01話 追放、そして
とある城内の一室。
壁面には、歴代の騎士団長の肖像画が飾られており、室内は荘厳な空気に包まれていた。
重苦しい雰囲気の中、それに全く動じず、歴代の騎士団長を背に受け立つのは、今代の騎士団長。アレクシス・ウェーガン。
その正面に立つのは、リュウ・ハインケルだ。
リュウとアレクシスの間には、騎士団の残りの八人の隊長が列を成して、沈黙を保っている。
その沈黙を破ったのは、アレクシスだ。
「それでは、沙汰を言い渡す。四番隊隊長リュウ・ハインケルは、隊長の任を解き、更に騎士団から除名とするッ!」
アレクシスの剛気溢れる声が室内に響き渡る。
その言葉を聞いたある隊長は一歩前に踏み出ようとし、それを他の隊長に諌められる。また、ある隊長は興味なさげに天井を見上げ、別の隊長はそんな様子を見て嘆息した。
リュウは、自分に向かって下された処分に、ただ一言だけ口を開いた。
「……それが、今の騎士団の在り方ですか」
絞り出されたその言葉を受け、アレクシスは淡々と告げる。
「お前ほどの逸材を逃すのは確かに惜しい。だがお前も知っているだろう。騎士団の中で何よりも優先されるべきは規律だ、と。規律があるからこそ、騎士は自らを律し、その規範となる理想に向かって努力する。また民もそんな騎士にこそ信頼を寄せる。いかに隊長であるお前といえど、それを破ることは決して許されない」
何が規律だ。何が騎士だ。
リュウは心の中で毒づいた。
だが、ここでどれだけそのことを抗議しても、この決定は覆らないだろう。なぜならこの決定を下したのは、騎士団の裏に潜んでいる連中なのだから。
これ以上の抗弁は無駄と判断し、リュウは隊服を脱ぎ捨てた。
宙に舞う隊服の向こう側。九人の隊長に向かって、リュウは宣言する。
「それでも俺は、この国のために戦い続ける」
それを聞いた隊長たちの反応は、リュウからは見ることができなかった。
* * * * * * * * * *
「待ってください、隊長っ!」
城門へと向かうリュウの後ろから慌ただしい声がかけられた。
長い赤髪を揺らし、息を荒くしながら走ってくるその姿は、普段の落ち着いた彼女からはかけ離れた様子だった。
「アリシアか」
振り向き歩みを止めるとそこにはかつての部下の姿があった。
四番隊副隊長、アリシア・フェルナンド。
リュウにとっては、長く同じ隊に務めてきた戦友の一人である。
アリシアは息を整える時間も惜しいとばかりに、言葉を捲し立てる。
「こんなの、こんなのおかしいですよっ! 隊長が除名だなんて……。私、もう一度抗議を」
「無駄だ。上の決定だからな。一度出した裁定を、アイツらがそう簡単に取り下げるはずない」
リュウの処遇に対して、リュウ以上に不満を持つアリシアを嗜める。
だが、アリシアは納得できないといった様子で言葉を続けた。
「こんなのあんまりです。隊長が抜けられるというなら私も……」
「アリシアッ!」
続けようとした言葉はリュウの声によってかき消される。
その先の言葉を言わせてはいけない、とリュウは直感していたからだ。
「俺が隊を辞めた後、四番隊の隊長になるのはお前だ。そんなお前まで辞めるなんて言い出したら隊員はどう思う」
「けど……、私が隊を率いるなんて……。私は隊長のように強くありません」
「強いさ。お前は俺に負けないぐらいこの国を想う気持ちを持っている。後は……頼んだぞ」
部下に最後の餞別を送ったリュウは再び城門へと歩みを進める。
後ろからはまだ未練がましい視線を感じるが、もう追ってくることはしない。きっとアリシアは自分のやるべきことをわかっているのだろう。そんな信頼のおける部下がいるからこそ、自分が抜けた後の隊も安心して任せることができる。
リュウが城門を抜ける直前、一陣の風に乗って声が聞こえた気がした。
「隊長、また必ずどこかで」
きっと風の悪戯ではないであろうその声を聞いて、リュウの口元は笑っていた。