表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春よ、来い  作者: 澪亜
1/2

前編

気晴らしに、短編を書いてみました。



ひらり、ひらり。

薄桃色の花弁が、宙を舞う。

桜並木。

見上げれば、蒼空にポッカリと薄桃の雲が浮かんでいるかのよう。


「……何、ぼんやりしてんだよ。沙羅」


ボカンと、頭に衝撃が走った。

痛みで涙目になりつつ、振り返る。


「っつ……。殴んないでよ、樹」


樹は私と同じ年で、それこそ生まれた時からずっと一緒に育って来た男だ。


「なら、手を動かせ。とっととノルマをこなさないと、評価に響くぞ」


「そんなこと、言われなくても分かってるわよ」


樹をひと睨みしつつ呟いてから、種まきを再開した。





……疲れた。


体を伸ばしつつ、帰路に着く。

途中、村で唯一の店に立ち寄った。

あまり大きくない店には、食材から日用品まで所狭しと並んでいる。

その中から幾つか日用品を手に取って、カウンターに置いた。


「切符三枚」


財布から配給切符を三枚出して渡し、代わりに商品を受け取って店を出る。

そのまま、今度は食堂に向かった。

街の殆どの人が利用するから混み合っているせいで、いつも混み合っている。

人の波を掻き分けてプレートを取ると、適当に空いてる席で食べた。


そして、今度こそ家に帰る。

三畳一間の狭い、部屋。

買ってきたばかりの日用品を適当に置いて、布団の上にゴロリと横になった。


「沙羅ー?帰って来てるの?」


ドンドン、と扉を叩く音と共に聞き慣れた声が聞こえて来る。


「結衣、そんなに怒鳴らなくても聞こえるって」


扉を開けた先には、思った通りの女がいた。

私より二つ年上だけど、可愛らしい顔立ちだからか幼く見える。


「あ、ごめんごめん。……沙羅、一緒にお風呂に行かない?」


「はいはい。支度するから、ちょっと待ってて」


それからタオルと着替えを持って、結衣と共に大浴場に向かった。


「……最近帰りが遅いみたいだけど、運命の人が見つかったの?」


一瞬、思考が停止する。

お風呂でぼんやりとした頭には、結衣の言葉はすぐに入ってこなかった。


「……単に、ノルマが終わらなくて遅くなっただけだよ」


「そっかー……。まあ、そうだよね。沙羅には樹くんがいるし」


「樹は、そんなんじゃないって」


「えぇ?でも沙羅と樹くん、いつも一緒にいない?」


「単に同じ歳で、一緒にいる時間が多いだけ」


「……ま、そういうことにしておくよ。それにしても、羨ましいなあ。私にも、早く運命の人が現れないかなあ」


樹との関係を否定すれば否定するほど深みに嵌る気がして、否定することを諦めた。


「まだ早いんじゃない?……結衣、十八でしょ」


「もう、十八だよ。今年中には相手を見つけないと……いつ、終わりが来るか分からないでしょう?」


結衣は笑って言っていたけれども、その言葉は私の心を的確に抉る。


……そうか、もう春か。

昼間に桜を見たけれども、結衣の言葉で急に実感が湧いた。


「結衣なら、すぐに見つかるよ」


心にもないことを言って、微笑む。

ちゃんと笑えているのか、自分でも分からない。


「そっかなあ?そうだと良いな」


けれども結衣はそれに気がつくことなく、柔らかく微笑んでいた。




風呂を上がって、暫く自室でのんびりとする。

そして村が寝静まった頃に、部屋を抜け出して村外れまで走った。


この村は、前後左右山に囲まれている。

その内の一つの山の麓で、足を止めた。


夜の山は、怖い。

村も電気が消されているから真っ暗だけれども、山は闇そのものだ。

近づけば村の中と変わらないけれども、遠目には真っ暗なシルエットが圧倒的な存在感を放っていた。

そのせいか、夜に景色を眺めると閉塞感を強く感じる。

まるで、牢獄のようだとすら。

実際、この村は牢獄のようなものかもしれないが。


木々の間を、進んでいく。

何度も来たことがあるから、足取りに迷いはない。

目印を見つけ、置いてある本を幾つか手に取ってから更に先に進む。


そうして辿り着いた水場で、腰を下ろす。

持ってきた火種で小枝に火をつけ、焚き火を作った。

それから、やっと本を読み始める。


……ああ、楽しい。

好きなだけ、本を読めたら良いのに。


そんなことを思いながら夢中になって本を読んでいると、背後から物音が聞こえてきた。

……誰か、来たのか。それとも、動物が寄ってきたのか。

どちらかまでは分からないけれども、すぐに息を殺して静かにその場を離れる。


けれども、現れた人物を目にしてすぐに警戒体勢を解いた。


「やっぱり、今日も来ていたか」


「それはこっちの台詞だよ、樹」


