞腐れるしかない。

 十歳にも満たない子供からあれこれ言われるのも気に入らないロイとミサは、よく口喧嘩になった。

 それでも、お互い我慢せず言いたいことを言い合っている内に少しずつ認め合うようになり、いつしか戦友のような関係になっていったのだ。


 そんなロイの任期が残り一か月を切った頃、事件が起きたのだった。



 ◇



 ミサたちが治療院へ到着するころには院内はもうすでに大勢のケガ人で溢れかえっていたが、事前に患者はケガの重症度によって分けられているため、治療の順番は一目でわかるようになっていた。

 

 この世界は、何をするにも身分階級が物を言う。ケガの程度に関係なく、身分の高い者から順番に治療するのが社会の常識だ。

 しかし、ミサの常識は違った。彼女は、魔力の発現と時期を同じくして前世の記憶が呼び覚まされた転生者だったのだ。

 日本という国で成人女性として生きた記憶を持つミサは、前世の知識で『トリアージ制度』を導入し、身分に関係なく重症患者から治療する体制を整えていた。


 周囲を素早く確認しミサが真っ先に向かったのは、ある患者のもと。

 裕福な商人の奥方らしき女性が血だらけの瀕死の状態で寝かされており、傍には従者と一人の男の子が付き添っている。

 年の頃はミサと同じくらいだろうか、取り乱しもせず母の手をギュッと握りしめ気丈に振る舞っている姿に、ミサは胸を痛めた。


「では、治療しますね」


 一度深呼吸をしたミサは、精神を集中させながら両手に魔力を集めはじめた。指先までじわじわと熱を感じると、手のひらから光が溢れる。

 男の子が固唾を呑んで見守るなか、魔物から受けた傷がみるみるうちに消えて無くなっていく。

 しばらくすると真っ青だった女性の顔に血の気が戻り、呼吸が次第に落ち着いてくる。患者を救えたことに安堵したミサは、思わず「よし!」と叫んでいた。


「お母さんの体はすべて治ったから、もう大丈夫だよ」


 (せき)を切ったように泣き出した男の子の頭を優しく撫でると、ミサはすぐに次の患者のもとへ急ぐ。

 次々と患者を治療しているうちに、いつの間にか夜が更けていた。




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