「俺は、お前がここに来てるかなと思って来たの。別に、本……だっけ?そんなもんに、興味はねえよ」


「なら、私の邪魔はしないでよね」


さっさと元いた場所に戻り、読みかけの本を再び手に取る。

樹は本当に興味がないのか、私の横に腰を下ろして静かにしていた。


「……そんなの、読めたからって何になるんだよ」


「面白いよ。外の世界のこととか、色んなことを知ることができる。……樹も読めば良いのに」


「ごめんだね。字が読めたからって、何になるんだ?俺たちは日々のノルマをこなせば、それで生活ができる。むしろ、ノルマをこなすのに不要な知識だろ」


「そんなことないよ。知ったことは、きっと無駄にはならない。……漫画?だっけ。絵付きの本から読み始めると、分かり易いからオススメ」


「そのやる気と集中力、日中にも活かせば良いのにな……」


「最低限、やらなきゃいけないことをやっていたら、それで良いでしょ」


「まあ、そうだけどさ……」


ポチャン、と水に何かが落ちる音がした。

どうやら、樹が石を投げたようだ。


「……ねえ、樹。外の世界って、本当に死の世界なのかな?」


私たちが、生まれた頃から聞かされる話。

村の外……山を越えた先には、昔、村と同じように多くの人が住んでいたらしい。

けれども、皆、死んだ。

死んで、外の世界は死の世界になってしまったらしい。


村は聖なる山に守られているおかげで、無事だったそうだ。

それでも村の外に出てしまうと、守りが届かなくなるらしくて、すぐに死んでしまうらしい。


「そうなんだろ。村長がそう言うんだから」


「村長は、外の世界を見てきたのかな?」


「外に出たら、村長でも死ぬだろう」


「……じゃあ、なんで村長は外の世界が死の世界だって知ってるんだろう?」


「さあな。村長は、長生きだから。俺たちが知らないことも、きっと多く知っているんだろう」


「……そうなのかなあ……」


一冊読み終えて、次の本を手に取る。

それは、樹に勧めた漫画という絵付きの本だった。


内容は、高校生?という役職にある女の子が、高校に行く話。

どうやら高校は、皆が同じ服を着て、本を読む場所らしい。


絵の中には色んな道具が出てきていて、それらが何なのかはよく分からない。

けれども……こんな凄いものが沢山ある外の世界が、何故、死の世界になってしまったのだろうか。


「何で、外の世界って死の世界になっちゃったんだろうね。戦争とかいう人と人の殺し合いがあったのかな。それとも、厄介な流行り病が発生したのかな」


「さあ、な」


「……樹は、知りたくないの?」


「別に」


「私は知りたいよ。外の世界が、どうなってるのか。本当に、死の世界なの?何で死の世界になったの?今も、死の世界なの?知って、外の世界に行きたいよ。ううん、知るために外の世界に出たい」


「知るために外に出たいって……それで死の世界だったら、どうするんだよ?!お前、死ぬんだぞ?ここで平和に暮らしてた方が良いじゃんか」


「変わらないよ!ここにいたって、私たちは大人になれない。いつ来るか分からない廃棄の日に怯えながら、与えられたノルマをただこなして暮らすなんて……そんなの死んでるのと同じだよ。樹は、良いの?樹だって、遅くともあと四年で廃棄されるんだよ?」


私たちは、大人になれない。

二十歳になる歳に、死ぬ。ううん、殺される。

大半の村人は、そう。

大人になれるのは、一部の偉い人たちとその家族だけ。


村が山に囲まれているから、土地には限りがある。

食糧を生産するための土地も、人が住むための土地も。


だから新たな世代に譲るために、大人になる歳に殺される。

村を導くための知恵を受け継ぐ、張譲人(ちょうじょうびと)と呼ばれる特定の一族以外は、皆。


それなのに、何故か皆は子どもを残すことを望む。

私は、それが理解できない。

子どもを産めば、乳離れをするタイミングで必ず親は殺される。

人口が増えた分、減らさなければならないから。

子どもが生まれたタイミングによっては、廃棄の日は早まると言うのに。


それでも、この異性との間に子どもができるのなら、死んでも良い。

だから、子どもを作る相手は運命の人。

……そんな相手に出会えることが、幸せなのだと人は言う。


……馬鹿馬鹿しい。

そんなラブロマンスのような甘い物語で包んでも、最期は死ぬということに変わりないのに。


何で、誰も諦められるのだろう。

何で、誰も抗わないのだろう。


「それは……」


私は、怖い。

迫り来る、死が。


「私は、死にたくないよ……っ!死んだように生きたくもないよ。生きて、生き抜きたいんだよ……」


溢れた感情が、涙となって頬を伝った。

けれども、樹はただ拳を握り締めて口を閉ざしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